■ 106 ■ 総合魔術演習 Ⅰ






「はぁ、騎士団に笑顔を振りまきにいくんですか。お姉様も大変なんですねぇ」


 当日、せっかくなのでプレシアも呼んでいざアルヴィオス王国直轄地はクラールス平原への移動である。

 クラールス平原はフェリトリー領に向かう一日目に通過する幹線道路からやや外れた位置にある平地で、火山性土壌のためにあまり開拓が進んでいない土地である。

 ただ王都から近いため騎士団が部隊展開するには最適ということもあり、このように演習場として専ら用いられるのが定着してしまっている。


「客寄せパンダも貴い人のお仕事だからね。どんな時でも笑顔で手を振るのは何よりも大事な技能なのよ」

「パンダ? って何ですか」

「客寄せの枕詞。あとでナンスにでも聞きなさい。多分知ってるから」


 なお、当然のように移動は馬車――ではなくてあえて乗馬での移動である。

 少ない馬術の練習機会は有効活用しないとだからね。新入りのフィリーは難儀しているようだけど、馬に乗れなきゃ戦うのも逃げるのもできないし。


 そんなわけで私たちは今日乗馬服、ではなくて袴姿だ。馬に乗るにはこれが意外にしっくりくると分かったので急遽私たちの分も用意したのだ。急造仕様で華やかさが足りないのは装飾品でカバーである。

 魔封環にお姉様はルイセントからの、私はバナールからの婚約ネックレスに更に装飾と、まぁ貴族令嬢ってのもなかなか大変なのだよ。


 それに加えて私はプレシアとお揃いのブレスレットと、あとはアリーとお揃いのブレスレットを右腕に装着している。

 やっぱりプレシアのみとのお揃いはアリーもなんだか負けた気になったみたいで、


「私もアーチェ様がいない間シアを支えたご褒美が欲しいです!」


 という一言に押し切られ、アリーとお揃いのアクセサリを調達せねばならぬ状況に至ったのだ。

 ま、男爵家デザインに合わせた腕輪が二つ程度なら大した負担でもないからね。弓手に装着すると弦に干渉するから、二つとも馬手である右手に嵌めているわけさ。


 なお、私とは違いシーラは魔封環を外し盾を備えてもらっている。一応魔術が飛び交う場所へ向かうわけだからね。

 盾神のシーラにはお姉様を守ってもらい、しかしお姉様一人を魔封環装着者としての好奇の視線にはさらせないから、私もまた魔封環は外さずにいるのである。一応弓矢はシバルバーの馬具に備えてあるけど、使う機会がないことを祈る。


 なお流石にお姉様は王子の婚約者だけあってクラールス平原までの往復にはきちんとルイセントから十人ほどの護衛騎士が派遣されていて、私たちの前後を守ってくれている。

 国家騎士団の中でも生え抜きのエリート、ロイヤルガードってやつだね。

 ルイセントの息のかかった連中だから、まあ信頼はしても問題なさそうだ。


 今回プレシアはルナさん抜きだから私たちは総勢九名。騎士が十人いれば十分守りきれるだろう。

 私としては実戦経験積んでるアイズたちや三馬鹿のほうが信頼できるんだけど、まあルイセントの好意を無下にはできないのでね。


「総魔演、って何やるんですか?」


 道中はもう見慣れているので飽きてきたのだろう。プレシアがそろそろ慣れた手綱捌きで馬を寄せてくる。

 私も詳しくは知らなかったのでフィリーに確認をお願いしたらやはり一晩で調べてくれて、一応過去の演習目録は文字でだけど頭には入っている。


「基本的には軍事演習よ。そこそこ実戦に寄せてのね」


 この国の騎士の戦い方っていうのは基本的には馬上からの射撃戦が主体になる。

 戦法として前世で一番近いのはモンゴル帝国の弓騎兵のそれかな。

 つかず離れずの位置をキープしながら魔術投射してジリジリと相手の戦力を削る。


 無論、市街戦ともなると馬を乗り回せるわけじゃないし魔力も有限だから、手持ち武器による近接戦闘の鍛錬も騎士の立派なお仕事だけど。

 足を止めての撃ち合いは要塞防衛とか建物に引き籠ってのみ。白兵戦もあまりやらない感じだね。塹壕戦とかはもってのほかだ。


 騎士=魔術師って銃持ち歩兵みたいなもんだから塹壕戦はハマると思うんだけどなー。貴族のプライドが邪魔して、土掘りみたいな農家のマネはできないってことかなー。


「馬上射撃戦演習、遠距離魔術投射演習、下馬しての白兵戦演習、最後に形式に則った一対一の決闘演習ってところかしら」


 アルヴィオス王国は基本的には侵略に消極的だから、攻城戦とかはあまり視野に入っていない。ここらへんは明確な弱点だね。

 だって砦を落とされたら取り返さないといけないのに、砦を攻めるノウハウがあまりないんだもん。

 一応要衝に要塞は構えているし、防衛訓練とかもやっているはずだから全くないってわけじゃないと思うけど。


「いざ戦争、ってなった場合、騎士団ってどう動くのでしょうか?」


 こちらも馬を寄せてきたアリーはフィリー程ではないにせよ勤勉だけど、流石に軍事知識までは手が回ってないみたいね。

 まあこの国は長年戦争してないから仕方ないけど。


「私もそこまで詳しくはないけど、基本的には攻められた領土は自分で守る。それが前提ね」


 アルヴィオス王国は基本は封建君主制国家だ。

 議会もあるから立憲制の側面もあるけど、これはあくまで国全土に関連する法令の整備と揉め事回避の場であり、領を跨がない限りは領主の権限が極めて強い封建制メインの政治系統となっている。


 であれば与えられた土地を守るのは領主の仕事、ではあるけれど、


「でも他国が一丸となって雪崩込んできたら、北部はともかく南部国境沿いの男爵家ではとても抑えられませんよ」


 まあ、リオロンゴっていう大河があるから、実際にはワルトラントの大群が押し寄せるってことはないだろうけど、まさにそのとおり。


「アーチェ様、国は何も支援してはくれないんですか? それだとフェリトリーウチなんてあっという間に潰れちゃいますけど」

「いいえ。貴族院緊急招集の出席者における三分の一以上の合意、もしくは王命により『国防総動員法』が発令された場合、領属騎士団及び国家騎士団合同による臨時の国防騎士団が組織されるわ。国には国を以て当たらないと押し負けるからね、三重の陣容を以てして護国防衛に努めます」


 国防総動員法の発令と同時に、アルヴィオス王国の貴族たちは3つの騎士団に再編される。


「一つ目が前線となる領土の貴族たちを中心とした第一国防騎士団。主な役目は敵部隊の浸透を食い止めることね」


 つまりワルトラント獣王国が攻めてきたら南部男爵家たちの領属騎士団を纏めて第一国防騎士団とする。北のディアブロス魔王国が攻めてきたなら北方伯爵家の領属騎士団を纏めて第一国防騎士団とするわけだね。

 南部が第一国防騎士団になる場合は地方貴族だけだと兵力が不足するから、国家騎士団の一部もこちらに加入となる。王都直轄地は南部に多いしね。


「二つ目が国家騎士団と中央寄り貴族を中核とした第二国防騎士団。これの役目は第一騎士団への適時支援及び決戦兵力ね」


 第一国防騎士団と侵略者の交戦に鑑みて大本営が戦況を読みながら投入する、国防総動員法発令後の最大戦力がこれだ。


「三つ目が後方となった領地の貴族による第三国防騎士団ね。役目は円滑な兵站の運用と各種支援及び撹乱、もちろん二正面作戦を回避する為に国境に睨みを効かせるのも大事な仕事ね」


 ワルトラントが攻めてきたら北方伯爵家の領属騎士団が、ディアブロスが攻めてきたら南部男爵家の領属騎士団が第三国防騎士団となる。

 前線を支えるための食料と物資の安定供給が一番の仕事だ。戦地での現地徴収が絶望的になる以上、前線を支えるためにはこれは欠かせないお役目なわけだ。


 なお輸送のおまけとして決戦兵力の代わりに国内を動き回って敵を撹乱したり誤情報を流したりも一応は可能である。

 兵站とこれを両立させるのは並大抵の指揮官にできることじゃない。普通なら兵站に専念するべきだが……ゲームだとお父様これを両立させるんだよなぁ。

 やっぱ凡人ではないよあいつ、認めたくはないけどさ。


「その場合、指揮系統はどうなるのアーチェ」


 あら、いつの間にかお姉様まで聞き耳を立てていたみたいね。轡を並べてるのがアリーじゃなくてお姉様になってるわ。


「世襲貴族家の当主たちは皆国防総動員法発令時に適用される肩書きを持っています。これにより国防騎士団は運用されることになります」


 当然、最高司令官は国王陛下だ。

 それを筆頭に統帥本部長、三騎士団長、王都防衛司令官、幕僚本部長、憲兵長、参謀長、後方支援本部長、大将から准将。ま、そんな非常時の官位を世襲貴族は皆持っているんだよ。


 この官位は爵位と違って世襲制ではなく、親の官位が息子に引き継がれることはない。

 つまり現在アルヴィオス王国における貴族への報酬は主にこの官位を与えることで示されているわけだ。爵位の入れ替えは色々と大変だからね。


「フェリトリー閣下、フロックス閣下は男爵家の基本である准将ですね。役目は領属騎士団の采配。ゼイニ閣下は参謀官、ウチのお父様は参謀次長、ミーニアル伯爵閣下は中将、バナール様はちょっと特殊で第二艦隊統括司令官の官職をお持ちです」


 アルヴィオス王国には常備国家艦隊なんてないから、国内の商船を臨時徴発し騎士団を乗せて艦隊を作り、海からの部隊上陸を阻止したりシーレーンを守って食料輸送したりするのが我が婚約者様のお仕事だ。

 第二、とあるのは北寄りの領土にもう一つ港があって、そこが第一になるからだね。


「へー、じゃあベティーズの奴は南が第一騎士団になっても騎士を率いて戦場に立てるわけじゃないんですね」


 プレシアがちょっと意外そうに小首を傾げるけど、まぁね。国防総動員法が発動されるまでは領主ベティーズ・フェリトリーが兵を率いることもあるだろうけど。

 本来領主ってのは組織運営のプロなわけだからね。その頭脳は別のことに使った方が効率的だったのだろうよ、建国当時はね。


「当然よ。全ての領地には領属騎士団長がいるでしょ? 現場要因はそこで足りているのに部隊運用を領主が仕切るとか邪魔もいいところじゃない」


 領主のやることは領地を運営していたノウハウを元にして、頭脳労働をすることだ。現場指揮官なんぞやらせるよりよっぽどそっちの方が有用だからね。

 騎士団の采配が仕事の准将=男爵も現場で突撃するのではなく、騎士団が過不足なく戦える状況を机上で設定するのが仕事ってわけさ。


「知らなかったわ、そんなふうになってたのね」

「国防総動員法なんて長いこと発令されてないですからね。普通の令嬢ならこんなこと意識もしませんよ。婦人になれば夫の立場マウント合戦で意識し始めるでしょうけど」


 現時点におけるお父様の役割は国防騎士団が勝利するための作戦立案と実行を行う参謀の地位にある。

 これはこれで大事なんだけど、実際に部隊を指揮する連中に比べると成果が目立たないからお父様は三つある国防騎士団長枠、つまり第三国防騎士団長の椅子を狙っているわけだ。

 でも第三国防騎士団は後方任務だから騎士団長が戦闘で倒れる可能性は低い。だから先んじてその椅子を空けておかなくちゃいけない訳だね。そのための事前の内乱だ。






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