■ 102 ■ ポーションを作ろう Ⅲ







「検証、ですか?」

「そりゃそうよ、検証しなきゃ危なっかしくて現場では使えないでしょ?」


 そんなわけで用意したナイフを手に取って、左腕を袖まくりして……ええい、ままよ!

 思いっきりギリッと歯を食いしばり、


「アーチェ様!」

「お嬢様!」


 左腕にナイフを突き立て、縦にザクリと筋繊維を断裂する。

 くっそー苦痛で涙が出ちゃう、女の子だもん。


「がぁあぁッ痛ってェエッ……!」

「ア、アーチェ様今癒しますから!」

「阿呆! 魔術で治してどうするのよ! ポーション!」

「た、只今!」


 メイが封を開けて手渡してくれた、少しとろみのあるポーションを左腕に垂らしていく。

 と、銀色に輝く煙を上げながら傷がみるみるうちに塞がっていく。おお、凄いわ。


「ちゃんと上手くできているじゃない。よくやったわシア、貴方が努力した成果よ!」

「あ、ありがとうございますアーチェ様……ってか検証ってそういうことなんですね」


 完全にプレシアの顔が引きつってしまっているが、致し方あるまいよ。身近に手頃な怪我人なんていないんだもん。

 私が犠牲を出す場合には最初に私が先頭に立つ、と決めているのだから自分の手で確認するにはこれしかない。


「もうこれ以上はお止め下さいお嬢様、傷が残ってしまっております」

「え? あ、まぁ下級キュアポーションだもんね」


 成程メイの言うとおり、私の腕には生傷は無いもののざっくりと縦に一筋の傷痕が刻まれていて、まだジンジンと脈打つような疼痛とうつうが残ってる。

 こりゃー血も止まって表面的には癒着してるように見えるけど、完治には至らなかったかぁ。


 うーん。バナールと結婚する前に傷は確かに宜しくないわね。


「シア、悪いけど残り【治癒】で治してもらえる?」

「勿論です!」


 そのままプレシアに癒やしてもらえば、これで綺麗さっぱりすべすべ卵肌のアーチェちゃん復活である。何も問題はないね。


「メイ、持ち込んだ中に色絵具があるでしょ? それでこのポーションの色再現して頂戴」

「……まだ検証を続ける御積もりですか」


 メイが非難するような視線で私を咎めるけど、当たり前である。


「必要なことならばやるだけよ。正しい情報には万鈞の重みがあるもの。作り出した物がどんな性能か、それも分からないまま売りつけるような外道にはなりたくないしね」

「であればお嬢様、私が」「わ、私がやります!」


 と、プレシアが机に置いておいたナイフを引っつかんで……おい危ないから順手で掴んで切っ先をこっちに向けるなや。それは他人を刺すための握り方だぞ。


「シア、危ないからナイフを机に戻しなさい。貴方が痛みを背負う必要はないわ」

「で、でも! ポーションを商品にするのはフェリトリー家の都合じゃないですか! アーチェ様が怪我する必要はないはずです!」


 それは道理が合わぬ、とプレシアが悲しそうに顔を歪めるが、そうじゃない。それは違うのよプレシア。


「違うわ。いえ、確かに貴方の家の収入だけど、できればそこからミスティ陣営の運営費も捻出したいと私は思ってるの。要するに私はポーション作成における一部利益を回して貰うために、貴方に恩を売らないといけないのよね。これはその一環と思えばいいわ」


 まぁあれだよ。私の仕事が何かないと、ポーションの売り上げは全部プレシアのものにしなきゃいけないからね。

 材料を集めたり、道具を揃えたり。あとはこうやって完成品の検証をしたりしてポーション制作に食い込んで一枚噛もうっていう考えよ。


「実際のところ、こんな事はやる必要なんてないのよ。世の中の聖属性医師とかは手順通りに作ったポーションをただ『ポーションです』って卸していて品質の情報とか付随してないし。なら貴方が同じようにやっても誰も文句は言わないし。要するに私は蛇足なことして貴方からおこぼれをかすめようとしてるケチなハイエナってわけ」


 その気になれば私なんぞ放逐してあとはプレシアが利益を独占することだって余裕でできるのだ。


 下級とはいえこれでプレシアはポーションを作れるようになった。ならばあとは作って売ってを繰り返してお金を貯めて、新しいポーションの製法を買ってまた作って売って。

 それを繰り返せばプレシアは金を稼ぎつつ自立した生活が送れるようになる。


「まあ、だからもし貴方が少しでも私たちに利益を還元してくれる気があるなら、私の仕事を残しておいてくれると嬉しいって。これはそういう話ね」

「……狡いですアーチェ様。そんなふうに言われたら止められないじゃないですか」


 泣きそうな顔のプレシアからそっとナイフを取り返して、


「狡くて当然、貴族様ってのはそういうものだからね。じゃあ気を取り直して第二弾……オラァ!!」


 ザクッと腕にナイフを突き刺して先ほどと同じ大きさの傷を作り、


「あぁあ見ているだけでいたいいたいぃ!!」

「うぐぐっ……メイ、二回目の方!」

「こちらに!」


 既に蓋が取られたそれをやはり腕に振りかけて、傷の治りを確かめる。ふむ。


「最初のより少し傷が小さくなってない?」

「そうですね。こちらの方が薄い仕上がりでしたが、治癒効果は上ということでしょうか?」

「何にせよもう【治癒】かけていいですか!? 見ている方が痛々しいです!」

「なによシア、フェリトリー領で貴方さんざん内臓やら千切れかけた手足やら見てきたでしょうに」

「アーチェ様が傷ついているんですよ!? それとこれとは話が別です!」


 分からん。私には同じとしか思えないのだけど……まぁいいや。

 傷の痛みも、私が慣れたんじゃなければ最初より小さいし、後発のほうが少しだけ品質が上と考えるべきだろう。


「何にせよ私の苦痛を無駄にしないためにもメイ、記録お願いね」

「畏まりました。ですが」

「駄目」

「……まだ何も言っておりませんが」

「私の代わりにメイが怪我するってんでしょ。駄目に決まってるじゃない」


 こいつは私の役目だ。私が計画した私の目論見だ。


「自分で立案しておきながら痛みだけ立場が下の相手に押しつけて自分はのうのうとそれを見ているなんて、そういう屑には私はなりたくないの」

「ですが、お嬢様に万が一のことがあっては……」

「メイに万が一がある方が私にとっては致命的だわ。絶対に駄目」


 第一、メイに何かあったら私はお先真っ暗になってしまう。比喩的な話ではなく現実的な話だ。

 仮にメイが倒れたら、どうせお父様の監視役が私の侍従としてつけられるに違いないのだ。その時点で私は自由な身動きが取れなくなって詰む。

 そのことをメイもよく分かっているのだろう。だから苦虫を噛み潰したような顔で絵具を手に取った。そうそう、それでいいのよ。


「じゃあちょっと私外に出て休憩してくるから、シアも少し休みなさい。四半刻しても戻らなかったら迎えに来て。家の庭にいるから」

「分かりました」

「ではそれまでに色の記録を済ませておきます」




 そんなわけで四半刻が経過後、


「シ、シア……ごめ、ポーション貸し、いえ、手が、かじかんんでふるえてだっだめだわ、飲ませてくれない?」

「アーチェ様なにやってんですヒャァッ! メイさんポーション! アーチェ様が冷え切ってます!」

「外に出てくるってその為ですかお嬢様! 凍死したらどうするおつもりだったんですか!」


 いや、事前に説明したら止められると思ったからね。

 とりあえずドレスを脱いで肌着になって雪の中に倒れ伏すこと三十分。鏡見たら唇は紫になってるし顔は土気色で意識は朦朧とするし、うん、これは完全な低体温症ね。


 そのままメイにポーションを飲ませて貰うと、いやぁ、凄いわね。

 甘露もかくやといわんばかりに身体がカッと熱を持って、あぁー生き返るぅ。みるみるうちに身体が楽になってくのちょっと癖になりそうねこれ。


「健康な身体って凄いのね。こんなに軽快に動けるんだもの」


 すっかり調子を取り戻してぐるぐると肩を回していたら、


「もういい加減にして下さいアーチェ様! ご自分の命を何だと思ってるんですか!」

「プレシア様の仰るとおりです。次にこんなことしたら地獄の果てまでお供しますからね」


 やべぇ、プレシアもメイもこれガチで怒ってるわ。

 特にメイよ。声がまるで無人の大伽藍中で発されたかのような重みと響きがあって、荒げるより余程怖い。巨山の如き憤怒を感じるわ。


「いや、でもほら、怪我以外にもちゃんと効果があるのを確かめるにはこれが一番手っ取り早……ぶえっくしょい!」

「とりあえずお着替えしましょう。私の安っぽい服しかないですけど構いませんね」

「すみませんプレシア様。下着一式お借りします」


 濡れてる、というか半分凍ってる肌着を脱がされプレシアの下着の上にふたたび脱いでいたドレスを羽織ると、やれやれ。二人とも説教する気満々だねこりゃ。

 その後はごりっごりにタンデムお叱りを食らって、以後ポーションの検証は試験計画を事前に提出してから実行するようにと約束させられてしまった。


「アーチェ様、聞いてますか!」

「ハイハイ聞いてる聞いてるってば」

「お嬢様」

「だーから聞いてますぅー! 分かってますぅ!」


 けどあれだ、試験計画を作って出せなんてところに気が向く辺り、メイやプレシアも随分と成長しているわね。結構なことだわ。






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