■ 104 ■ もっとも残酷な加護 Ⅱ






「なんなんですかそれ……じゃあアーチェ様は私にどうしろって言うんですか!」

「だからそこで最初に戻るのよ。私がフェリトリー領で貴方に強く尋ねたことは何だったかしら?」


 一瞬、プレシアは息を呑み、


「私が、どうしたいかです」

「大正解。騙されても構わないならそれを前提としてもよい、っていうのはそういうことよシア。貴方の望むままに生きなさい。その為ならば貴方は私を裏切っても一向に構わないのだから」


 プレシアが私を信じることが前提なのではない。むしろその逆。私がプレシアを信じることが前提なのだ。


「私の未来もミスティ陣営の未来も全てが些末事よ。重要なのは貴方がどうすれば幸せになれるか、それだけを貴方は考えていいの」


 その結果、裏切られたとて私がプレシアを恨むことはない。主人公様の行いに、どうしてモブが口を挟めようか。


「一番幸福に満ちた未来を望みなさい、プレシア・フェリトリー。そしてその為に努力なさい。その未来の為に私が邪魔なら、全力で叩き潰しなさい。それを私は前提として受け入れるから」

「……分かりません、どうしてアーチェ様は私にそこまで優しくしてくれるんですか」


 うんまあ、お前にしか魔王を倒せる剣の勇者を生み出せないから、というのは現時点では言えないからね。


「前に聞いた時は、ポーションのため、聖属性のためだってアーチェ様は言いましたが……今の話からすると本当はそうじゃないんでしょう?」


 メイやプレシアから見て、伯爵令嬢が男爵令嬢の踏み台になっていい理由は全く分からないだろう。なので、


「出会った時は語ったとおりだけど……今は、そうね。貴方には支えが必要だから、かしら。この世でもっとも残酷な加護を与えられた貴方への、傲慢な哀れみみたいなものだと思うわ」


 はてさて、要点隠しの事実語りタイム第二弾の発動であるよ。


「残酷な加護って……聖属性がですか?」

「ええ、そうよ」


 プレシアが理解できないとばかりに目を瞬くけど、まさにその通り。

 聖属性ほど、人の命が軽いこの世界で息苦しい加護は存在しない。


「私たちみたいな闘神系やアイズたちのようや自然系の加護持ちには死にかけた人を癒やす手段はないわ。精々介錯をしてやるのが精一杯ね」


 私たちが致命傷を負った誰かにしてやれることは、速やかに暴力を振るって苦しまぬように神の御許へ送ってやることだけだ。

 介錯だけが唯一私たちができる全てだ。

 だけど聖属性だけは違う。


「貴方は、聖属性持ちは怪我を癒やすことができる。死にかけた人を助けることができる」

「アーチェ様の仰るとおりです。ですが、それがどうして残酷なんですか」


 プレシアは心底理解できていないようだけど、その答えは凄く簡単なことなのよね。


「私たちには、助けられない者は絶対に助けられないの。でも聖属性持ちの場合は違う。助けられないも者も魔術の出力次第では助けられてしまうのよ」


 うん、まだプレシアにはそれは分からないだろう。

 プレシアがそれを分かるのは時報を越えたその瞬間だからね。


「もし貴方が全身全霊を振り絞ってなお、助けたい誰かを助けられなかった時。貴方は絶対に自分の無力さを嘆き、自分を怨むでしょう」


 私たちには致命傷を負った人は助けられない。だから自分を責めたりはしない。

 だけど聖属性は違う。魔術の出力次第では助けられるのだ。だけど、どれだけ魔力を絞り尽しても助けられない命もある。


「最初から人を救えない私たちにはそういう悩みとは無縁、聖属性だけがこの悩みに直面する。だから聖属性は残酷なのよ」


 これが時報だ。

 プレシアの、自分がもっと強ければ助けられたかもしれないという悔恨だ。

 一生プレシアの心の傷となって残る、聖女のパワーアップイベントだ。


「今まで貴方は目の前にいる怪我人を救えなかったことはなかったのでしょう。だけど必ずいつか貴方はそれに直面する。私がどうあがいても、貴方がどれだけ努力してもね」

「それは……そうなんだろうとは思いますが……」

「口で言われても分からないでしょう? それを責めるつもりはないわ」


 これは仕方のない、どうしようもない話なのだ。

 どれだけ訓練を重ねたって、自分自身に絶望した瞬間の思考なんてものには辿り着けない。体験しなければ分からないのだ。


「私にできるのは、貴方がその時苦しまないように、全力でやれることはやってきたんだって、そう思えるように今を頑張らせることだけ。しかし結局のところ貴方が真にそれを知るには『やっぱり私が死なないと駄目かしらね』って、そういう話よ」


 そう説明を終えると、プレシアもメイも理解はしたけど納得したくない顔になってしまっている。まあ、面白い話じゃないからね。


「だいたいは理解しましたが、そこで何故お嬢様なんですか?」

「シアにとって今現在最も死んでほしくない人間は、シンシアさんを除けばアンナを超えて私だろうってちょっと自惚れただけよメイ。それ以上の理由はないわ」


 好感度、というよりは依存度って視点だけどね。


「人の死なんて知ったことか、自分の責任じゃないってシアが冷静に切り捨てられる性格なら私も気にしなかったのだけどね。貴方、善良だし」

「……私はアーチェ様が思っているほどいい子じゃありません。何からだって逃げているし」

「知ってる。でも無責任に全てを投げ出せる性格でもないでしょ」


 そうであればいっそ楽だったのかもしれないし、あるいは私はプレシアがそうなるように誘導してあげることが一番プレシアが楽に生きられる道だったのだろう。

 でも私はそうしなかった。全てはプレシアに剣の勇者を選定し魔王を倒して欲しいという我欲の為に。


「だから私はシアが今使える限界の聖属性を発揮できるように計画を立てる。貴方がもしかしたら救えたんじゃないか、なんて苦しむことがないように。でもいつかの苦しみを回避する為に今が苦しいなら本末転倒よね」


 結局のところ、そこはプレシア自身が選ぶところだ。楽な方を選べばいい。


「だから、この先私が語ったような苦しみを覚えることはないって貴方が思うなら、私の言うことなんて一切無視してもいいのよ。私が勝手に思い違いをしているだけなのかもしれないのだから」


 それを決めるのは私じゃなくてプレシアだからね。


「なんで、私みたいな庶民が聖属性なんですかね」


 プレシアが弱々しく笑うけど、それ言い始めたらキリがないわ。


「お姉様も多分、なんで私が闇属性なんだって思ってるわね」


 シーラも、フレインも。多分幾度となく自分の属性を呪ったに違いない。

 私はそもそも魔術が存在しない世界を知っているから、弓神の加護には何も感じようがないけどね。






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