■ 106 ■ 総合魔術演習 Ⅱ
「ただ演習や、あと学園の騎士育成教官とかはこの官位に沿って行われています。私たちが今から向かう先もその一つですね」
お父様が騎士団員や騎士志望の学生にまで恐れられ、敬遠されてるの、こういう演習での容赦の無さが最大の理由である。
まあ道を作れ、って命令された騎士団員が嫌がるのも、それを拒絶した騎士を厳罰に処すのも私にはよく分かるよ。
道、兵站の安定の為にとても大事だけど、その大事さは普通の騎士には分からない分野だもんね。
騎士的にはそんなの従卒がやれ、ぐらいの考えなんだろうけどさ、街道敷設能力如何で補給の量と速さがだいぶ変わるからなぁ。
「あと大声では言えませんが、長いこと戦なんて起きてない現状、この官位は能力通りに与えられてはいないと思います」
「それはなぜ?」
「先に少し触れたように、平和な世の中において官位は報酬として与えられるものだからです。上の位持ってるとマウント取れますからね」
現時点における王を除いた国防騎士団最高意志決定者は統帥本部長ファスティアス・オウランだけど……私もこいつを長に据えて魔王軍に勝つのは無理だと思う。
だって前世ゲームでの第一、第二騎士団、毎回あっさり壊滅していたし。オウラン公は社交界では有能だけど、政界での才能と軍事の才能は比例関係にあるわけじゃないからね。
お父様のやることには一定の正しさはあるわけなんだよ。
だって能力と乖離した今の国防騎士団の体制で魔王軍に勝つのは極めて困難なんだから。
だから対魔王戦を乗り越えることだけを考えるならお父様は絶対に生かしておいた方が役に立つ。
でもお父様を生かしておくということは、国内でテロが起こる危険性を抱え続けるということ。お父様の野望のために無辜の民が多数犠牲になるということだ。
本当、これは悩ましいね。
「……お姉様、シーラ」
「何かしら? アーチェ」
背後を振り向いて、メイに軽く目配せ。流れるようにメイが私たちと周囲の音を遮断する。
「自分で考えてみて下さい。もし現在の官位が適切でなく、国防騎士団がその力を十全どころか半分も生かせない状況で戦争が回避できないと予想された場合、国の為にどうするべきか」
前世の記憶に引き摺られた私には、多分この世界における民にとっての最適解は出し得ないだろう。
「真面目に今回の演習を見学して、国のために貴族と官位がどうあるべきかの答えを自分なりに出してみてください。私では答えが出せないので」
そう白旗を揚げると、
「珍しいわね。アーチェが自分から私たちに答えを求めるなんて」
お姉様がキョトンとする一方でシーラがきゅっと唇を引き締める。
「……仮に戦争が迫っていて、官位持ちに官位に相応しい能力がない。しかしそれを交代する大義名分がない。そんなときどうする? ってことね」
シーラは最近、本当に理解が早くなったわね。完璧に私の問の正鵠を射抜いてくるわ。
「正解よシーラ。能力と才能に従い指揮官を入れ替えるのは大前提として、それは如何にして成されるべきか」
「……なるほど、それは悩ましいわ」
「普通に入れ替えするのでは駄目なの?」
お姉様が小首をかしげるけど、うん。駄目なのよ。
「万人が納得する理由が必要です。人から地位と権限を奪うには相手にそれなりの瑕疵がなければいけません。瑕疵なしにそれをやると人心が離れていきます」
「その瑕疵の付け方は二つ。一つは戦時中という現場で失敗してもらうこと。そしてもう一つは濡れ衣を着せて失脚させることです。お姉様」
「……つまり犠牲を容認するか、もしくは陥れろということね」
お姉様が心底嫌そうな顔で頭を振った。だろ? 分かるよ。それに更に一つを加えた三択から選ばなきゃいけないんだもん。
「失敗からの降級は誰の目から見ても文句が出ない正当な処罰です。しかし騎士が死にます。下手すれば騎士団が機能しなくなるほどの壊滅的打撃を受ける可能性もあります」
「対して濡れ衣を着せるのは騎士団に被害は出ませんが、闇属性なくしても疑心暗鬼が広がります。不信は裏切りにも繋がりますから、犠牲が出ないからと容易に使えるものでもないでしょう」
前振りなく続きを紡いでくれるシーラはやはり頭がいいが――まだ若い故か悪辣さが足りないわね。
「シーラの二択に加えてさらに一つを補足。第三の手段として無能は事故に見せかけて事前に一掃しておくのも極めて効果的です。死人に口はありませんからね」
そう補足するとシーラとお姉様が揃って息を呑み、怪物でも見るかのような視線を私に向けてくる。
「……そこまでは思いつかなかったわ。流石――いや、何でもない」
「それが最も合理的なのね。犠牲も抑えられて恨みも買いにくい。でも官位持ちを纏めて事故に見せかけて、となると……」
「疑いの目を逸らすには貴族街がメチャクチャになるとかが好ましいかと。騎士どころか、戦に関係ない貴族も沢山死ぬでしょう。それでも騎士団の被害は戦で負けるほどは出ませんし、王国の
そう締めくくると完全にお姉様もシーラもお通夜顔だね。目が殆ど死んでいるよ。
「……あんたが答えを出せない理由がよく分かったわ。それも
そうとも。お父様にとっての最適解だよ。
私にとっては推しが死ぬ最低解だけど。
「勿論これは、もし現在の官位が私たちみたいな素人から見ても明らかに壊滅的だったらの話よ。国が戦争で負けるよりかはマシってだけの外道だもの」
でも善悪の基準を死者の絶対数に求めるなら、これこそが最善になり得る可能性を秘めてるんだ。
「アルヴィオス王国が今後永久に平和ならこんなこと考えなくてもいいんだけどね。永遠の平和を盲目に信じるのは馬鹿のやることでしょ?」
無論、真の最適解は魔王国との戦争状態に突入しないことなんだけどさ。此処に導く解は私にも全く思いつかないし。
「だからもしものときのために答えを出せるようにしておけ、と。相変わらず厳しい女だわ、あんた」
「お姉様は王族の婚約者だからね。そりゃあ思いつく限りの未来は想定しておかないとだもの」
「だからアーチェはこのお誘いを受けるよう提言したのね。相変わらずの深慮ですこと。休まる暇がないわ」
お姉様もいい加減嫌になってきてるっぽいけどそれではいけませんよ貴方。今日は貴方が騎士団を励ますんですからね。
「分かったところでさぁお姉様笑顔ですよ。ウィンティ様がそうであったように完璧な笑顔です。0円スマイルです。皆さんミスティ・エミネンシアを宜しくお願いしますの笑顔を常に維持ですよ」
「こんな話をしてからそれはないでしょアーチェ」
「それが王族に嫁ぐということですよお姉様、はい笑顔」
チラとお姉様がシーラに視線を向けるも、真顔で頷かれてはお姉様も観念せざるを得まい。努めて美少女スマイルに表情を固定する。
そうそう、微笑みは令嬢の鎧だからね。備えは常に万全に、だ。
さぁ、そんな話をしていればクラールス平原へと到着だ。
はてさて、総魔演の如何なるものぞ。できれば何かしらの新規情報を得て帰りたいものだね。それが良いものであれ、悪いものであれ、さ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます