■ 107 ■ 情報の流れを掴め Ⅱ
というわけでこの場は一端解散して、シーラを伴い私は依然として先生たちの研究室を訪れるわけである。
何だかんだで知識の更新大事だからね。学生でいられるのもあと二年だし、私的にはしばらくお姉様は悩んでいてもいいぐらいだよ。
「あんたも何だかんだでフィリーと同じくらい学ぶの好きよね」
「そりゃまあ、社交に時間取られる大人になってから後悔したくないでしょ?」
前世では後悔したからなぁ。毎日八時間以上拘束されると空き時間あっても勉強しようって意欲にまで気力を割けないし。
勉強ってのは勉強だけやってりゃいい時にしか専念してやれないってはっきりわかんだね。
「で、今日はどこ行くの?」
「戦学部補給研究科のキャブリオレ先生のとこで輸送馬車の規格確認」
「……相変らず脈絡がない、いや、エミネンシア婦人になるわけだし――輸送の効率化が目的?」
おー、流石シーラ。連想ゲームが上手くなってきたじゃない? 至る過程は残念外れだけど引き出された答えはまんま正解だ。
「そう。馬車の主流規格が分からないと道幅も決められないしね。フェリトリーは今自分とこの馬車が通れる道しか想定してないけど――それじゃ困るでしょ」
「いやあんな田舎では困らないと思うけど……いずれ困るのね?」
「いずれの未来にね」
魔王が北から攻めてきたらね。せめて補給路には馬車がすれ違える程度の道幅がないと困るんだよ。
さ、そんなわけで騎士団が採用している馬車の規格を知りに行くよー。商人ならともかく、騎士団なら規格品を仕入れてるでしょ。多分。
ちなみに結論から言うと規格品とかなかった。マジで。いや、同じ領内ならある程度規格化されてるけど、国内共通規格ってのがないんだわ。
この国長いこと大戦やってないから整備性とかの重要性があまり分かってないみたい。工房におおまかなサイズを伝えて納入されてきたのめいめいに使ってるとか、それ知った時は頭抱えたね。
「ええい、職人はなに考えて生きてんのよ。
「それが何かは分からないけど少なくともあんたみたいな事は考えて生きてないわよ。言われたとおり作れるのが優れた職人なんだし」
シーラにそう突っ込まれて、ようやく私も職人たちが何を考えて仕事してるかに思い至れたよ。
私の地の頭、前世記憶に引っ張られている部分もあって、やっぱりシーラほど最短距離を走れてないわね。そっかー、お貴族様第一だったわこの国。
「運用上の問題がどうとかじゃなくて発注者に言われたことを忠実に再現するのが評価基準なのね。そりゃこうなって当然だわ……」
「呉服商もそうだったでしょ。それぞれお抱えの御用職人に作らせるのが基本なのよ。なんで知ら――ああ、あんたドレスはお母様の形見だったわね」
唯一の救いはしょっちゅう破損する車輪及び車軸に関してはある程度の規格化がされていたことである。はー、これなかったら私もう匙投げてたかも。
そりゃ納品以後も延々幾つも同じもの作らされるんなら、そこだけは複数の馬車で使い回しできるようにしとこうって考えるわな。うん、楽しようとした木工職人たちよ素晴らしいぞ、褒めて使わす。
「とりあえずルイセント殿下にこれ伝えて意地でも規格化しないとやってらんないわ」
「殿下の手を煩わすほど?」
「煩わすだけの価値はあるわよ。ってか本当なら陛下に直訴に行きたいぐらいよ」
くっそー、半封建制の悪いところだぜ。領地毎に技術や収穫収入を競ってたりもするから情報の開示と共有化が進んでねぇのよね。
だからこういうのは王家が主導しないと間違いなく浸透しないんだけど――どこかを基準にこれを揃えよ、ってすると依怙贔屓だと思われるから王家も余計な口出ししないわけだ。
……本当、めんどくさいわ。損して得取るぐらいのことはやって欲しいもんだけど。そういうこと考えられるのはお父様みたいな……クソッ、お父様が理想的な領主に見えてきちゃうじゃないの!
「戦争の長期化を踏まえた、規格統一における馬車生産能力の向上と輸送機能の堅持か。その観点はなかったな。どれ、一つ試算してみよう」
「お願いします先生。とても役に立つ情報ですので。車軸のみならず積載量も共通になると色々計算も楽になりますからね」
ただ戦学部補給研究科のキャブリオレ先生が稼働率に多大な興味を持ってくれたおかげで、専門家の論文による掩護射撃を受けられそうなのは僥倖かな。
「兵站と行商は似通った点も多いからな」
キャブリオレ先生の言う通りなんだよね。必要なものを、必要な数だけ、必要な場所に送る。これができて始めて兵隊は過不足なく戦えるし、商人は儲けを出せる。
この必要な数だけ、というのが最大のポイントなのだ。兵隊なら余剰在庫は荷物の管理を複雑化させるのみならず細い補給路を塞ぐ障害物になっちゃうし、商人なら品が余っても不足しても儲けを出せなくなるし。大が小を兼ねないんだよね。
「流石は交通の要を統べるアンティマスク、良い目の付け所だ。なんならうちで助手をせんか?」
「私もうリージェンス研の助手ですので。調べ終わったら論文お願いしますね。面倒なら私とシーラで清書受け持ちますから」
「むう、残念。まあ論文については任せておけ。そろそろ予算請求の為に何かしらのネタが欲しかった所だからな」
そんなこんなで輸送効率改善などを考えたり、ルナさんを伴ってルジェの所に顔を出したりしていれば、あれよと数日が経過。
――――――――――――――――
一応念の為に学食ではなく放課後にエミネンシア家の談話室に集まって、
「考えたのだけど、国全体が今の私たちみたいに和気あいあいと生きられたらいいな、って」
お姉様の望む未来も概ね言語化できたようなので披露して頂いた。
「フッ、如何にも夢見がちな女子供が言いそうなおままごとだな。政治を児童の仲良しごっこと混同するとはあまりに蒙昧」
「いきなり罵倒された!」
「すみません私のお父様のマネです。いいと思いますよ理想としてはそれで」
うん。いかにもお姉様らしいからね。
真面目気取って持続可能でより良い社会を目指すとか、そんな実現出来ないことを言い始めるよりよっぽどマシさ。
「あの、でも本当にこれでいいの?」
「構いません。要は国民が楽しく生きられる未来を目指すということでしょう? 大いに結構。立派な志じゃないですか。まあ理想と現実の間で幾度となく磨り潰されるでしょうけど」
「ええ、実現が極めて困難であることを除けばとても良いことだと思いますわ、お姉様」
「……やっぱり別の目標にしようかしら」
今更ビビるんじゃねえ、ということではいミスティ陣営の活動方針決まりました。
「ではこれより我々ミスティ陣営は手始めとして、学園内の生徒が一人でも多く笑顔に変わる未来を目指し、ここに新聞部を創設します」
「しんぶん……?」
はい、私以外の五人が何それ美味しいのみたいな顔になってるけど、まあこれは致し方ないね。だってこの世界、まだ印刷ないんだもの。
「はい。文字通り新しきを聞く、つまりその人が知らない、その人が知りたい情報を集めて開示する作業です」
「えー、それ言葉飾ってるけどお勉強じゃないですか」
真っ先にプレシアが難色を示すけど、そうではない。
「ちがうわよ。そうね……例えば貴方、フェリトリー領産の芋とコキネス領産の芋は同じ芋と呼ばれていても味も種類も違うって知ってる?」
「え、そうなんですか?」
「あら知らないの。残念ねぇ、知ってれば貴方の料理のレパートリーも今頃もっと広がっていたでしょうに」
あえて嫌らしく笑ってみせると、
「アーチェ様、そんなこと知ってるならどうして教えてくれないんですか! 意地悪です!」
プレシアが苦々しさに歯噛みした後に、あ、と小さな声を零す。
「それが新聞、ということですか。アーチェ様」
同じく気が付いたアリーが相づちを打ってくれたので、大仰に頷いてみせる。
「そういうこと。学園の多くの生徒が知ればお得に感じる情報を集めて開示する。学生が労することなく日々の生活に彩りを添えてあげるってことね」
無論、まだ印刷なんてものはないから掲示板に貼る学級新聞だけどね。これなら紙とペンだけでできるし、あと私たちの場合は写真も使えるから。
お金がなくてもできるのが壁新聞のいいトコだよね。
「情報をただであげちゃうんですか」
フィリーが怪訝そうに首を傾げるけど、まぁそこはしゃーないよ。
「人気取りだもの。多少は無償奉仕の形になってしまうのは仕方ないわ」
「それでウィンティ様に対抗できるの? アーチェ」
お姉様が怪訝そうに聞いてくるけど、それは
「対抗できるかは新聞の出来次第でしょう。ただこれからの二年間、お姉様が学園に君臨している間の二年間がウィンティ様の頃より楽しかったと卒業生が思ったなら、それは十分な成果になります。輝かしい学園生活は一生心に残りますからね。暗いのも尾を引きますが」
「……見てきたように言うわね」
おっと流石はシーラ、相変わらず鋭いツッコミだわ。実際見てきたからね。まぁ言えないけど。
「とにかく学生に『お姉様時代は楽しかった』という認識を刷り込むんです。それには情報量と選択肢を増やすのが手っ取り早いんです。人の興味は移ろいやすいもの。飽きる前に次の情報を、そのさらに次をとドンドン情報を叩きつけて楽しいを飽和させるんですよ。そのためにはちまちまお茶会開いてなんかでは間に合いません。壁にデン、と貼り付けて新しい
「アーチェが言うと何もかも俗な表現に聴こえちゃうのはなんでかしら……」
うるせー、ガタガタ抜かすんじゃないやい。
「人は快楽に繋がる選択肢が多ければ多いほど幸せを感じるものです。学生を常に『どれにしようかな』状態に維持する。その為に情報を溢れさせるんですよ」
とにかく情報だ。情報を集めて流す。
この際、なるべく政治色は薄目で行く。政治と野球と宗教は嫌われやすいからね。
「でも、情報って言ってもピンからキリまであるわよ。そこの取捨選択はかなり大変じゃない?」
「ええシーラ。なにせこの学園の生徒は上位貴族から下位貴族まで幅広いから思いっきり財力と生活基盤に差があるしね。記載する内容はかなり注意して選別する必要があるわ」
下位貴族に合わせすぎると「新聞を見ているやつは卑しく身分の低い連中だ」って流言が必ず出回るし、逆に上位貴族に合わせすぎると今度は学園の大多数を占める生徒にとっては無意味どころか見せびらかされてるって怒りと嫉妬をかき立てられるだけになる。
ここのバランスを誤ると誰にも見向きもされなくなる。易い仕事じゃあないぜ。
「では最初から上位貴族向けと下位貴族向け、二種類に分けるのはどうですか?」
最初から分けたらどうか、とフィリーが提案してくるが、それは拙いのだ。
「駄目よフィリー。上下の格を、それを読むことで蔑まれる原因となる物を作っては生徒の二分化が進むだけだわ。そんなのは楽しい未来とは程遠いもの」
ランクを分けたらかならずそれはマウント合戦に繋がるからね。
いずれは新聞という概念が広がって自然と分かれるにしても、最初からそれを私たちがやるわけにはいかないのさ。
「……難しいですね」
「ついでに私がウィンティ陣営なら間違いなく内容如何によらず新聞をこき下ろすわ。品がない出鱈目ばかりの内容、皆に嘘を吹き込もうとしている闇属性の文章ってね」
「……アーチェ様、それやる意味あるんですか」
早くもプレシアはげんなりしてしまってるけど、やる意味はある。
というよりどこかで仕掛けないと遅かれ早かれミスティ陣営はウィンティに押しつぶされるだけだ。
「なので先ず最初が肝心になります。新聞を貶める連中の口実を潰しつつ、かつ生徒たちが興味を持つ内容を開示することで以後の安定した読者を確保する一手を打つ! というわけでお姉様」
私がニコリと微笑むと、お姉様がビクリと背中を震わせるあたり、もう私たちは見事に以心伝心の関係だね。
「嫌な予感しかしないのだけど、何かしら」
「再びウィンティ様にフルボッコされましょう」
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