■ 105 ■ 学園二年生の日常
そんなこんなで二年生である。
ヴィンセントとウィンティが卒業したために実質ルイセントとお姉様が学園生徒の頂点となったわけだけど、速攻でウィンティたちも何かを仕掛けてくる様子もなく一旦は落ち着いた生活だ。
まあどっちが公平性の鏡である王に近いか、を競ってるわけだからね。
よくお話にあるような血で血を洗うような足の引っ張り合いは――無いわけじゃないけどそれが表面化するのはイメージダウンに繋がってしまう。
だからドロッドロの血みどろにならないのはまぁ、いいことだと思うよ。
そんなわけでミスティ陣営は今のところ平穏である。
プレシアが学園一年生にして聖属性薬剤師免許を取ったことが知られたせいで、希少なる聖属性の秀才誕生かって少しだけ注目度が上がっているけどね。
「あまり嬉しくないですけど。アーチェ様の過去問があったから受かっただけで私が頭いいわけじゃないのに」
「販路が広がると思って諦めなさい。有名税よ有名税」
そんなこんなでプレシアは今やポーションを作っては正規販売ルートに卸して、その収入をフェリトリー家、自費、ミスティ陣営の活動資金に入れてくれる我らが稼ぎ頭である。
ま、今はプレシア自身の貯金に収入の大半を割いているけどね。
下級より中級キュアポーションのほうが高値で売れるから、先ずはそのレシピ入手が最優先だ。
「中級キュアポーションのレシピって幾らです?」
「リタさん割引で金貨九十枚」
「わーだんしゃくけがかうものじゃないやー」
もっとも私は材料だけなら既に知っているので、これはダートの配下たちに先んじて集めて貰っている。
製法が分からないからレシピは金で入手しないといけないの、これ殆どゲーム知識が役に立ってないも同然なので悲しくなってくるわ。
レティセント家が手探りで製法探ったようなのをやるのも手なんだけど……どう考えても手探りよりレシピ買った方が早いからね。
そういう博打じみたオリチャーは発動せず時間を金で買う。遠回りだけど多分これが一番早いと思うのよ。
「いずれにせよ今はお金を稼ぐ時だわ。ジャングルフィーバーからナジュの熱き血を経て金貨の山を降らせるのよシア!」
「言っている意味は分かりませんが言わんとするところは察しましたハイ」
OK、ならば馬車馬のように働くのよプレシア。働けば働いただけ金貨が入ってくるのだからね!
さて、プレシアがポーション作成で忙しくて抜けた穴だけど、
「こちら新しい資料です。北部モンネージュ山脈近傍におけるカルスト地形の浸食記録になります」
「……こんなのどこから見つけてくるのよ」
「学園図書館の書庫で埃被っているのを見つけました」
目の下に隈を浮かべたフィリーが目だけギラギラさせながら提出してきた資料を前に、お姉様とシーラ、三人して溜息を吐く。
図書館で見つけたならその隈はなんだ、ええ?
「図書館には閉館時間があったはずだけど」
「あ、窓に細工していつでも忍び込めるようにしてあるんで大丈夫です。書庫の鍵ももういつでも開けられますので。見回り対策の緊急避難場所も確保済みですのでご心配なく」
「……」「……」「……」
うん、フィリーめっちゃやる気あるわ。あるんだけど完全にブレーキ壊れてる。
あれだ、一つのことに没頭し始めると完全に時間を忘れるタイプだって前に聞いていたけど、本当に餓死するか崖から落ちるまで走り続ける輩だとは普通思わないじゃん?
というか前に日暮れ後オウラン家に命狙われたのよね? それもう忘れてるの? 私以上に自分の命投げ捨ててない?
「私たちでこれ書き写しておくから、フィリーは少し休みなさい」
「そ、そんな……再びお地図様に会うために頑張ったのに! 除け者にせず私もお仲間に加えて下さい!」
いや、先週見たばっかじゃん。それから何も更新してないのフィリーも分かってるだろうに。
「いや除け者とかじゃないから」「その前に睡眠をしっかり取りなさい」「このままじゃ貴方倒れるわよフィリー」
「大丈夫です! 私のことは私が一番分かってますから!」
あ、駄目だこいつ、というのを私たちは嫌でも覚らざるを得なかったので素早くお姉様に目配せ。スッとシーラがフィリーの前に移動してお姉様の姿を隠す。
その間にお姉様が首の魔封環を外して、
「……闇神よ、御身のご加護を以て此処に安寧の帳をもたらさん」
【闇の帳】を発動すると一瞬にしてフィリーがソファーに力無く倒れ伏す。
ほらー! 一瞬の抵抗もできず眠りに落ちるとかこれ完全に気力で動いてただけじゃん。
「なかなか扱いが難しい子ね」
お姉様が苦笑いしながら魔封環を首へと戻すけど、いや、なんかシーラに押しつけた私も申し訳なくなってくるよ。
「熱心なのは間違いないんですが……お姉様のお手を煩わせてしまってすみません」
上司であるシーラが申し訳なさげに頭を下げるが、まぁ仕事をキチンとはしてくれるわけだからね。お姉様もちょっと笑っただけでこの件は不問だ。
いや、夜中に図書館へ忍び込む学生を不問にしていいかはちょっと悩ましいけど……まあ若気の至りって事でいいか。夜の校舎は青春あるあるだよね学生なら多分。
音もなく静かに胸を上下させて寝入るフィリーの横で地図を広げて情報を更新、然る後に休憩も兼ねてのお茶会である。
ちょっと状況がカオスだけど、多分気にしたら負けだと分かっているので私たちは皆何事もなかったかのように振る舞うのである。
「最近、お茶会のお誘いが増えてきましたね」
これまで会話には加わらず、一人お姉様や私宛に届いたお茶会の招待状を検めていたアリーの笑みは多少複雑である。
一年生の時はどこからもお声がかからなかったのだが、二年生になってからはちょくちょくお誘いを頂き、選別が必要な状態になっているのだ。
「ウィンティ様の目がなくなったから、ということかしら?」
「それもあるでしょうけど、多分保険だと思いますよ」
「保険、って何? シーラ」
「万が一婚約者を捕まえられなかった時にアーチェに何とかして貰いたいんだと思います。その為の繋ぎが欲しいんでしょう」
あー、と皆で納得したような諦め顔を見合わせてしまう。
一年生の最後のあれで、ミスティ陣営は何故かお見合い斡旋事務所のように方々から見做されてしまっている。
それはそれでどうかと思わないでもないのだけど、情報源として一定の有効性は既に認められているからなぁ。
「アーチェは二年生になっても
「お父様の二つ名が通じない世代も出てきそうですね。なんだかなぁ」
おかしいぞ、私は淑女嫌いのアンティマスクの娘だってこと皆忘れ始めてない?
おーいお父様よぉ、お前さんの御威光が消えかかってんぞ、もっと熱くな――いや、あいつが動くと世の淑女が苦しむだけか。やっぱ大人しくしてろ。
「それ以外でめぼしいお誘いは何かある?」
ちょいとばかり現実逃避したかったので一縷の望みを込めてそうアリーに尋ねてみると、
「そうですね……ちょっと変わったお誘いとしてこんなのがあります」
アリーが手渡してくれた便箋を三人で覗き込む。
「えーと、国家騎士団第二師団から? 個人名義じゃないのね」
お姉様の言うとおり、差出人は師団長名義で個人からのお茶会のお誘いではないようだ。
つらつらと内容を読み進めていくに、
「これは……私に視察に来て欲しい、ということでいいのかしら?」
騎士団の定期総合魔術演習に王子の婚約者として見学、というか激励に来て欲しいという依頼のようだ。
ふーむ。確かにこういうの前世でもあったよな。緊張感を高めるために偉い人に出席して貰うってのはよくある話だと思うし。
「そうみたいですね。私としては特に裏を読む必要はないと思います。シーラは?」
「私もアーチェと同意見ですお姉様。単純にお姉様を山車に騎士たちを鼓舞するのが目的かと」
無論、流れ弾を装ってお姉様に危害を加えたい輩がいないとも言い切れないけどね。
でもそれを言い始めたらお姉様を招待する全ての輩に対してそれを警戒しなきゃいけないわけだし。
「ウィンティ様も昨年まではこういった事を引き受けていらっしゃったのかしら?」
「恐らくそうだと思いますよ。貴人としてごく真っ当な役目ですし」
騎士たちだって見る人もいない演習なんかより、ちゃんとお偉方が見ているほうがやる気が出るだろうし。
それにやる気を出すまではいかなくとも、無様晒したら減給ぐらいはあり得るかも、って緊張感は持てるだろうしね。むしろ騎士団のお偉方からすると後者が狙いかな。
「私はこれお受けするべきかと思いますが、シーラは?」
「そうね、見識も広がるでしょうし構わないと思うけど――妙に乗り気ねあんた」
まぁ、ここいらで騎士団の実力も見ておきたかった私としては渡りに舟だったからね。
「幸いお姉様は演習より先に実戦を観戦していますし、そのお姉様から見て国家騎士団がどの程度に映るか。これは把握しておいて損はないでしょう」
「幸いかは分からないけど……これだけはウィンティ様より私が長じている点だものね」
それなー。いずれ魔王軍との戦闘になる以上、騎士団が本当にモノになるかを正しく認識している人が王家側にいてくれないと私も困る。
ガチの命のやり取りをお姉様が肌で理解できているのは本当に幸運だよ。普通の后教育じゃこんなの学べないからね。
「まあ国のためを思うとウィンティ様もいっちょ戦のど真ん中に放り込んでやりたくもありますけどね。ヴィンセント殿下の文武は文寄りって聞いてますし」
「……二重の意味で止めて頂戴。スレイ、こちら参加のお返事をお願い」
「はい、お嬢様」
さて、そんなわけで国家騎士団による総火演ならぬ総魔演への出席だよ。
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