■ 102 ■ ポーションを作ろう Ⅱ
「これら器材の洗浄も貴方たちの仕事の一つよ。破損即クビになんてするつもりはないけど、給料はその分安くなると思いなさい」
「で、でもガラスなんて扱い間違ったらすぐ割れちゃうもんじゃないですか!」
「だったら割れるリスクが最も少ない洗浄の手順を考える事ね。頭を使うことまで含めて貴方たちの仕事よフリーダ。それとも来年はジーンと交換してフェリトリー
王都で勤務したい、というのが志望動機だったフリーダにそう問いかけると、
「くうっ……やはりベティーズ様よりアーチェ様の方が厳しいわ……」
フリーダが歯痛で悩むうぐいすのような顔で呻くが、当たり前だ。
こういうのは同性の方が厳しくなるもんだしね。異性だとどこまで責めていいか、いまいち距離感掴めないし。
「使い終えた器材は煮沸消毒の上で、乾いた綺麗な布で拭いて逆さに戻す。これらは使用人の仕事よ。先ずはルナさんを手本にやり方を学びなさい」
「その……アーチェ様、そろそろ増員とかは叶いませんか?」
おずおずとニックが挙手と共に手が足りない、と訴えてくる。
何でもたった四人で館を回しているだけあって、洗濯すら男物女物関係なく一人でやることになり、男一人のニックとしてはどうにも気まずいらしい。
四人いりゃ館一つくらい余裕で回せない? と思うのは残念ながら前世の思考だ。
掃除機はない、洗濯乾燥機はない、電気アイロンもない、ガスコンロ及び給湯器はないという環境ではありとあらゆる家事に時間がかかるのだよ。
もっとも貴族街は上水道が完備されている(蛇口はガスの元栓みたいな簡単なものだけど)から、水汲みがないだけまだ楽だけどね。
ただこの水道も水圧弱いから、これも家事に時間がかかる一因の一つであるよ。それでも汲み上げが不要というだけでかなり使用人たちの負担は減るんだけどね。
さておき、ニックに洗濯を回さないようにするか? といっても洗濯というのは掃除洗濯炊事の中でもっとも力がいる仕事である。
ついでに冬の洗濯は手が荒れる、ということもあって女性陣としてはなるべくニックに洗濯をして欲しいそうで、しかし下着まで含めてとなるとやはり気恥ずかしくもあるそうで。
私にも多少の恥じらいはあるから気持ちは分かるが――先立つモノがもうないのだよ。
「悪いけどフェリトリー家の人事に口を出す権利はもう私にはないからね。人手不足はベティーズ閣下に訴えて頂戴」
「さようでございますか……」
「まぁ、シアがポーションを安定して作れるようになれば少しは金銭的余裕も出てくるでしょうし、それまでの辛抱よ」
そう伝えると三人からの視線がプレシアに一極集中して、当のプレシアは「何でそんな余分なこと言うの!?」とでも言わんばかりの顔だ。
おめーはプレッシャーかけないとマトモに働かんだろうによ。
他人の目があると緊張する、というプレシアの言に従い、ひとまずアンナのみならずルナさんにも退室して貰い家事に当たってもらう。
「そんなわけでポーション作成、始めていくわよ。先ずは製法ね。要点だけをまとめたものが此方にあります」
調合しながら一々本を見てる余裕はないからね。私とメイで要点だけ書き出したものを、機材が並ぶ机の奥の壁にピンで留めていく。
「あくまでこれは概要よ。レシピの全体には今晩目を通しておくように。明日またくるからね」
「ふぁい」
魂の抜けかけたプレシアにレシピ本を手渡して、ハイ画面暗転して一晩経過――いや嘘、ゲームじゃないんだからちゃんと普通に一晩過ごしてるからね。
翌日の放課後、
「読んだわね?」
「ふぁい」
使用人たちには館の仕事を任せたまま、私、メイ、プレシアの三人だけで調合室に籠る。
「では作成に移ります。今日作る下級キュアポーションの材料がこちら」
机の上にトン、コン、ドンとメイが箱から取り出した材料を並べていく。
「じゅ、準備いいですね」
「そろそろ巻いていかないと貴方の成長が間に合わないからね」
「あまり聞きたくないけど聞きますが何に間に合わないんですか……?」
「色々よ、色々」
なおこれらの材料はダートに依頼して、南方フェリトリー領へ向かう難民たちに混ぜた採集班を組織運用して貰っている。
既に冬だけど、南部ならドカ雪は降らないからある程度は植物採集も可能なのだ。彼らには頑張って貰おうね。
「下級ポーションの材料は綺麗な水と酒、『サヨギ草』、『フィラの木の実』『トウジンの根』。ま、基本だけに入手難度低めでお手軽ね」
なおこれらの材料は生薬ではあるけど、それ単体を食して傷が癒えるとかそういう効果はほとんどない。
一言で言えば聖属性の力をため込んで保持、及び変換するのがこれら生薬の役目である。要するに触媒みたいなもんだよ。要となるのはあくまで術者自身の力だ。
「先ずは酒を蒸留して高濃度のアルコールを精製ね。ファイア」
ボッとバーナーに火を通し、蒸留装置を組み上げお酒から濃度の高いアルコールを精製、試験管に移して封。
「続いてサヨギ草の煮出しね。サヨギ草は生でも乾燥させても可、ただし乾燥させたものは若干性能が下がる、と」
「今のこれは、ギリギリ生ですかね」
「多分ね。じゃあハイこれを煮出して、煮汁がエメラルド色になったら冷まして布で漉して溶液A」
次に取り出すのはフィラの木の実で、
「えーとフィラの実は乳鉢で磨り潰すと粘りが出てくるから気合いで」
「気合いで」
プレシアにゴリゴリと気合いでフィラの実を磨り潰させると、
「アーチェ様、手がいたくなってきました」
「【治癒】で癒して続き」
「……わたしなんでポーション作るのに自分に【治癒】かけてるんだろう」
腕力が足らないからじゃない?
とにかくとろっとしたペーストが完成してこれが溶液Bだ。溶液と言うよりクリームだけど。
「次にトウジンの根は摺り下ろして先ほど作ったアルコールに浸すと色が変わるらしいわね」
桃色の細くて短いゴボウみたいな有毒植物っぽい見た目のそれを磨り潰して重さを量り、アルコールに投入すると、おお。
「本当に色が変わった……」
「えーと、薄桃色から空の薄雲ぐらいの白さになれば問題なし、か。これも漉して溶液Cね」
その次が、
「魔法陣の作成、素材は羊皮紙に術者の血を混ぜた水溶液で記載と」
「あぅう、やっぱり読み違いじゃなかった……」
一応昨晩のウチに読了していたっぽいプレシアの顔がさっと青ざめるが……何も問題あるまい。
出会った当初と違って今のプレシアは血色もよく健康そのものだからね。
「多少の出血ぐらい気にしなさんな。【治癒】で直せばいいでしょ」
「それはどうせお腹減るから食事は食べなくていいってぐらいの暴言ですよ!」
「ハイハイそれはいいから腕出しなさい。どうせ貴方自分では切れないでしょ」
「うぅ……浅くお願いしますね」
「はいはいブシュー」
「ギャー!」
というコントを挟みつつプレシアの手首を切って新鮮な血液ゲット。まだ注射器とかないからね。血を抜くにはこれっきゃないのだ。
即座に【治癒】で癒やせばリストカットの跡も無い美少女プレシアちゃんのままだしね。よかったね聖属性あって。いや聖属性持ちだからこんなことしてるんだけど。
「えーと、魔法陣を書くのは術者じゃなくてもいいのね。まあシアが描きなさい」
「前置きの意味がなーい!」
「当たり前でしょ、貴方が一人でも作れるようにならなきゃ意味がないもの」
「ううう、これじゃ聖属性じゃなくて呪いの儀式だよぅ……」
ブー垂れるプレシアを煽て宥め賺して、うーん、絵心ないわねこいつ。まぁ私もそんなにないから人のことは言えないけど。
「そうしたら魔法陣の上にビーカーを置いて、精製水4:溶液Aが3:溶液Bが1:溶液Cが2の割合で混ぜて血を一滴垂らし、羊皮紙に手を当てて【治癒】を発動」
ビーカーの目盛りを頼りに溶液を混ぜていって、先ほど魔法陣を書くのに使ったプレシアの血を少し掬ってビーカーに垂らし、よく撹拌して、
「はい【治癒】」
「はい【治癒】いきます」
ポッと銀色の光がプレシアの描いた血の魔法陣の上を伝って、
「ヒャァァーーッ! 家、家が燃えるぅー!」
「なんの火事と喧嘩は江戸の花、皐月の鯉の吹き流しってなぁ!」
魔法陣がボォッと銀色の火花を挙げて燃え上がり、調合室を仄かに照らして、
「……えーっと、あの、完成ですか?」
「手順としてはここで終わりね。えーと、性能の確認は……色の濃さで分かるのね。濃すぎても薄すぎても駄目。サンプルカラーは……色あせてて参考にならないわ」
この世界に錬金スキルみたいなのがあれば鍋一つでポーションが完成して、品質も『最高品質』とか分かるんだろうが、この世界の神様はそんなことは教えちゃくれん。聞く気もないがな。
できあがったポーションの出来は不明だし、手間も暇もかかる。やってることはほとんどただの薬湯作りみたいなもんとか、ハァー、もうちょっと楽したいわね。
何にせよどこか銀色めいた輝きを纏う薄緑の液体、下級キュアポーションを規格品のポーション瓶に移して、これで完成だ。
「今回の調合で一度に作れたのは三本か。ならもう一セット作った方が良さそうね」
「えーと、それって……魔法陣、燃え上がってなくなっちゃいましたけど……」
「当然新たに作り直すに決まってるでしょ」
「うぁーんまた自傷だヤダー!」
「喧しい! 心臓を捧げよ!」
「いやです!」
だよな。流石に私も心臓はいらんわい。
何にせよ渋るプレシアのケツを叩いて宥め賺し、もう一セットポーションを作成するも、
「最初のとちょっと色が違うわね。今回のほうが薄めだわ」
「何が原因なんでしょう?」
「分からないわ。材料は同じだけど、魔法陣の書き方や血の量、流した魔力量とか、あと抽出時の温度とかも関係あるかもしれないし。そこは今後の検証次第ね」
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