■ 104 ■ もっとも残酷な加護 Ⅲ
「私たちは加護なんて外れクジを無理矢理押し売りされて返品もできない哀れな被害者よ。であれば神様ありがとうクソ食らえって使い倒してやるのが私たちにできる唯一の御礼でしょ。悩む時間が勿体ないわ」
「あ、あのー……アーチェ様ってもしかして神様嫌いですか」
なんか虎の尾を踏んだ? みたいな顔でプレシアが恐る恐る問うてくるけど――当たり前だ。
「人の行いにお墨付きを与える神も、生まれつき人の平等性に差を付ける神も、人が神に認められることに有り難みを感じるよう仕向ける神も全てが人にとって害悪だわ」
私は何故かこの世界に転生して、そしてこの世界には神がいる。
ならば私がここにいることにもどうせ神の意思が関わっているんだろう。というか関わっていなきゃ説明付かないわ。だが、そんなことは私には関係ない。
「私は私の選択によって生きて、私の行いの結果として死ぬの。その全てに神の認可も願望も関わらせない。神に私の良し悪しなど決めさせない。私は私のあるがままに偽善を行い、私の望むままに悪徳を為す。この全てに神なんて一切関係させないわ」
だけど神様、貴方に一つだけは感謝をしてあげる。
私を転生させた時に、私の前に姿を現し御高説を垂れ流さなかったことを。
偉そうにも上から私の行いに何一つお墨付きをくれなかったことだけは、神様に御礼を言ってやってもよい。
神の許しを得て第二の人生を謳歌するだなんて絶対にごめんだからね。
神様が「自由にやっていいよ」って言ったから異世界でやりたい放題やりつくすだなんて。
そんな免罪符を手にして、己が行なった事の弊害、副作用、果ては人死にをも神様の思し召しということにして、その罪悪感から逃れるだなんて。
前世の記憶持ちって卑怯なゲタ履きスタート切ってるクズの私でも、それだけは絶対に御免だ。そんな厚顔無恥だけは耐えられない。
私の行いは私のものだ。私の犯す罪は私のものだ。それを投げ捨てたらもう、私が私でいる意味すらなくなる、神の操り人形だ。
「プレシア」
「は、はいアーチェ様」
「貴方が仮に聖属性で救えない命に対面しても、それで貴方が苦しむ必要は一切ないわ。こんなものは神の気まぐれで一方的に付与された単なるオマケよ。それに振り回されて私たちが苦しむなんて絶対にあってはならないわ」
高位の存在たる神様に認めてもらえることで、その人間の価値が高まり周囲から賞賛され、肯定される世界だなんて。それだけは私は絶対に御免だ。
だってそれって神様を絶対神聖と定義しがちだから別物に見えるけど、実質的には「強い力を持つ誰かに肯定されるから自分は間違ってない」って理屈でしかないのだから。
神様という文句の付けられない権威に、「この世界を作った私が認めてるのですから、貴方は正しいんですよ」って
結局それは神様という超常の存在に自分が特別なんだと認めて貰いたいただの傲慢、ただの責任逃れに過ぎないだろうに。
「……アーチェ様、本当に神様が嫌いなんですね」
「違うわ。私たちを上から目線で見下ろす連中の気まぐれに真面目に付き合って一喜一憂したくないだけよ」
神などという人を越えた存在に許しを得て楽になろうだなんて烏滸がましい。
神に正しさを認めてもらって楽になろうとするな。
自分の行いには、自分で責任を負え。それもできないようなやつが人を殺めるなど――絶対に許されるものか。
「でもお嬢様は神のもたらす魔術までは否定はなさらないのですね」
「私が好こうが嫌おうが現に魔術は存在するからね。あるなら使い倒すまでよ。ただの道具としてね」
泣こうが喚こうが加護はあるのだ。その事実は消え去らない。
であれば「こんなもの、失われても屁でもない」という覚悟を前提の上で、徹底的に使い潰すだけだ。
「いいことシア。私はプレシア・フェリトリーに聖属性を鍛えることを望んでいます。それはアーチェ・アンティマスクが貴族社会を生き抜くための便利な道具になるからよ」
そう、基本的に私とベティーズの在り方は大して変わらない。
プレシアの聖属性が目当てでプレシアを庇護しているのだから。
「『プレシア・フェリトリー』は聖属性を扱えるからフェリトリー男爵令嬢としてここにあるけれど、しかし忘れないように。ただ一人の『プレシア』を構成する要素に、本来聖属性は何一つ含まれてはいないの」
私が七歳まで神のご加護を使えなくてもアーチェであったように。
プレシアもまた聖属性の有無に拘わらずプレシアであるということ、それは私たちの大前提だ。
「聖属性が使えなくても貴方は貴方よ。それを念頭に置いた上で自分の人生をよく考えなさい。そうしなければ貴方は聖属性などただの便利な道具としか見ない私の道具で終わってしまいかねないのだから」
「……はい、アーチェ様」
そうして、私の言葉の何がプレシアの琴線に響いたのかはいまいち分からないのだけど、
「見て下さいアーチェ様! 聖属性薬剤師証明書です! 合格ですよ!」
プレシアの顔写真が貼り付けられた(証明書に写真が用いられるようになったのはルイセントの尽力の結果だ)、一枚の羊皮紙を私の前に広げてプレシアが朗らかに笑う。
「学院一年生での薬剤師資格取得は前例がないそうね。大したものよシア。よく頑張ったわね」
「ありがとうございます!」
あれから謎のやる気を見せたプレシアの、これは疑いなく彼女が実力で獲得した結果だ。
私も受験は一緒にしたし、筆記試験の結果は自己採点したら私のほうが点数高かったけど、それは秘密にしておこう。重要なのはそこじゃないからね。
「ご褒美に好きなもの何でも買ってあげるわ。これが最後だしね。何が欲しい?」
「え? 最後って……どういうことですか?」
最後、と聞いてプレシアが不吉そうな顔をするが、全くの逆だ。
「なに暗い顔してるのよ。現時点で貴方、私なんかとは比較にならないほどにお金稼げるようになったのよ? 私が奢らなくてもいずれ何もかもがよりどりみどりよ」
「じ……じっかんがわかない……」
ビクビクしているプレシアの背中をバンと叩いて、二人並んで歩き出す。
「それで、何が欲しい?」
「そ、そう言われると悩む――あ、じゃあ何かアーチェ様とお揃いの物が欲しいです!」
「ああ、同じ派閥だしそういうのも悪くないわね。とするとアリーの分も必要かしら」
「……私へのご褒美じゃなかったんですか?」
おっと、珍しくプレシアが本気で拗ねそうね。しゃーねー、今回は私とプレシアの分に留めておくか。
「お揃い、にしても私たちまだ成長期だし、ならば服より装飾品かしらね。希望はある?」
「アーチェ様に選んでいただけるなら何でもいいです」
「地味に高いハードル来たわね……」
当たり前だけど、こういう時の何でもいいは鵜呑みにしちゃ駄目だよ。正確には「私のセンスにドンピシャな物なら何でもいい。それ以外とか論外」だからね。
ここでプレゼントに4○とか選ぶと摂氏4℃の冷たい視線が飛んでくるぞぅアッハッハ理不尽よねー! 笑っちゃうわ。
「まぁいいわ。では久々にのんびりお買い物でもしましょうか。二人で見繕いましょ」
「はい! やったー! アーチェ様の奢りでデートだぁ!!」
そうしてプレシアと四人でショッピングに向かい――
私たちの学園一年生生活のめぼしいイベントは、これでお終いだ。
季節は一巡して、学園二年生。お父様を含めた世襲貴族当主が己の領土へと戻り、私が自由に暗躍できる残り二回の半年間が始まる。
プレシアが自立した生活を送れるようになって、これで対魔王戦までの目に見えた懸念事項は全て潰した筈だ。
しかし有能な駒であった筈のシーバーとクライバーを平然と切れてる時点で、もうお父様の方も準備は整っていると見ていいでしょう。
お互いに必須の仕込みは完了。
ならばあとは魔族との戦争にお父様抜きで勝ちうるか否か、彼我の戦力を探るだけね。
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