■ 101 ■ エミネンシア・ダンスパーティー 後編 Ⅰ






 さあ、あちこちに話しかけて愛想を振りまいていくよー!

 接待のお仕事、というのは前世では基本的に嫌な仕事になるけど、この夜会の場合はこっちの方が身分が上だ。そこまで緊張する必要はない。


「レファル騎士爵令嬢はもうガリア騎士爵に手料理を振る舞いまして? せっかくお持ち込み頂いたのですから味わって頂かないと勿体ないですよ」

「ほう、レファル騎士爵令嬢は料理がお上手なのですね」

「上手、というほどではないのですが……その、召し上がって頂けますか?」

「勿論ですとも、これは楽しみだ」


 料理を持ち込んでも切り出せない引っ込み思案な令嬢の呼び水をしたり。


「そう言えばアドラス騎士爵は槍がお上手だとか。一年前の護衛任務では迫りくる卑劣な野盗を数多錆にしたと伺ってますが」

「まぁ、アドラス騎士爵はお強いのですね」

「いえ、あれは騎士団の仲間と協力してで……おふっ、はい、槍捌きと護衛任務で後れをとったことがないのがささやかな自慢であります」


 実力はあってもそれをアピールするのが下手な騎士爵に肘鉄かましてもっと主張しろよと促したり。


「お見事でしたわフラス騎士爵令嬢、ムール騎士爵。息のあったダンスに思わず見ほれてしまいました」

「いえ、これはムール騎士爵のリードが良かっただけで」

「とんでもない。フラス騎士爵令嬢の端々から私に合わせようという配慮が窺えて、とても楽しい時間を過ごせました――もう少し、それを引き延ばしても?」

「え、は、はい。こちらこそ、宜しくお願いします」


 ダンスの息があった二人を褒めてその仲を更に促したり。


 要するに私がしているのは祝福である。

 祝福こそが必要だってどっかのナルシソやどっかの金色シリコン生命体も言ってるしね。


 頑張ってペアを作れたなら私がそれを祝福してやろうじゃないか。お前たちが私に科したジンクスとやらで。

 だけどただ待っているだけの者などお呼びではないぞよ。


 私がナビリティ子爵令嬢の為にブロマイドを作成したのも、ゲインリー伯爵令息にお見合いの場を用意したのも、どちらも自分から私に接触してきたからだ。

 最低限パートナーが欲しいなら自ら手を伸ばすくらいはして欲しいものさ。と、


「アンティマスク伯爵令嬢、その、どなたかをご紹介頂くわけにはいかないでしょうか。その、あの、私、どなたにお声掛けしていいか分からなくて」


 私を呼び止めた一人の令嬢がそうドレスを握りしめて、掠れるような声を絞り出す。

 うーん、まあこの場合は最低限自分で動いたと見做して良いかな。脳裏から顔を参照して名前を引っ張り出す。


 この顔は、確かスキアス騎士爵令嬢だったね。学園に通えていない外様の貧乏騎士爵令嬢だったはずだ。

 いやー、やっぱ写真ってば便利だわ。すぐに顔と名前を一致させられるし。


「スキアス騎士爵令嬢、は料理の持ち込みは無しでしたね。ではご趣味とか?」

「趣味、趣味、何かあったかな……あ、えっと、農作業できます」


 思わず二度見しちゃたけどそっかー、スキアス騎士爵、娘に畑仕事やらせてたのね。ほぼほぼ庶民じゃん。

 えーと、プロフィールシートで適合しそうなの書いてた騎士爵誰かいたかな。

 流石に農作業が得意な嫁が欲しいって騎士爵はいなかったような。そりゃそうだよな。腐っても王国貴族だし。あ、と。ならば、


「先ず最初に釘を刺しますが、必ずしも相性が良いとは限りませんよ。それは留意しておいて下さいな」

「はい、もちろんです。紹介していただくだけでも助かります。最初の一声がかけられなくて……」


 あー、この令嬢めっちゃ社交能力低いのな。そりゃ学園にも通わず家で農作業なんかしてりゃあ当たり前だけど。

 それでも旦那様は欲しいのか、別に一人暮らしでも――って前世の常識で考えちゃいかんよね。


 高い道徳や教育が行き届いていないこの世界では、女の一人暮らしなんて拐って奪って殺して下さいって言ってるようなものだし。

 法治が完全に浸透していない世の中では暴力の傘が必要なのだ。女の子が安全に生きるには。


「エルバ騎士爵、私どもの夜会は楽しんで頂けてますか?」


 取り敢えず多少は掠ってそうで、かつまだ一人でいる騎士爵を狙ってお声掛けだ。


「これはアンティマスク伯爵令嬢、お声掛け頂きありがとうございます。ええ、もちろんですとも」

「それは何より。こちらご紹介させて下さいな。スキアス騎士爵令嬢ですわ」

「お、お初にお目にかかりますエルバ騎士爵。ナーダ・スキアス騎士爵が長女、ネーナ・スキアスです」

「これはこれは、偉大なる国王陛下より騎士爵の地位を賜りましたジン・エルバと申します。以後お見知りおきを」


 定形通りの挨拶を済ませ、合間に料理と、あと騎士爵には酒を挟みながら緊張を解いていく。


「確かエルバ騎士爵は所領をお持ちなのですよね」

「ええ、ひい爺さんが陛下から土地を賜りまして。それ以後は長男が国家騎士団入りすることで半ば世襲のように扱って頂けております」

「世襲だなんて……凄い! 名家でございますのね」


 スキアス騎士爵令嬢の裏表ない率直な感心は、エルバ騎士爵の自尊心を心地よく揺さぶったようだった。


「そんな立派なものではございませんよ、スキアス騎士爵令嬢。ただの田舎領地です。土地もそれほど広くはないため収穫量を増やすのに毎年苦労している位ですから」


 ほほう、では私も合いの手打つふりして情報収集といこうかね。


「エルバ騎士爵領ではどのような植物を栽培していらっしゃいますの?」

「周囲と大差ありませんね。小麦、ライ麦、てん菜。あとこれは採集に近いですが山あいの地形が多く、ああそうだ、栗は他領に出荷できる程度には」


 ほーん、山あいで農地が少なめか。棚田みたいなのアルヴィオス王国にはないみたいだもんな。まぁ稲作じゃないし。

 そして山では代々栗の植林をしてきたのか。いいよね栗。食べても美味しいし、木材としても優秀だし。


「国家騎士団として働きつつ、領地の安全も守る。それを四代も続けてこれているのですからエルバ家の皆様は皆聡明かつ勇猛でいらっしゃるのですね」


 私がそう絶賛すると、エルバ騎士爵が恥ずかしい、と言うより恐れ多そうに頭をかく。


「お恥ずかしながら、あまり土地に魔獣がいないので何とかなっている次第です。父など私が国家騎士団に入団するまでは地元など母に丸投げでしたよ」


 エルバ騎士爵曰く、王家の土地をちょっと削って与えられた領地だそうで、王都直轄地と地続きだから治安はいいものの地形的に平地が少なくてまさに僻地なのだそうだ。

 王家としても別にいらねーからちょっと手柄立てた騎士に貸してやった感じか。まぁそんなもんだよな。


「と、すみません。令嬢にお話できるような話題に疎く」

「とんでもない。とても興味深いお話ですわ」


 こっちこそいかんいかん。つい情報収集始めると令嬢を放置してしまう。

 エルバ騎士爵に断わってスキアス騎士爵令嬢と共に飲み物を取りに行くと見せかけ、


(領地丸投げだそうよ。やれそう?)

(ま、魔獣がそうそう出ないのであれば何とか! 領地はないですけどウチの母さんもそうでしたし)


 オッケー、じゃあこのまま進めるってことで飲み物を手にエルバ騎士爵の元へと戻る。じゃあこっからは二人の時間だね。

 チラッとお姉様の方に視線を向けると、お、フィリーが気づいてくれたみたいだ。そのままお姉様に耳打ちし、


「アーチェ、少し宜しいかしら」

「はいお姉様。すみません、私はここで。エルバ騎士爵もスキアス騎士爵令嬢も引き続き夜会を楽しんでいって下さいな。お二人のダンスを拝見できれば幸いですわ」


 あとは若い二人を残して離脱。お姉様の元へと帰還する。


「助かったわフィリー、ナイス判断」

「いえ、お力になれたのであれば良かったです」


 ペアが組めたらあとはそこからいかに失礼なく私が退くかって話になるけど、一番楽なのは外から呼んでもらうことだからね。

 特に私の場合は情報収集にかまけて令嬢を放置しがちだし、後ろ髪を引かれないためにも外部干渉による離脱がもっとも無難な選択だ。

 ま、何度も使える手じゃないけれど。


「よくもまぁアーチェは即興でお相手を紹介できるわね」


 お姉様が感心とも呆れとも取れる吐息を零すけど、それはそれってね。


「一番重要なのは駄目でも私の知ったことか、って抱え込まない心がけですよ。それがあれば紹介ぐらいはなんてことないです」

「それにしたって双方が納得しなきゃ会話も続かないでしょう?」


 談笑を続けているエルバ騎士爵とスキアス騎士爵令嬢をチラ見しながらお姉様がなおも言い募るけど、そこはまぁ、あれだ。


「家名が分かればある程度はなんとかなるもんですよ。残りは運です」


 家名がわかれば領地がわかる。領地が分かれば地図は既に作成済みなのだから領地の広さと経緯と位置、地形を知ってればある程度収入を予測できる。

 さらに本日の服装から、その予想される収入に補正をかける。


 領地が一般的なのに服の見栄えが一歩抜きん出ている場合は特殊な財源があるし、逆に服の質が悪い場合は領地は何らかの問題を抱えている。

 そういう判断を瞬時に行なえるよう、視覚からパッと処理できるよう、私は地図の作成を進めているわけだ。

 と、いう事実はまだシーラがフィリーを地図作成の場に呼んでないからここでは言えないけどね。


 なんてことを考えていると、いかんね。なんにせよ一人は紹介してしまったということもあって、私に突撃してこようとしている令嬢が幾人か窺える。

 お姉様の周囲で人だかりができるのは、万が一の刺客が混じってると拙いからここは早々に離れた方がいいだろう。


 とまあ、お姉様の側を離れるとやはりというかなんというか、一生分の覚悟完了みたいな顔した令嬢が互いに牽制しながら自分の走り寄る機会を探っている。

 うん、分かるわ。私も前世では人付き合い広い方じゃなかったらかちょっとだけ、その、コミュ障が覚悟決めた時の動きが不審になっちゃうのよく分かるぞぅ。


 でもにじり寄られる側としては謎の圧を感じるのは、成程。

 パンピーからすると前世の私らはこんなふうに見えてたのね。なんか謎のダメージ受けちゃったわ。






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