■ 101 ■ エミネンシア・ダンスパーティー 後編 Ⅲ
そうして、来賓が帰宅したエミネンシア家のダンスホールにて、
「いやー、やっと終わったわ」
「終わったわね……」
「長かったわ……」
私たちは侍従が用意してくれた椅子に崩れ落ちる。
いやはや、喋りっぱなしで喉がカラカラだし、飯もろくに食えてないから腹ペコだよ。
「メイー何か残ってる料理適当に持ってきてくれる?」
「スレイもお願い」
「カティ、よろしく」
三人して侍従に、そしてアフィリーシアは自分でめいめいに余った料理を取り分け始める。
いやホント、最初のプレシアの芋グラタンぐらいしかまともに食べてないからね。余力も使い果たしてもうヘロヘロだ。
なお令嬢たちの作った料理は食器の管理が面倒になるので全て持ち帰られている。
まぁ持ち帰るのが面倒なほど余ったものはエミネンシア家の食器を借りてそちらに移したけどね。
なおこれらは後でフィリーとプレシアが持ち帰って家の食事にするらしい。
プレシアの勿体ない根性はともかくそこまで貧してるのかいフィリーよ、大変だな。
「お姉様、食事は騎士爵相当ですからお姉様基準だと味気ないですよ。何ならシアのをどうぞ。これなら男爵家基準なんでお姉様でもそこそこいけます」
なおプレシアの芋グラタンもかなり余った方である。というのもプレシアは歓待側で自己アピールをする必要がないため、単純に食わせる相手がいなかったからだ。
決して不味いからではなく、この中ではむしろトップクラスに美味しい。
……まぁそのせいもあって私も他人に勧めなかったんだけどね。
歓待側が作った料理のほうが美味しいんじゃ騎士爵令嬢のアピールにならない、どころか逆に虐めだし。
「あら本当、プレシアは料理が得意なのね」
実際一口グラタンを口に運んだお姉様がちょっと感心したように目を瞬くと、プレシアが照れながらむふんと胸を張ってみせる。変なところで器用な奴だなこいつ。
「いやいや、お姉様が美味しく感じるのは空腹って調味料のせいだと思いますが……ありがとうございます! 何ならエミネンシア家の厨房で雇って下さい! 精一杯お姉様の為に働きます!」
「い、いや仮にも世襲貴族の一人娘は厨房では雇えないからね……?」
おいざけんな正規主人公。お前悪役令嬢の家で料理人やるとかなめてんじゃねぇぞ。
戦う前から負けてんじゃねぇ! あ、いや、お姉様とは戦わなくていいんだけどさ。
「馬鹿なこと言ってないで貴方は早く一人前の男爵令嬢になりなさいシア。それでお姉様、アミル騎士爵令嬢の処遇はどうなりました?」
なお、私たちの夜会に毒物を盛ろうとしたアミル騎士爵令嬢だけど、場所がエミネンシア家の中なのでこれに対処するのはお姉様ではなくエミネンシア家の当主たるバナールになる。
と言うわけでもう取り調べは終わっているはずだから聞いてみたら、やはりというか何というか。
「スレイ」
「はい、お嬢様」
スレイが滑り込ませた調書を片手で芋グラタンを頬張りながらお姉様、私、シーラで囲む。お行儀悪いけど一仕事終えた今ぐらいは構うまいよ。
ほーん、毒物は致死性ではなくお腹壊す程度のものね。まぁそりゃあそうだろう。
毒殺が目的とかではなく、あくまで管理の行き届いていない脆弱さ、陣営の弱さを笑う方向だったんだろうね。
んで、動機はあくまで「お姉様への嫌がらせ」の一点張りで、それ以外はゲロらずか。
「買収、されたと思う?」
「やー、されたと思いますよ。ここまで言い訳が稚拙ってことは察してくれってことでしょうし」
「ああ、だからこんな雑な動機の一点張りなのね」
オウランに命じられたとは立場上口が裂けても言えない。だけど本意ではなかったからどう見てもばれる嘘ッコの理由を掲げるってわけだ。
……無論、それにこちらが必ずしも配慮してやる理由はないけどね。
「処遇はエミネンシア家にお任せしますが、理由如何によらず情け不要の対処をお勧めします。以降同じ手管による妨害が幾度となく繰り返されても問題なく対処できるならば情けをかけるのもありですが」
「……そんな余裕はないわ。今回だってアーチェの注意がなければ防げたかどうか怪しいもの。お父様も流石に甘い処分では終わらせないでしょう」
うん。エミネンシア侯もお姉様と同じで情理が情に傾く人だけど、それ一辺倒だったら今まで侯爵の地位を守れてないからね。
ちゃんとアミル騎士爵家には厳しい処罰が与えられるだろう。
ま、アミル騎士爵令嬢についてはこれでいいや。あとはバナールにお任せだよ。
調書をスレイに返して、皆でいよいよのんびりと余り物の料理を囲んで緊張を解く。
「それにしてもアーチェはこれまで一人でこれをやっていたのね……とんでもない話だわ」
「いやいや普段は一日一組ぐらいですし。今回は圧縮したからこの騒ぎですけど、普段はここまでしんどくはないですよ」
「ってかあんたが先生たち相手でも平然と交渉できる理由がよく分かったわ。話術って大事なのね」
ああ、そういやシーラは基本デスクワーク主体で交渉ごとはフェリトリー領に送る医者の発掘が始めてだったっけ。
ちゃんと条件に見合った医者送ってくれたから問題ないと私としては思っていたけど、当人は不安だったのか。
「でも貴方も上手くやれてたじゃない」
「そりゃまあ、何度も想定問答を考えて来たからね」
シーラは自分の担当するペアの会話シミュレーションを事前にキッチリ終えて望んだ結果らしい。
それで対応しきれるのもまたちょっとおかしな才能よね。私の即興アドリブとはまた違った方向の。
「あんたみたいに即興でペア作るのはどう逆立ちしても私には無理よ」
「ですよねー、アーチェ様なんか凄かったですもんねー」
「岩場を魚が泳ぎ抜けるが如き滑らかさは見ていて不思議なほどでした」
「縦横無尽でしたしね。そのお袖もあってまるでホールを白鳥が舞い踊っているかのようでした」
アフィリーシアがそう誉め称えてくれるけど、あれだ。
まあ前世ではパリピではなかったけど、仮にも小中高大とスクールカーストの中を生き抜いてきたからねぇ。この程度は――あ。
……そっか、この世界の貴族令嬢たちにとって、知らない相手に話しかけて適当に会話する心理的障壁は私が思ってたよりずっと高いんだ。
そりゃあそうだよな。発言の一つ一つに責任を負わなきゃいけないのが貴族の社交界だ。一つの会話の重みが前世の学生と貴族令嬢じゃ大違いだ。
だから気軽に他人に話しかけられる私は、皆からすると驚くほどに気負うことなく流暢な会話をしているように見えるってわけか。びっくりだね。
「何ならお姉様も一つ縁結びやってみますか? 三日目なら子爵令嬢がいますからお姉様が紹介するのも多少は問題ないですし」
今日は騎士爵令嬢と騎士爵しかいなかったからね。
それなら
私より一つ上の家格のお姉様なら私の発言を撤回させられるから、伯爵令嬢たる私の紹介なら命令にはならないのだ。
侯爵令嬢のお姉様の発言を独力でなんとか退けるには、せめて世襲貴族ぐらいの力が必要になるからね。お姉様の出番があるなら三日目だ。
「私にやれるかしら?」
「普通は派閥の長はそういうの仕切ったりも仕事の内ですし、やれるか否かというよりやれた方がいいとは思います」
「……確かに。アーチェ、私にも役目を振って頂戴。ウィンティ様に負けていられないもの」
「了解です」
ま、それはおいおい考えるとしてだ。
「何にせよ今日の夜会は大成功でしたしね。今日のところは成功を噛み締めてゆっくりしましょうよ」
「それもそうね――シーラ、アーチェ、プレシア、アレジア、フィリー。皆よく頑張ってくれてありがとう。あと二回、私に力を貸して頂戴」
『お姉様の仰せのままに』
気を利かせてくれたメイたちが、もう温くなった
「皆の尽力に乾杯!」
『皆の尽力に乾杯!』
グラスをチンと合わせて、グッと中身を一息に。
うん、相当に疲弊もしたけど、何だかんだで悪くない夜だったよ。
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