アーチェ・アンティマスクと部活動の日々

 ■ 107 ■ 情報の流れを掴め Ⅰ






 さて、そんなこんなで再び王都で学院二年生の毎日である。


「そろそろお姉様の存在を学園にアピールしていく時期でしょうね」


 シーラと事前に認識合わせした上で、毎度おなじみ第三食堂ターシャスでのランチ後ミーティングでそう切り出すと、


「でも、アピールって何をすればいいのかしら」

「それ言ってる時点でかなり拙いって事は自覚して下さいね」


 咄嗟に自分のアピールポイントが出てこない王子の婚約者、控えめに言って最悪だからね。

 ……まあ、お姉様の場合能力がないんじゃなくてまだ成長途中で、あと何より自信がないのが最大の問題なのだけど。


 幾ら夜会を成功させようが伯爵たちの専横を抑えようが、それは王妃ならばできて当然だからね。

 では王妃としてのお姉様が自慢できる事は何か? となると、


「まず、お姉様は現時点において王妃としての才覚でウィンティ様に勝てる点は一つもありません」


 何にもないんだなぁこれが。


「ひ、一つくらいあるでしょ!?」


 お姉様が可愛く両手を胸元で揃えて私たちを見回すけど、誰もが無言で視線をテーブルかあらぬ方へ投げるのみ。

 シーラはだけそんなお姉様の視線を正面から受け止めるけど、受け止めるだけで否定はしない。だってできないんだもん。


「ないです。完敗してます。参考までに前回ウィンティ様が主催した夜会の参加者をお伝えしましょうか? サッシネス侯爵夫婦、アストリッチ伯爵夫婦、カンバー伯爵夫婦、ヒンダー子爵夫婦他、成人した貴族家当主夫婦が三十名ですよ」


 当たり前だが、避寒の季節が終わったために貴族家当主たちは夏の館へと戻っている時期だ。そんな王都で主催される夜会に世襲貴族家当主が参加するってのは当然、移動に手間暇がかかるわけでね? つまりその手間を負ってすらウィンティの夜会に参加する意義がある、と彼ら彼女らは考えてるってわけさ。


「お姉様が招待状を出して、今から世襲貴族家当主の何人が集まると思います?」

「それは……」


 流石のお姉様もここで挙げられる名前は思い浮かばないだろう。精々がフェリトリー家ぐらいのもんだろうしね。


「この一点だけ見ても、お姉様は王太子妃候補として完全にウィンティ様に負けているわけです。なおウィンティ様は入学から卒業まで、常に学園の試験で五位以内をい維持してましたよ? 翻ってお姉様は何位でしたっけ?」

「……」

「卒業に際しての論文も御立派でしたね。『味覚満足度に関する色覚と嗅覚の因果関係』。私も読みましたけどいやはや、数多のサンプルと実試験調査に支えられた見事なものでした。茶会におけるお茶請けの今後に多大な影響を与えるでしょう。翻ってお姉様は卒業に際しどんな論文が書けるでしょうか、今から考えておきましょうね」

「…………」


 お姉様の顔がどんどん曇っていくけど、ここいらでお姉様はちゃんと敵の強大さをきちんと把握しておかねばならないのだ。正直、ここいらがタイムリミットだと思ってるのでね。申し訳ないが畳みかけているのである。


「と言うわけでお姉様はあらゆる面でウィンティ様の後塵を拝しているわけですが」

「ただこれはお姉様に才能がないからではなく、単にあっちの方が教育を始めるのが早かったからです。お姉様が悪いわけではありません」


 シーラがそつなくフォローはするけど、お姉様は引きつった笑みを零すのみで全くフォローにはなってない。

 ま、だからって諦めるのはまだ早いって話さ、そうじゃなきゃこんな事言わないからね。


「もうお分かりでしょう? お姉様はウィンティ様とは全く違う魅力をアピールしないといけないわけです。同じ土俵――じゃなかった舞台で勝負してたら絶対に勝てないですからね」


 明晰な頭脳、成人貴族への影響力、財力に審美眼、根回しや交渉力といった人心掌握術。その全てにおいて、ウィンティは現状でも王妃として振る舞うに不足のない完璧令嬢だ。それは認めざるを得ない。

 だけど人は必ずしも完璧を求めるわけじゃないからね。


「ブリリアントカットのダイヤは誰が見ても美しい珠玉の宝石ですが、ステップカットのエメラルドの方が好きだという人もいるでしょう。そしてこの二つはどちらが優秀かを比べられるものではありません」

「要するに、私はウィンティ様と違う色を出していかないといけないということね」

「はい、繰り返しますが同じ色形では絶対に勝負になりません。それを踏まえた上でお姉様はこの学園、ひいてはこの国をどうしていきたいか考えて下さい」

「……私が考えるの?」


 当たり前である。お前何になるつもりなんだ。王妃だぞ。この国の実質ナンバーツーだぞ。


「ア、アーチェやシーラより優れたアイディアは出せないと思うけど……」

「それでもお姉様が考えなければなりません」


 うん。現時点でお姉様より私やシーラの方が知識があることは認めよう。視野も広いことも認めよう。見通せる未来がより遠いことも合わせて認めよう。

 だからお姉様が自分の思考を自然と、拙い幼稚なものと勝手に見做して無駄に尻込みしてしまうって、そういう思考の流れはよく分かる。

 だけど、私たちが考えるのでは意味がないのだ。


「モチベーションが必要なのです。私たちがこう言ったからこう、では近い未来にお姉様は必ず折れます」

「お姉様が自分はこうしたい、って思うことじゃなければいけないんです。どんなに私たちが燃料を外から足しても、自分で燃料をくべられない炎はやがて細って消えるのみですから」


 あ、これ○研ゼミでやったヤツだ、みたいな顔をプレシアがしているけど、まあそういうことだね。これは私がプレシアに重ねて求めていることだから。

 重要なのはお姉様がどうしたいか、だ。それに沿わなくてはお姉様はいつか果てしない道のりを前に膝を屈して前に進めなくなるから。


「私たちが示すのではそんなもの、所詮メッキにしかなりません。メッキの宝石でブリリアントカットのダイヤに敵うとお考えですか?」

「自ら光輝くことができなければ、どうあってもウィンティ様に追いすがることなどできませんから」

「で……でも、私の望みが国益と重ならなかったら?」


 重ならなかったら? 決まってるじゃないか。


「その時は王子への愛を間接的な燃料にして気合で己を燃やすか、潔く身を引くことをお勧めします。王妃はお姉様に向いてなかったというだけの話ですから」

「馬上で話したとおり、今後選びたくない選択肢の中から嫌でも選ばなきゃいけない場面にお姉様は何度も遭遇するでしょう。その時お姉様を真に支えられるのはお姉様だけなんです」


 折れた人間を横から支えようとしても、支える側も一緒に折れて散るのが末路オチさ。

 まあ、最悪国益にならなくて私たちが矯正することになっても、王子へ向けられる感情が真実の愛・・・・ならそれはどんな困難にも立ち向かえる燃料になるだろう。


「我ら両名はお姉様のお心がルイセント殿下の幸せにあることは承知しております。ですがお姉様がルイセント殿下の幸せのみ・・をお望みとあらば、我々はこれ以上お姉様が王妃へと至る道行きをお支えするわけには参りません」

「誓って我ら両名、お姉様の配下を離れることはございませんが、我らもまた王国貴族の端くれ。ただ一人のみの幸せを願う方を王妃へと擁立する為に働くわけにはいかないのだ、とご理解下さい」


 この点に関しては事前にシーラと整合してあるので、迷わず二人揃ってお姉様に苦言を申し立てることができる。


「殿下はアルヴィオス王国の今後に必要不可欠な存在の片割れではありますが、殿下の幸福は決してアルヴィオス二百諸侯の不幸を以て叶えられるものであってはなりませんので」


 だがそれはそれとしてお姉様にだってどういう国にしていきたいか、それを考えて貰わなくては話にならないのだ。

 だって私とシーラは不死身の不死騎団長じゃないんだからね。永遠にお姉様を支えられるわけじゃないんだよ。


「無理に国益がどうとか考えなくてもいいです。先ずはお姉様がどういう国で生きていきたいか、それで構いません。仮にそれが夢想のようなものであっても」

「綺麗事、と馬鹿にする人などどんな願いに対しても現れるものですから。笑われても、これが私の望みだとお姉様が胸を張れる未来をお考え下さい」

「……前にアーチェが言っていたアトゥラの話ね。分かったわ、考えてみます」


 ま、そう言われてもすぐに答えが出るわけじゃないからね。


「お姉様の答えが出たら、それに沿うように行動を開始します。それまでは自由時間ということで三人は好きにしてていいわ」

「英気を養うなり自分を磨くなりお金稼ぐなり、好きになさい。でも授業にはちゃんと出るように」

「はーい」「分かりました」「了解です」










  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る