■ 101 ■ エミネンシア・ダンスパーティー 後編 Ⅱ






「それでは、あとは若いお二人で……」


 そろそろ何人目になるか分からない紹介を終えて、その場を立ち去ると待ち構えていたかのように次の令嬢が待ち構えているの、ちょっとしたホラーみがあるわね。

 しかしあれだ、もう少しこう、なんというか、手心というか……いや、彼女たちからすれば決戦の金曜日だから仕方ないんだけどさ。


「メイ、何か飲み物を頂戴。喉がカラカラだわ」

「畏まりました、少々お待ち下さい」


 ただそろそろ休憩が欲しいなって、そんなことを考えていたところに、


「一曲お相手頂けますか」

「喜んで」


 これ幸いとばかりについ、と伸ばされた手を取ったら、


「あれ、ストラグル卿?」

「失礼、会話にお疲れのように見えたので――お邪魔でしたでしょうか」


 おぉう、マジかよ。流石は良心の塊みたいな男だな助かったわ。

 アルバート兄貴とペアを組んで、ステップを踏み出す。

 ただやはり兄貴はこのクッソ踊りにくい着物ドレスは初めてみたいで、


「と、出しゃばっておきながらの醜態、まことに申し訳ありません」

「足を踏まれたわけでもなし、謝罪は不要ですわ」


 ちょっとばかり拙いダンスになってしまうのは仕方ないね。


「すみません、休憩どころか余計に気を使わせてしまっているようです」


 兄貴が眉を曇らせるが、んなこたぁないさ。ダンスの事だけ考えてればいいのは十分休憩だよ。


「助けよう、と思ってもらえたことそれ自体が救いとなる者も多いのですよ。無論、世の中にはそう取れない方々も数多いらっしゃるでしょうが」


 上から傲慢にも施すな、憐れむなって怒る人も世の中にはそりゃあいるけど、幸運なことに私はまだそこまで捻くれちゃいない。

 歓待側には踊っている間ぐらいしか休む暇がないからね。兄貴の心遣いが身に沁みるようだよ。


「私は貴方の真心を嬉しく思います。ですが無理は禁物ですよ。卿は何もかも背負い込もうとするきらいがお有りのようですから」

「その言葉、そのままアンティマスク伯爵令嬢にお返し致します。貴方がここにいる皆の未来を背負う必要などないのですから」


 おうふ、オウム返しされちまったぜ。

 だけど私は兄貴と違って打算で動いてるからね。善意で動いてる兄貴ほど大変じゃないさ。


「貴方は立派な方ですね、ストラグル卿。願うならば、私は貴方のようになりたかった」


 フェリトリー領でも、そしてここでもアルバート兄貴は無茶ばかり押しつけている私をごく普通に慮ってくれている。伯爵令嬢の歓心を買うためではなく、ごく当たり前の人として、だ。そこが人に気を使っているように見える私と兄貴の産めようがない決定的な差分なのだ。


 結局、兄貴が私の推しなのは、それが私にとっての理想だからなんだよな。

 打算や見返りを求めてではなく、ただ単純に人を助けたいと思える心。私が決して持ち得ない心。

 要するに、美しいものに対する憧れだ。


「私などよりアンティマスク伯爵令嬢のほうがよほど立派な方であると思われますが」

「あら、女の子を餌に騎士を罠にかける令嬢が立派ですの?」


 最初に声かけを依頼したときの失言を論ってみせると、しまったと兄貴が言葉を探すように狼狽えてしまう。


「あ、あれはその……言葉のあやというか……」


 まあ、そう気まずそうな顔をせずとも宜しかろうよ。


「冗談ですわ。策士策に溺れたのが今の私です。ストラグル卿が気に病むことではございません。これは貴方がたが招いた事態ではなく私が招いた事態なのですから、ね」

「目下の我々にまでこうも慮って下さるアンティマスク伯爵令嬢はやはりご立派な方だと思いますが……」

「気を使えることと善良であることはまた別の話ですから。悪人とて知恵さえあればいくらでも他人に気を使えますし」


 ま、これも程度問題であるのだけどさ。

 行動する無能な味方ほど厄介なものはないとか言うように、考えなしの善良さ、天真爛漫さは確かに困ったちゃんではあるだろうし。

 やらない善よりやる偽善のほうが世の中の役には立つからね。


 そんなことを考えている間に、あっという間に私と推しとのダンスは終わってしまった。


 たった一曲の短いダンスではあったけど。


 上手く踊れたダンスではなかったけれど。


「楽しいダンスを、ありがとうございました」


 だけどアルバート兄貴と向かい合うことで、私は私が為すべきことを改めて心に刻み込むことができた。

 それを、再び思い出すことができた。自分の正しさを改めて認識することができた。


「僅かながらにでもアンティマスク伯爵令嬢の助けになれたのならば嬉しく思います」


 私はお父様やオウラン公みたいな連中ではなく、アルバートのような他人を思いやれる人たちが幸せになれる世界が欲しいんだ。


 その為に如何なる運命の悪戯かここに二度目の命を得て生まれ落ちたのだと、そう疑いもなく信じることができる。


 その為に今ここに生きて在るのだと、そう信じ切ることができる。


 たとえその結果として時報の枠が私に移り、プレシアや兄貴たちが進むその先を見ることができなくなっても。


「ストラグル卿にも共に未来を歩む伴侶が見つかりますように」


 故に私の恋にもなり得なかった恋はここでお仕舞いだ。

 私は善良な人が善良な伴侶と共に生きていける未来が見たいのであって、そこに納まりたいわけではないと、改めて確認できたから。


「それでは、また」


 アルバートの手を放し、私は私の道を行く。

 手の平と、そして回されていた腰に宿っていた僅かな熱を切り捨てるかのように、メイから手渡されたグラスをお行儀悪く一気飲み。

 そして人々の合間を縫って、私が歩むべき道へ。



 即ち、取り敢えずペアにはしたけどこの先どうして良いか分からなくて私を目で呼んでいるプレシアのもとへ。

 この私がこの身命を投じて鍛え上げねばならぬ、我が真の主のもとへ。


「あ、アーチェ様ぁ」


 ……まったく、いつになったら貴方は一人前の淑女になるのやらね。


「オレフル騎士爵。私どもの夜会は楽しんで頂けて?」

「これはアンティマスク伯爵令嬢、お招きありがとうございます」

「いえいえ、それよりこちらのハイモンド騎士爵令嬢は料理がご上手なのですよ。先ほど私も頂いたのですが、オレフル卿はもう召し上がりまして?」

「いえ、そうなのですね。これはご相伴に預かりたいものです」


 プレシアがえ? いつ食ったのみたいな顔をしてるけど馬鹿め、お前のケツを持つと言ったからにはそんくらい先にやっておるわい。


「シア、ご案内して差し上げて」

「わ、分かりました」


 やれやれ、こういうのはとにかく立て板に水しとけば何とかなるもんなのだが……プレシアにそれができるようになるにはもう少しかかるか、仕方ないね。


「アンティマスク伯爵令嬢、ご挨拶をさせて下さい」


 何にせよ次だ次。

 さあどんどん片付けていこうか。パーティーの時間は有限なのだからどんどん巻いていかないと。






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