■ 104 ■ もっとも残酷な加護 Ⅰ






「うーん……」


 半月後、プレシアに渡した資料に記載はあるけど問いにはなってない部分を中心に模擬試験をやってみたのだけど。


「ど、どうですか」

「受かるか受からないかギリギリといったところね」


 採点を終えた解答用紙をプレシアに返すと、プレシアがしゅんと小さくなってしまう。

 模擬試験結果は分かりやすいくらいね。過去問と同じ問題は解けているけど、同じ文章でも問う部分が異なる場所はほぼ全滅。

 つまり例題から一歩外れると駄目、例題のほぼ丸暗記になってるってワケ。うーん、実に困ったわね。


 一応プレシアの自信を付けさせるために、赤点ギリギリまでは例題と同じにしたから何とかなってるけどさ。

 例題とまるっきり同じ問いが本番で出ないと合格できないって事だからねそれ。


「貴方が努力をしたのは認めるけど……暗記は暗記であって理解じゃないってのが綺麗に現れちゃったわね」


 要するにプレシアの勉強範囲は私が渡した過去問の内容から一歩もはみ出してはいないってことだ。

 つまり分からない部分を埋めるために図書館に行って資料を探すとかを一切やっていないってことになる。


 図書館で探す、っていう思考がないわけじゃない筈だ。だって私がいない間アリーはプレシアと学園図書館に通っていたって報告を聞いてるし。

 信頼、あるいは甘えというべきか。


――やっぱり私が死なないと駄目かしらね」


 時報が鳴らないとやはりプレシアは本気になれないか、と考えていたところで、


「……アーチェ様、それどういう意味ですか」

「お嬢様、流石にそれは聞き捨てなりません」

「え、なに?」


 何かプレシアが凄い形相でこっちを見つめてるし、なんか背後の気配が凄まじい圧なんですけど!?


「なにじゃありません、アーチェ様が死なないと駄目ってどういう意味ですか!」

「え、あれ? 声に漏れてた?」


 やっべ、私としたことが身内しかいないからつい油断してたわ。

 慌てて誤魔化そうにも前門のシア後門のメイでどうやら完全に逃げ道は塞がれているようだ。


 い、いかんぞ。私が聖女のパワーアップアイテム候補とか、どういうふうに説明してもこの二人は納得しないだろうし。考えろ、考えるんだ私! 小賢しさこそが私がお父様から受け継いだアンティマスクの資質だろうに!


「あれよあれ、多少言い過ぎたけど、まぁ私の存在がシアの成長を阻害してるんじゃないかって話」


 よしこの路線でいこう。実際私がそう思ってたのは事実でもあるし。

 ひとまず話をする態度は見せて、メイにお茶を用意して貰う。空腹時には人は攻撃的になるからね。食事と睡眠は穏やかに生きるために重要、こういう基本は抑えていこうね。


 お茶を啜ってウチから持参したクッキーを囓り、血糖値を上げつつさて、そろそろ二人も怒りの第一波は収まった頃だろう。


「はいはいメイもシアもそんな睨まなくてもちゃんと話すわよ。要するに私がいる限りシアは今後一切自由に生きられないんじゃないかって話ね」

「アーチェ様がいない方がよっぽど自由に生きられなかったと思います。入学当初もレリカリーでも、どっちもアーチェ様が私を助けてくれたんじゃないですか」

「その事実は否定しないわ。でも貴方には多分、一人でそれを乗り越えられる力もあったんじゃないかと思ってるのよ」

「ないです」

「あるわ」

「ないです」


 まぁ、本来の正史(と呼んでいいかは分からないけど)では私はプレシアの敵だったんだし。

 それでもプレシアは魔王を倒せるだけのポテンシャルを持っているわけだからね。それを伝えようがないからどうしようもないんだけど。


「まぁこれは平行線になるだろうから、この話はここでお終い。重要なのはね、今シアは全く楽しくもないことを私の命令でやらされてるってことなのよ。聖属性薬剤師になる勉強、楽しくないでしょ?」


 その逃れようがない事実を突きつけると、流石に自覚しているプレシアは脊髄反射では応じられないようだ。


「でも……繰り返しになりますがこれはフェリトリー領のためであってアーチェ様の命令であるからじゃありません」

「そのフェリトリー領が借金するのにポーションをカタにするよう提案したのは私よ。だからこれは私の命令」

「アーチェ様のいつもの悪い癖ですそれ。アーチェ様がいなくてもベティーズは私にポーションを作らせて売りさばくつもりだったじゃないですか」

「でもそれを急がせているのは私ね。一発合格しろってプレッシャーかけて貴方を脅しているのも私」

「で、でもアーチェ様がいなければこういう過去問も手に入らなかったじゃないですか!」


 そーね。その通りだわ。だけど、


「でも聖属性薬剤師になる勉強、貴方個人としては全く興味ないでしょ?」

「…………」


 この沈黙が全ての答えである。要するに、プレシアには自主的な意欲モチベーションが完全に欠けているのだ。

 私が必要だからってやらせているけど、プレシア自身はこれに全くの意味を見いだせていない。私が必要だと言うことを信じてはいるけど、それはやる気の燃料にはならない。


 ま、これは私としてはありがたいことだけどね。私が必要だといったらそれに全身全霊をかけるのは狂信者のやることだから。プレシアがそうなっていないのは結構なことだ。

 自分の信者が欲しい人なんて独裁者か人を金蔓にしたい教祖様のどっちかだもんね。わたしゃどっちにもなりたくないよ。


「つまるところ、貴方は自分の将来像を自分で描く力を私に奪われているのよ。貴方、私の言うとおりにしていれば多分万事が上手くいくと思ってるでしょう? 違うならなりたい自分を今ここで再定義してみせなさい」

「それは……でも、私はアーチェ様に忠誠を誓いました。ですから」

「フェリトリー領でも言ったけど、私が何もかも正しいと思うな、騙している可能性もあるとそう伝えたわよね?」

「騙されても構わないならそれを前提としてもよい、と言ったのもアーチェ様です」

「それを建前としても、よ。自分の未来を貴方が自分の力で思い描くことを捨ててよい理由にはならないわ」


 そう言い重ねると、流石にプレシアも段々苛立ってきたみたいだ。まぁそりゃそうだろうよ。

 私がこうしろって言って、プレシアはそれを信じて行動しているのに、私がそれじゃ駄目だって言ってるようなもんだもんね。

 こういうダブルバインドは人を追い詰める最低の手段だし、本来なら決してやってはいけないことだ。ましてや力関係が上の私がこれをやるのはあからさまなパワハラであるのだからね。


「なんなんですかそれ……じゃあアーチェ様は私にどうしろって言うんですか!」






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