■ 103 ■ 勉強からは逃れられぬのだ Ⅰ
さて、そんなわけで学園生活と平行しつつ、プレシアのポーション作成と検証を重ねる毎日である。
作成したポーションは一切売りに出さず全て検証に用いているので未だに収入はゼロであるが、おかげで一ヶ月もすると検証のほうはだいぶ進んできた。
「だいたい品質として見て分かる範囲は五ランクぐらいかしらね」
色合いと効果からだいたい最低、低、並、高、最高の五段階程度にプレシアの作成した下級キュアポーションの品質は分かれるようだ。
当然、わざと手順を外すとかだと当然この範囲外の物もできるので、そういうのは除外して普通に作った際のブレね。
なお所詮は下級キュアポーションなので、最高と言ってもそこまで効果が抜きん出るわけではない。あくまで下級の中の最低最高だ。
「何が原因なんでしょう?」
「これまでの検証結果からして、抽出温度と魔法陣の正確さで違いが出てるようには見えるわね」
溶液Aを抽出する際の温度管理と、あの燃え尽きる魔法陣の精度に気をつければほぼ並以上のポーションに仕上がることは、これまでの試行錯誤から割り出すことはできている。
あとは素材の質とかもあるかもしれないけど、まだちょっと追い切れていない感じね。まぁ並以上が安定して作れて、かつ品質をちゃんと理解できてれば問題はないと思うけど。
「しかし、なんで出回ってるポーションの量が一定量を超えないのかと思ったらこういう絡繰りだったのね」
ポーション一つ、いや三つ作るのに幾らB5ページ一枚程度の大きさとは言え血の魔法陣が必要、ってことはポーションを作り続けると貧血になるってことだし。
しかもプレシアは女の子だから、その分だけ男の聖属性持ちよりさらに貧血には気を使う必要がある。あまり無理をさせては命に関わるからね。
なにせ下級キュアポーション程度では造血まではできないみたいで、検証を繰り返した結果私のほうまで貧血気味になってきている。
私も私で二週間に一回ケイルに血を分けてるから、プレシアに輪をかけて貧血は危険だからね。
そんなこともあってポーション作成には一定の歯止めがかかってしまうわけだ。ま、そりゃそうだよね。無限に作れるならもっと市井に聖属性ポーションが出回るはずだし。
魔法陣一つに対して混合溶液の量を増やすのも試してみたけど、スタミナドリンク程度の効果しかない医薬部外品になってしまったので、やはり横着はできないようだ。悔しいね。
しかしあれだ、
「この魔法陣ってさ、基本的には混合溶液に聖属性を付与するために用いているわけでしょ? ということは他の属性でも同じ事はできてもおかしくないわよね」
「言われてみれば、確かに……」
己の血で描いた魔法陣を回路として、発動した魔術を触媒に宿らせた物が聖属性ポーションだ。
であれば他の属性でも多分同じ事は可能な筈。ただ、血を抜くために自傷を繰り返すことになるから、自分自身を【治癒】できる聖属性以外では研究が進んでいない。
繰り返しになるけど、注射器なんて物はこの世界に存在していないからね。これがあればもう少し研究も進むんだろうけど……
「そう考えると、自分の血じゃないと魔法陣を描いても発動しないっていうのはいいことかもしれませんね」
「メイの言うとおりだわ、ホントそれよ」
プレシアは自傷を強いられるから嫌がってる(まぁ当たり前だが)けど、これが他人の血でもよいとなったら当然、怒りのデスロードみたいに人間を血液袋にしかねないし。
前世で幾ら血が足りません、って献血スタッフが声を張り上げても決して血液の買い取りに逆行しなかったのは、それ相応の悪影響を社会にもたらすからだ。
人の肉体に値段を付ける社会はどう考えても真っ当じゃないからね。臓器売買然り、奴隷然りさ。
ま、買い手がいる限りこれらが無くなることはないんだろうけど。
さておき、
「他属性の付与か……興味はあるけど、禁忌の研究ねこれは。ちょっと手を出すのには勇気がいるわ」
まさか他の物質に魔術効果を一時的に付与できるのが聖属性だけ、ってことは無いだろう。
研究次第では他の属性だって付与できるには違いないが、
「何でやっちゃいけないんですか? 真っ当な研究だと思うんですけど」
プレシアが不思議そうに首を傾げるが、これはなー。産業革命とか、そういう世界が変わっていく推移を知識として知ってないと分かりにくいだろう。
プレシアの察しが悪いから分からないのではなく、前世知識からのシミュレーションができる私のほうがずるいだけで。
「まず私たちに身近な問題として、闇属性ポーションなんてモノができたらどうなると思う? お姉様の【疑心暗鬼】を落とし込んだポーションよ」
闇属性についてはプレシアにもちゃんと語っておいたので、
「あ……私にも完璧に理解できました。社会が崩壊しますね」
それがどれだけ危険かはプレシアもすぐに察したようだ。
「ええ、誰もが飲料水や酒にそれを混ぜ始めるわよ。そこから先の世には破滅しかないわ」
今は魔封環で魔術発動を封じています、という説得力があるからお姉様はまだ社交界に留まることを許されている。
だが道具への魔術の付与ができるようになってしまえばそうはいかない。有視界でなくては使えなかった魔術がいくらでも遠隔発動可能になるのだ。
そうなったら最後、闇属性は判明した瞬間に殺す、もしくは可能ならその存在を秘匿して一切表に出さないことがベストになる。
お姉様陣営に所属する私たちとしては、これは到底看過できない問題だね。だけどそれ以上にヤバイのが、
「そしてこれは遠い未来の問題だけど、貴族と庶民の立場が完全に入れ替わるわ」
「何でです?」
「魔術を道具に落とし込むということは、もうそれは庶民でも魔術を自由に発動できるということだもの」
魔術は戦場において強力な攻撃手段となる。だからこそ魔力の強い者が魔術を駆使して戦い国土を獲得し、それが王国貴族の礎となった。
単純な話、魔術を操れる貴族は偉いからではなく、貴重かつ強いから貴族なのだ。前世の歴史に存在した自称偉いだけの貴族とは違い、根拠のある成り立ちなのである。
「いい? 魔術を完全に道具で代替できるようになって、しかしそれを作れるのは魔術師だけ、魔術師の血が必要となったら当たり前のように魔術師たる現貴族はポーションを作るための血液袋にされるわよ。だって庶民の方が数が多いのだもの」
どこかで何らかの理由でポーションが大量に作られ、それが拡散されてしまったならば、それを手にした庶民と貴族の実力差は完全になくなる。
そうなったら数を恃みにした庶民がポーションばらまき戦術で貴族を打ち倒し、そうやって倒された貴族は新たなポーション作成のために飼い殺しにされる。
「歴史は書き換えられ、強い魔力を持つモノは魔獣に近しい賤しく危険な生物であり、それらは
「……そんな、まさか。とても信じられません」
プレシアが怖気と不快感もあらわにぶるりと己の両肩を抱いて震えるけど、
「それは貴方が善良だからよシア」
これだけはそうだと私は断言できる。私たちは常に最悪を前提として未来を予測しなくてはならない。
人の善性を前提とするのはただの自殺行為でしかないのだから。自分が武器を捨てたら相手は攻撃してこないなんてそんな馬鹿な。嬉々として殺しにくるだけさ。
誰だって反乱を起こされる側ってのは、現政権が倒れるだなんて想像すらしていないまま気付けば打ち倒されてるんだ。革命ってのはそんなもんだよ。
「人の、いえ生命の本質は捕食と増殖よ。自分の命を残すために他者を食い物にするのはあらゆる生命の
人は歴史を恣意的に書き換え自分の正義を主張する戦略を一貫して取ってきているからね。臭い物には蓋をするのが人の歴史だ。
前世で私、近々に強烈な形でそれを目にしちゃったし。いやこの目でっつっても海外の話だし、カメラとレンズを介したニュース越しではあったけどさ。
「人間は獣とは違う、なんてのはただの思い上がり。人間なんて所詮言語と道具を操れる獣に過ぎないわ。腕力の代わりに知力を付けただけのね」
ポーションというのは魔術のストックだ。だからこれから先に魔族と戦争になるとして、他属性のポーションがあれば戦況をかなり優位に進めることもできるかもしれない。
だけどもしそれをやってしまったら、というこの先の未来を私は考えずにはいられない。この世界が、魔王を倒したらタイマーストップして終わりなら話は別だけどさ。
「シア、貴方が思っている以上に人は他人を屈服させることが大好きなのよ。庶民は貴族に雑に扱われているから尚更ね」
もし私が庶民の生まれだったら、他属性ポーションの発明は革命譚として美談にもなったかもしれないけど。
いわゆる傲慢チキお貴族様ザマァみたいな、今まで威張り散らしていた奴らが血液袋になってみんなが溜飲を下げる、なーんて愉快痛快逆転劇にね。
だけどその先に待っているのは全く教育を受けていない庶民たちによる、非理論的でその場凌ぎすらできない政治と汚職と誅殺のオンパレードだ。フランス革命の悪いとこ取りだ。
もし私がなんとしても世界を変えなきゃいけない、って状況になったら、先ずは庶民が知識と道徳の教育を受けられるようにするところから始めたいよ。
力と権利だけ与えられた人は絶対に汚職がはびこる社会を作るからね。武力には必ず同等程度の道徳を付随させないと、絶対に地獄のような社会にしかならないだろう。
インターネットでは道徳=笑いものの対象だったけど、それができるのは「気軽に人を殺しちゃいけない」っていう道徳が大前提として語るまでもない程にまで浸透していたからだ。
道徳のない社会ってのは当たり前のように人が汚物として消毒される社会だからね。それでも道徳を笑える人は是非がんばって世紀末覇者を目指してくれ。私は絶対に御免だよ。
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