■ 100 ■ エミネンシア・ダンスパーティー 前編 Ⅱ
来賓たちの目に炎が灯る。獲物を狙う鷹の目、獅子の爪牙に成り変わる。
覚醒せよ諸君! 今これからこの場は死して屍拾う者なし天下分け目の関ヶ原ぞ!
と、
「一曲お相手頂けますか」
「喜んで」
まあ中にはそれに辟易している奴もいるものでね。私が雇用したケイルって男爵令息なんだけど。
というわけで三曲目のお相手はケイルである。おぅい私歓待側なのに踊ってばっかりだな。
「どいつもこいつもすげぇ気迫だな、長旅から帰ったキャラバンの男たちでもここまでじゃないぜ」
どうやら私がバナールと踊っていた間に四方八方からケイルは会話に誘われたようで、私の手を取ったのはどうやらそれから逃げるためらしい。
「みんな背水の陣だからね。それに貴方はエルフの血を引くだけあって端正な顔立ちだし、ブリガンド男爵令息だしね。射程範囲内では最上位の獲物よ、そりゃあ周囲も黙ってないわ」
「うへぇ俺ちゃん狩られる側かよ。おっかないねぇ」
軽口を叩きながらもステップには気を使ってくれているようで、既にケイルはエミネンシア侯に並ぶほどの身長ながら、踊りにくさは全く感じない。
「シーラのお相手がいなかったから頼っちゃって悪かったわね。二日目からは別の人に頼みましょうか?」
「君の頼みとあらばたとえ火の中水の中、だ。置いていくなんて酷いことを言わないでくれアーチェ。もっと俺を頼りにしてくれていいんだぜ。アイズ様よりも、フレイン様よりも」
うん、頼りになるのは知ってるけどね。
それに甘えてケイルに苦労を押し付けるのは全く別の話だ。
「それにお嬢の敵が紛れ込んでる可能性もあるんだろ? 締め出されたら対処ができねぇ。俺ちゃんそっちの方が気が気じゃないぜ」
「アミル騎士爵令嬢は?」
「今はアルバートの旦那が見張って――お、旦那が声掛けたぞ、令嬢さん震えてるぜ」
「え、ケイルちょっと私も見たいわ」
「ほいほい」
ケイルに足踏み調整して貰ってアルバート兄貴を探すと、なるほど。アミル騎士爵令嬢を伴ってアルバート兄貴が退室する様子が見えた。
「一先ずはこれで大丈夫かな」
「あれは目を引くための囮でそっちに注意がいっている隙に、って可能性もあるぜ」
「おお、隙を生じぬ二段構えね。でもエミネンシア家の使用人たちも上位貴族家のお付きよ、そこらへんのテクニックには精通しているだろうし、多分問題はないでしょ」
「だといいがね。身の危険を感じたら俺の側に来いよお嬢、俺の風は氷壁や土壁と違って全方向からお嬢を守れるからな」
「あー、私よりお姉様を守ってくれると嬉しいわ」
結局三曲目を終えるまでにアミル騎士爵令嬢は会場から連れ出されていて、夜会は何事もなく続いていく。
やれやれ、大事になる前に始末できて良かったわ。ま、まだ油断は禁物だけどね。
「お相手ありがとうケイル。楽しいダンスだったわ。その調子でお相手見つけるのも頑張ってね」
「……ちょっと俺ちゃんここでそういうお相手を見つける自信がないわ」
少しげんなりしているケイルの手を離しお姉様の側へと移動すると、目立たないように再入室してきたアルバート兄貴もまた私たちの側へと寄ってくる。
「アンティマスク伯爵令嬢の指示通り警戒を強化していたアミル騎士爵令嬢ですが、料理に何かを混入させようとしていた為拘束しました。今はエミネンシア家の領属騎士に身柄を預けております」
その報告にお姉様とシーラが軽く顔を強張らせるが、
「お姉様、笑顔を。ホストがそのような顔をしていてはゲストが不安になりますわ。そも、この場に集った者たちは誰も賊がいたことすら知らないのですし、何より賊は既に排除されたのですから恐れることはありません」
そう指摘するとお姉様も拙いと気が付いたのだろう。すぐに意識を切り替えて笑顔へと戻る。
うんうん、お姉様も成長してるね。ひたすら笑顔をと言い続けた甲斐があったと言うものだよ。
「ストラグル卿の迅速な対応に感謝を」
「恐れ多きお言葉にございます、アンティマスク伯爵令嬢。それと遅くなってしまいましたが……御三方ともとても美しゅうございます。三人お揃いですと殊更に」
「ふふっ。ありがとう、ストラグル卿。卿も騎士爵の装いが板に付いていましてよ。とても雄々しいですわ」
「畏れ多きお言葉にございます。なにぶん佩刀できないもので、普段より気を張っているせいでしょう」
アルバート兄貴の加護は剣神、つまり剣を握ってないと身体強化もできないもんね。私が弓握ってないといけないのと同じで。
だから剣を持ち込めないパーティー会場では若干緊張してる、か。分かるわその気持ち。
「エミネンシア家の使用人たちも気を付けてくれています。ストラグル卿も警戒するばかりでなく、ぜひ今宵を楽しんでいかれて下さいね」
「は、お言葉に甘えさせていただきます。それでは」
アルバート兄貴が颯爽と身を翻してその場を去ると、お姉様とシーラが笑顔のまま小さく息を吐いた。
「相変わらずあんたの読みは凄いわね」
目が、「彼女は黒くなかったわよね?」って言外に言っているので、
「ん、ちょっと挙動が怪しかったからね。慣れないことをしようとするには笑顔が足らなかったわね、あの令嬢は」
一先ずそれっぽい理由をでっち上げておく。
思い返して見れば受付でのアミル騎士爵令嬢の表情、場所に似合わない緊張を帯びていたし。
「何にせよストラグル卿の活躍で障害は除かれました。二の矢がないとの保証はできませんが、それは私たちが緊張のあまりホストを怠ってよい理由にはなりません。頑張りましょう」
「そうね、せっかくの夜会ですものね」
お姉様が頷く裏でシーラと顔を見合せてアイコンタクト。
この夜会を成功させてお姉様に自信という足場を固めさせるのが私たちの仕事だ。
「で、私は本当に何もしなくていいのね?」
「はい、トラブルが発生するまではお姉様は堂々とニコニコなさってて下さい。あまりにも爵位に差がありすぎて、お姉様に声かけられたら誰も生きた心地がしません」
誘っておいて何だけど、普通は侯爵家主催の夜会に騎士爵家が出席できるはずもないのだ。身分的に。
故に私は貴方たちを見守ってますよ、と威厳たっぷりの微笑を維持するのがお姉様の役割だ。万が一粗相を働くような者がいた場合、それを上位貴族権限で叩き潰すのがお姉様の仕事だ。
実際に動くのは手足たる私とシーラでいい。派閥のボスであるお姉様自ら優れた手腕を見せつける必要などないのである。
と言っても私は何やらご利益があることにされているので、何もかんも私の行動待ちにされても困る。
なので事前に打ち合わせした通り先ずはシーラに動いて貰うとするよ。
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