アーチェ・アンティマスクと主従の成長

 ■ 102 ■ ポーションを作ろう Ⅰ






 さて、そんなこんなで二回目、三回目の夜会もつつがなく終了することができた。

 あれ以降はオウラン陣営からの妨害もなくすんなりいったのは僥倖だったね。

 程々にカップルも成立したし、お姉様も三回目の夜会では仲介も大過なくこなし、自信を付けられたように見えるし。


 なおカップルの成立した数は三回目の夜会が一番多かったのはちょっと意外だったね。

 どうやらお姉様とルイセントのラブラブ馬鹿ップルぶりを目にした連中が「自分たちもああなりたい!」と奮戦した結果のようだ。


 夜会以外の場所でアレ目撃したら心の中に住まう忍者が刃を研ぎ始めるだろうけど、幸い夜会とは頑張ればお相手を作ることが出来る場所だ。

 その作用がよい方向に働いた、ということだろうね。参加者たちが「自分もイチャイチャしたい!」って自発的に燃え上がることほど効果的なものはないもんね。


 役目を終えたプロフィールシートをメイと共に整理して、これにて一件落着である。


「しかし、肝心のミスティ陣営には交際相手ができないのね」

「時の運や流れもございますからね」


 メイの言うとおりではあるのだけど……キールもレンも全く情けないのぅ。

 キールは前向きすぎて空回りを繰り返していたし、レンの方は兄貴からアリー狙いだって聞いてなければ本当にそうなの? って首を傾げそうなぐらい奥手だった。

 アリーってば全然気づいてないけど、これは決してアリーが鈍感なせいじゃない。だってアプローチらしい動きをレンの奴が全くしてないんだもん。月が綺麗ですねとかそういうレベルにすら達してないのよ。奥手にも程があるわ。


 兄貴は兄貴で、あれだ。やはり庶民の娘がいいのかねぇ? 夜会の警備として私やお姉様の安全を確かめることにばかり注力していて、騎士爵令嬢たちには食指を伸ばすそぶりも見せなかったし。

 いや、まあ彼らはまだ若い、二十歳にすらなってないんだからそう急ぐこともないんだけどね。


「下位貴族家ばかりとはいえ、情報はかなり集まったわね」

「やはり直接話をするのは効率が段違いですね」


 連れ合いを探す、という目的上、自分たちの家がどういうものかが必ず話題に上るわけで。

 無論何もかもを開けっぴろげに話すわけではないけれど、お酒も入ってるし、長所のアピールができないと相手の気も引けないしね。

 そんなわけで私の後に付いていたメイには都度会話の内容をメモに取って貰っていたので、今回夜会に参加した貴族家の三割ほどから生の情報を集められたことになる。

 いやー、これは美味しいよ。散々苦労しただけの甲斐もあったというものさ。




 後日、ビッグイベントも共にこなして結束が深まった、ということでようやく地図作成の場にフィリーの参席をシーラが許可したのだけど、


「是非ともご協力させて下さい!」


 何やら知識厨であるフィリーにはクリティカルヒットしたようで、シーラがドン引きする勢いでやる気を出してくれた。

 もっともシーラ曰く、フィリーは一度走り始めると死ぬまで真っ直ぐ進み続けた結果餓死するか崖から落ちて死ぬタイプだそうで、適切にブレーキかけなきゃいけないのが面倒なのだそうだ。

 ……要するにルジェとかと似たタイプってことね。うんまあ部下の手綱捌き頑張って。私としては応援する限りである。


 何せ私のほうも部下の面倒を見なきゃいけないのでね。

 というわけで、はい。


「……なんですか、この荷物の山は」

「ん? ポーション作成用に必要な器材一式、私からのプレゼントよ。もうそろそろ真面目にポーションの一つも作り初めてもいい頃だわ」


 フェリトリー家冬の館入口ホールにドンガンガガン、と積み重ねられた木箱の山にプレシアが目を白黒させる。


「ルナさん、アンナ、ニック、フリーダ。調合室を作るわよ。空き部屋にこれらを移動させて開封作業、いいわね」

『はい、アーチェ様』

「宜しい、耐熱ガラス器具は高価な器材よ、割れないように大事に扱うこと」


 というわけでそろそろ真面目に資金源を用意しないとこっちもウィンティに対抗できないのでね。

 一年生の授業ではまだ専門分野に分かれないから聖属性の扱いを学べているわけではないけど、そこは巻いていかないと。


 アンナとフリーダに空室の一つを掃除させながら唯一の男手であるニックに木箱を移動させ、リージェンス研で扱いに慣れているルナさんに開封した木箱からガラス器材をどんどん設置していって貰う。


「ア、アーチェ様、これ全部でお幾ら金貨なんです……」


 緩衝材であるおがくずの中から次々と現れ出でる器材の数々にプレシアの庶民センサーが反応したようで、


「しめて金貨五十二枚といったところかしら」

「は…………」


 プレシアが凍り付いてしまったけど、ここでケチっても意味が無いのでね。

 私がお見合いで稼いだ金貨をここにぶっ込んだ。あと、


「はいこれ。下級ポーションの製造法ね。これ一冊で金貨十八枚だから大事に読みなさい」

「こんなうすいほんいっさつで…………しーらさまのどれすよりたかーい」


 リタさんから買い上げた初級ポーションの作成指南書を手渡すと、震える手でプレシアがそれを――おい大事に扱えっつったろ。今にも落としそうなので私のほうでやっぱり預かっておく。

 いやはや、リタさんの好意で一割引にして貰ったけどなお高い出費だ。


 ゲーム知識によって素材は私の頭の中に入っているとはいえ、私が今いるここは現実だ。錬金スキルなんてもんが無いこの世では製薬というのは調剤作業である。

 材料だけ分かってるだけじゃ大量の試行錯誤が必要になるんだから、時間を金で買ったと思えばいい。これは必要な出費だ。


 机の上にルナさんが慣れた手つきでスタンド、試験管立てを並べ、そこに試験管、フラスコ、ビーカー、漏斗、ろ紙、薬包紙、天秤、分銅、オイルランプなどを次々設置していく。

 フリーダたちはそれを横目で見ながら物珍しそうに試験管などを手に取っていたけど、


「落として割らないようにね。耐熱ガラス器材一つに付き金貨一枚と思いなさい」

「ヒエッ!」


 私が注意を促すとズザァ、とフェリトリーから来た使用人三人が器材から手を離して後ずさったのが――おいプレシア、お前まで引いてんなや。






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