■ 100 ■ エミネンシア・ダンスパーティー 前編 Ⅰ
※ 祝! 百話……なんですけどこの話、書き上げたときに間違えて予約じゃなくて投降しちゃっておかしな状況になってしまった曰く付きの話……既読になってしまった方、たいへん申し訳ありませんでした。
さて、そんなこんなでダンスパーティーの一日目だ。
とはいえ、
「本日はお招きいただきありがとうございます」
「招待状を拝見します……ソニア・ルフル騎士爵令嬢、料理の持ち込みありですね。再加熱は必要ですか? 不要、ではお付きの方と共に案内に従ってそのままお進み下さい」
騎士爵令嬢たちが料理を持ち込んで(正確には使用人に持たせて)馬車も使わず次々やってくるのでいったいなんの騒ぎだ、みたいにエミネンシア家冬の館は軽いお祭り状態だ。
「とてもこれから夜会が始まるとは思えませんね」
私の横で受付兼護衛兼ファーストダンスのお相手を買って出てくれたアイズが小さく苦笑する。
まあねぇ。ダンスホールのみならさておき、軒先からして料理の匂いが漂ってるのだ。
これがスラムだったら家畜が集まって来ちゃうところだよ。貴族街は清潔で管理体制が整ってるから大丈夫だけど。
なおファーストダンスのお相手だけど、私にはアイズ、シーラにはケイル、アフィリーシアには三馬鹿に対応をお願いしている。
お姉様は本来ならルイセントだけど、流石に王子たるルイセントを三回も呼びつけて付き合わせることはできぬ。奴には奴の社交界があるのである。
よって一回目はパパ
「姉さん」
と、アイズに振袖を軽く引かれて、ほほう。
今しがた招待状を差し出したのはナンナ・アミル騎士爵令嬢ね。事前の写真撮影時には特に問題なかったはずだけど。
一先ずお通しして、
「アリー」
「はい、アーチェ様」
「エミネンシア家の使用人及びストラグル卿に通達。このアミル騎士爵令嬢に注意を払って。表情と態度が少し怪しかったの」
「畏まりました」
入口で突っ返しても良かったけど、それだと私が噂でどれだけ超人になっちゃうか予想もつかないし。
怪しい人の検挙はそれを専門としている人に任せる。そのほうが何かとスムーズにいくからね。
「やはり買収されたんでしょうか」
アイズがそっと耳打ちしてくるけど、断言はできないわね。
「その可能性は高いけど……彼女が殺したいほど対立してる相手と同日になっちゃったってこともあるかもだし。先ずはあちらの出方を見ましょ」
「そうですね。決めつけは危険でした」
仮に買収されたのならば、入口で門前払いされる方が実行して失敗するより彼女も黒幕に言い訳しやすいだろうが……
買収に乗って此方の被害を容認した時点で、この場を用意したお姉様の好意に対する裏切りだ。こっちも相応の対応をせざるを得ない。
たとえナンナ・アミル騎士爵令嬢の家族が人質に取られてる、みたいな裏事情があっても容赦をしてはいけない。
人質が効くなら躊躇なく人質を取った兵百人を用意して鉄砲玉に使う、みたいな外道も世の中にはいるのだからね。
その後は特に濃淡の差がある来賓はいないという事で、さて。
騎士爵たちの入館も終わり、受け付けをエミネンシア家の使用人にまかせてダンスホール入りすると、もう中は私たちを待つのみとなっていたようだ。
酒の香り、香水の香り。料理の匂い、人の匂い。
人の発する熱気、紅潮した頬に濡れた瞳。
それらに迎え入れられてホールの隅にアイズと共に位置取ると、エミネンシア侯を背後に佇んでいたお姉様が一歩を歩み出る。
たったそれだけで令嬢や騎士爵の視線がお姉様に集中する。
凄いね。この日のためにスレイたちによって徹底的に仕上げられたお姉様はただ一歩を踏み出すだけで人目を吸い上げる、まさに
もうこの人本当に月から来たかぐや姫、ってことで人類枠から外してもいいんじゃないかな。
「本日は我がエミネンシア家の主催する夜会にようこそいらっしゃいました。と、ここに来て今更長い挨拶は邪魔以外の何物でも無いですね」
もはや臨戦態勢に入っている令嬢及び騎士爵たちを前に、長話をする愚を覚ったお姉様が用意していた挨拶をさっくり端折った。
うん、賢明な判断だ。
「それでは皆様、楽しい一夜をお過ごし下さい」
一礼するお姉様に拍手の後、エミネンシア家御用達の楽団指揮者がタクトを振り上げミュージックスタート。各自が一斉に踊りだす。
なお来賓のファーストダンスの組み合わせは完全にランダムである。
ここからどれだけカップルが成立するかが私たちの腕の見せ所ってやつだね。
「アイズってば、このドレス対応のダンス上手くなったわね。練習した?」
「まさか、相手がいませんし。でも姉さんに踊りを楽しんで頂けてるなら嬉しいです」
ニコリと笑うアイズは本当に優しい子に育ったわね。この顔にコロッとやられて「目指せ伯爵夫人」なんて無謀に突貫する令嬢が現れないといいのだけど。
アイズの育成にはお父様も安くない金を注ぎ込んだんだ、元が庶民とはいえ、騎士爵令嬢ごときにアイズはやれんぜ。
「お相手ありがとうアイズ。貴方も夜会を楽しんでね」
「はい姉さん。姉さんもホスト頑張って下さい」
一曲目が終了し、パートナーチェンジタイムにて、
「一曲お相手頂けますか?」
「喜んで、バナール様」
二曲目は当然バナールがお相手だ。
お姉様とシーラはホストとして歓待の準備に移行したけど私はそうはいかない。
婚約者がいるのにダンスを踊らないなんて、そんなことしたら婚約者を冷遇してるって表明するようなものだからね。
二曲目の開始と共にステップを踏み出す。
まだエミネンシア侯がいるとあって来賓たちもかなり緊張してるみたいだね。
ついでに隅で控えているエミネンシア家の領属騎士の緊張もかなりのものだ。なにせ下っ端貴族が最上位に近い侯爵家当主に近づけるチャンスなんだもの。主の安全を考えれば胃が絞られる思いだろうよ。
「これは、早めに私は退場したほうが良さそうだね」
同じことを感じ取ったらしいバナールが傍目には苦笑とは分からない穏やかな微笑を浮かべる。
「決戦の夜ですからね。バナール様もお忙しい中お付き合い頂きありがとうございます」
「なんの、娘と可愛らしい婚約者の為だ。今日のドレスもよく似合ってるよアーチェ。まるで紅梅の花から生じた女神のようだ」
「もう、バナール様までお祖父様のようなことは仰らないで下さいな。でもありがとうございます。バナール様も今日も……あれ、少しお疲れですか?」
ステップが前回より少しだけテンポが遅く感じられたのでそのままを告げると、なんだ?
バナールがまるでジャングルの奥地で空飛ぶスカイフィッシュを見たみたいな表情を一瞬だけ覗かせる。
「驚いたな、ダンスのステップで疲労を見抜かれたのは二回目だよ……一回目は妻だった。それ以外の令嬢に見抜かれたことはなかったのだがね」
「それでは驚くに値しませんわ。バナール様は奥様と出会って以降は他の女性と碌に踊っていらっしゃらないのでは?」
「……そう言われると確かにそうかもしれないな」
今度こそはっきりと苦笑したバナールとのダンスも二曲目の終了と共に終わりを告げ、
「お疲れとあらば今宵はゆっくりお休みを。部屋まで付き添いさせて下さいませ」
「いや、それには及ばないよ、というか私よりミスティをお願いしたい。あれがミスをしないように支えてやっては貰えまいか」
なるほど、バナールにとってはそっちのほうがよっぽど心配か。しからば婚約者の頼みだ、無下にするわけにもいくまいよ。
「畏まりました。皆様、エミネンシア侯バナール様が退場なさいます」
声を上げるとダンスホールの入り口が開かれ、来賓が頭を下げる中を二人並んで退室する。
「ありがとうアーチェ。君に心配をかけないようゆっくり休むから、君は何も心配せず楽しんでいって欲しい」
「はい、バナール様」
廊下にてエスコートを解いたバナールが私の手の甲にキスをした後、私が室内へ戻ると扉が閉じられ、さて。
ここからが来賓たちの死合開始である!
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