■ 103 ■ 勉強からは逃れられぬのだ Ⅱ







「ま、それはおいおい知っていけばいいわ。それより今気になるのはこっち。秘密裏とはいえある程度は他属性の付与も研究はされてるっぽいわね」

「え、そうなんですか?」


 プレシアに頷いてみせて、ポーション瓶を手に取る。

 このポーションを販売するための規格としての容器だけど、これ明らかに普通じゃない。


「このポーション瓶に入れての保存と、それ以外の保存では明らかにポーションの劣化速度が異なるもの」


 ポーションが長持ちするのは結構だ。

 しかし生薬配合のナマモノなポーションは本来長期保存できるものではなく、これを長持ちさせるには、


「多分、こっちも何らかの魔術が付与されている筈よ」


 このポーション瓶は一回こっきりの使い捨てで再利用は禁止されている。

 つまりこのポーション瓶の効果は永久に続くわけではない、製造からの使用期限があると考えるべきだ。


 それを前提とすると、一つの可能性が頭の中に浮上する。

 聖属性とは生命と賦活を操る属性だ。これすなわち、平たく言ってしまえば聖属性は気をつけないと発酵や腐敗をも助長するということでもある。

 ではその逆として生命を抑え込み、腐敗や発酵が起こらないように抑え込むのはもちろん、聖属性の対極に位置する冥属性だ。



――冥神からご加護を授かりました。そのおかげで今、ここにいます。



 フィータ・サイド子爵令嬢。

 あのダンスパーティーで出会った、冥属性を買われて貴族の養子となった少女の存在。それが一つの真実を裏付けている。

 このアルヴィオス王国貴族社会では、冥属性持ちを必要とする人たちが確実に存在しているということ。そして彼らが何をやっているのか、を考えれば、


――つまりは、これとかよね。


 規格化された、ポーションの腐敗劣化を遅らせるポーション瓶。

 魔王の属性ということで私はつい色眼鏡で見てしまっていたが、そもそもが歴とした神からのご加護だ。食料の保存など冥属性の有用性は多岐に亘るだろう。


 冥属性が悪用されているわけではなさそう、と推測できたのは結構だけどさ、これが冥属性の研究の成果だと――いや、他属性の研究成果の可能性もあるか。

 いずれにせよこれが魔術付与による成果であることを象牙の塔魔術研究室別棟に出入りしている私ですら基本情報として知らない、ということは、


「やっぱり、魔術の付与を新規に研究するのはやめておいた方が良さそうね。色々と面倒なことに巻き込まれる気がするわ」


 多分、私と同じ未来を予想した人が過去にもいたんだろう。私は前世の知識があったから想像しやすかったけど、前世の知識がなければ絶対に想像できないって話でもない。

 ちょっと頭のいい人が考え尽せば、私が予想したような未来など十分に導出しうるはずで。だからこそ下手に魔術の付与なんて研究を始めたら、多分ろくな事にならないだろう。


 それに多分、こういう研究は象牙の塔魔術研究室本棟上位に研究室を構えるお高くとまったエリート連中とかがやっているに違いない。

 そこに別棟下位リージェンス研職員の私が食い込むなんて、どう考えたってトラブルの種だ。はい忘れましょこのことは。


「と言うわけでここからは稼ぎに移行するわよ」


 さぁて、お待ちかねのポーション売買による金策タイムが――これでもまだ始まらないんだなぁ。


「その為にはまずシア、貴方が聖属性薬剤師の資格を取る必要があるわ」

「資格……学園の単位ですか」

「いえ、これは国家資格で学園の授業とは別ね。だから今からでも受験可能よ」


 試験内容は筆記と実技の二種類である。

 既にプレシアは下級キュアポーションを作れるようになったから実技の方は問題ない。

 問題は座学の方だ。


「幸い聖属性医師よりも聖属性薬剤師の方が試験は簡単よ。こっちなら今の貴方でも受かることは可能でしょう」


 なお聖属性医師も聖属性薬剤師も推奨受験年齢は十六歳、要するに学院でキッチリ勉強して単位を取得することが前提である。

 が、そんなちんたらやっている余裕はないのでね。ここはきっちり巻いていくよ。


「なので貴方には後期日程末にある資格試験に合格して聖属性薬剤師になって貰います」

「試験……合格……うっ、頭が」


 阿呆お前まだ一回前期日程の試験受けただけじゃんふざけんな。

 私なんぞ前世の中学から通算してえーと、前世は中間試験もあったから……ええい、三十回以上試験受けてんだぞ。一回程度で弱音吐いてるんじゃねぇ!


 (※学校により差はあるでしょうが中学で15回、高校15回、大学で8回の38回+模擬試験複数回+大学入試共通テスト+個別の高校、大学入試試験です。現代人、凄く試験されてますね)


「とにかく、貴方には試験に一発合格して貰います。落第は許されないわ」

「そ、そんなこと言いましてもどんな内容が出題されるのかすら――」

「ある程度傾向は掴めてるわ、はい」


 はい、とメイに鞄から羊皮紙の束を出して貰ってプレシアの前に突きつけると、奴め完全に目を白黒させておる。


「……なんですか、これ」

「聖属性薬剤師試験の過去問。これ全部解けるようになればほぼ受かるから心配しなくていいわ」

「そ、それは凄い! けど、なんでそんなのアーチェ様持ってるんです? 先生たちから貰ったんですか」

「まさか、そんな試験の横流しなんて先生がしてくれるわけないでしょ。自分で受けて集めたのよ」

「…………はい?」


 プレシアがコキン、と音でも立てそうな角度で首をひねるけど、私は何かおかしな事を言っただろうか。


「……アーチェ様が、受けて集めたんですか? 聖属性持ってないのに?」

「ええ。だって受験資格に『聖属性持ちであること』って一文がなかったから」


 そう付け加えると、ますますプレシアが霞がかったような困惑した顔になってしまう。


「えっと、でもアーチェ様聖属性持ってないから実技できませんし、何をどうやっても受かりませんよね? それなのに受けたんですか?」

「別に聖属性だけじゃないわ。他にも火属性鍛冶師とか鉱属性細工師とか、土属性土木師とかも色々受けてるし」


 別に専門職があるのは何も聖属性に限った話ではないからね。

 まだ化学、機械技術がそこまで発展していないせいで、鍛冶や土木、金属加工作業などの工業は魔術に頼っている部分もある。


 本来貴族の仕事は戦争と政治であり、農工商は庶民の仕事とされてはいるんだけどね。

 下位貴族たちはお金を工面するのも大変だし、次男三男とかがこういった職に就いたりもするわけだ。


「……なんでアーチェ様はそんなのわざわざ受けてるんですか」

「そんなの知りたかったからに決まってるじゃない」


 この世界、マジで娯楽が少なすぎるんだよなぁ。

 観劇とかはお父様お金出してくれないし、ゲームもカードとボードゲームしかないし。酒はまだ飲めないし。


 あとあんまり催事がないこともあって、暇な時にやることっつったら新しい知識を仕入れるぐらいしかないんだよね。

 四六時中スマホで滝のような情報を浴びていた人間からすると、刺激が少なすぎて暇で暇で死にそうだったのだ(学園入学前まではね)。


 そんなわけで、受験資格に制限がない国家試験は私、かなり前から色々受験しているのである。

 ま、私にとって本命は聖属性医師と薬剤師だったから、これをお父様や周囲へカムフラージュする意味もあったけどね。それは言う必要のないことだ。


 なおこれらは勉強の一環ということで受験費用は全てお父様持ちだよ。

 絶対に受かるわけはないのだが、それでも無駄だと切り捨てず受験させてくれたことだけはまぁ、感謝してやらんでもない。


「暫くはその問いを解けるように勉強なさい。半月後に私が作成した模擬試験で実力チェックするから」

「ふぁい」






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