■ 100 ■ エミネンシア・ダンスパーティー 前編 Ⅲ






 さて、シーラに動いて貰う替わりとしてお姉様のお側が必要だね。


「フィリー」

「はい、アーチェ様」


 騎士爵令嬢と歓談していたフィリーを呼び戻して、フィリーにはお姉様の安全確保に携わって貰う。


「シーラにも動き始めて貰うからお姉様をお願い。空気に酔った殿方や無礼で不貞な輩からお姉様をお守りするように」

「わ、分かりました」


 僅かにフィリーが身を強ばらせるが、なに。そう心配することはないよ。


「いい? 周りには淑女にいいとこ見せたい殿方ばかりなんだからね。ちょっと虐められてるふうを装えば颯爽と誰かが割り込んできてくれる筈よ。周囲の騎士たちを盾として利用するの。ただそうやってお姉様に付け込もうとする奴もいるだろうからそこは気をつけてね」

「上手くできるかわかりませんが、やってみます」

「うん、宜しくね」


 さて、フィリーにお姉様を任せて料理の並ぶ壁際に向かうと、うん。

 やはり私は御利益担当と目されているらしく、皆が一斉に私に注目する。


「あ、アーチェ様。私も料理持ち込んだんです! 召し上がりませんか!」


 が、ここで全く空気を読まないプレシアのおかげで少し助かったわね。

 プレシアの側に移動すると、私は動かないのか、と幾人かが落胆したように私から視線を外してくれた。結構結構。その調子で自助努力を頑張りたまえ。


「大声を出さない。男爵令嬢らしく振る舞いなさいと言ったでしょうに……まあいいわ。少し取り分けてくれる?」

「はい、勿論です!」


 いや、取り分けては私メイに言ったんだけど……まあプレシアが楽しそうだからいいか。

 男爵令嬢なら普通は専属の侍従はいないから自分で取り分けるまでは許容範囲だし。


「どうぞ、自信作です!」

「えーと、芋のグラタンね……」


 相変わらず芋から離れられない女だなお前はよぉ、と半ば感心しながらお皿を手に取ってカトラリーを動かし、チーズとホワイトソースたっぷりのそれを口に運ぶと、


――ううむ、本当に料理上手いなこいつ。


 確かに少し冷めてはいるものの、いや、冷めることを前提にして少し濃い味にしてあるのか。

 ホクホクした芋の食感に加えホワイトソースとチーズの旨みに、僅かに胡椒のアクセントが効いていて普通に美味しい。金銭的都合で味付けは男爵家相当だけど、男爵家レベルでは上の上だ。


 そしてプレシアが撫でて欲しそうな犬っぽい挙動に対し、遠くからキールの奴がなんか羨ましそうな……ってお前プレシアのファーストダンスくれてやったのにまた失敗したんかい。


「クランツ卿には振る舞わなかったの?」

「え? はい、先ずはアーチェ様に食べて欲しかったので」


 ……ああ、うん、そういうこと。なんかすまんなキール。いやよく考えたらあいつのせいで話が大事になったんだ。今はキールは置いておこう。あいつのことは後回しでいい。


「どうでしょう、アーチェ様」

「美味しいわ、すごいじゃないのシア。これだけできるならもう料理の腕を磨く時間は今後一切不要ね」

「うぐぐ、褒め言葉ですら私を追い詰められるアーチェ様の発想が憎い……」

「そう腐らないの。美味しいのは事実なんだし」


 礼儀として、そしてまた単純な食欲に従って取り分けられたグラタンを綺麗に平らげると、さて。

 言葉以外にも何らかの褒美が欲しそうなプレシアを誤魔化す為に、そっと唇を拭ってプレシアの頬にキスをする。


「ごちそうさま。さあシア、私が指示した組み合わせ。顔も名前も特徴も覚えてるわね」

「何とか、多分、恐らくは」


 そっと小声で確認を取ると、まぁプレシアに指示したのはたった一組の男女だから何とか覚えていられたようだった。


「宜しい、手はず通りどちらも一人でいる時を見計らって上手く二人にペアを組ませなさい。あとは私がフォローするから」

「わ、分かりました。やってみます」


 このポンコツ聖女にそういった社交ができるのかはいまいち怪しいが、こいつも一応ミスティ陣営だ。贔屓して遊ばせておくわけにはいかぬ。

 それにプレシアの担当女子には料理自慢を選んでおいたから、そこからとっかかりを掴めば上手く会話を弾ませられるはずだ。


 そもそもが私の説教から逃げたいというそれだけの理由で、避雷針を十人も独力で用意できたプレシアである。

 追い詰めなきゃやらないだけで基本的な能力は何もかも高スペック、何をやらせても伸びるんだ。主人公の肩書きは伊達じゃないんだよ。追い詰めなきゃ何もやらないだけで。


 そんなこんなで私とプレシアが話しているウチにシーラとアリーが動いていくれていたようだ。

 シーラと二人で導出した好相性のペアが二つ、会場内にキチンとできていて一つは歓談中、もう一つはダンスを踊っている。流石はシーラにアリー。上出来だわ。


 歓談しているペアの一つに近づくと、二人は私の存在に気がついたようだ。

 小さくカーテシーと会釈を向けてくるので此方も着物式カーテシーを。


「ラクス騎士爵令嬢、それにガープス騎士爵。私どもの夜会は楽しんで頂けて?」

「は、はい。アンティマスク伯爵令嬢」

「此度はお招き頂きありがとうございます。はい、楽しい一時を過ごしております」

「それは何よりですわ。お二人の柔らかな雰囲気にあやかりたく、つい声をかけてしまいましたの。お二方のダンスを楽しみにしておりますわ」


 するりと声かけだけしてさっくりとその場を離れる。私のやることはそれだけでいい。

 私がジンクス扱いだというならば、既にペアになっている連中に話しかけるだけでいい。それ以上のことはやらないし、する必要もないだろう。


 次なるペアを探して、ふむ。最高相性じゃないけど準好相性のペアがあるね。

 そっちに移動して声をかけ、そしてやはりそれ以上はせずに二人の下を去る。


 この時点で私はカップルを祝福しても、私自身が自発的にペアを作る気は無い、ということにそろそろ周囲も気がついてきたろう。

 そーだぞ、自分たちで頑張れよぉ。ジンクスとして、ペアを作れたなら応援してやるからさ。


 だけどペアを作って貰うのを待ってる奴になんぞ私は何もしてやらぬぞよ。精々自力で頑張るといい。

 なーんて言ってもシーラとアリー、プレシアが一応はペアを作るべく動いているのでね。最低限の恩を売ることはミスティ陣営としてやるっちゃやるけどね。ほら、ゲストが満足して帰れないならその夜会は完全に失敗になっちゃうからね。






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