■ 99 ■ 才能の開花 Ⅱ
「アーチェ、この組み合わせどう?」
「あー、データ上は悪くないけど濃度が合ってないからゴメン、再検討してくれる?」
一つ一つ良さげな組み合わせを確認していくの、男女共に百人を超えれば流石にしんどいわ。
「……ねえアーチェ、この濃淡ってなんなの?」
「悪いわね、これだけはウチの極秘情報なんで教えられないのよ。ただ色合いが近くないと相性が悪いとだけ言っておくわ」
「ふーん」
なおシーラはシーラで頭のいい女なので、この濃淡が重要であることは聞かずに悟ってくれたようである。
追求しないでくれるのはありがたいけど、「こいつまたコソコソ怪しいことしてやがるな」みたいな目で見られるのは仕方ないね。
「騎士162人、令嬢166人のうちお見合いレベルで相性がいいペアは30組、かぁ」
一週間ほどかけてかなーり二人で頑張って組み合わせ探したけど、二割程度が限界か。まぁあとは自助努力で何とかして貰うしかないね。
「準好相性候補は62組、合わせれば過半数は超えるし、まぁ悪くは無いんじゃないの?」
「そうね……」
手元に残った、悪いけどどうやっても誰にも擦りもしない数名のプロフィールシートを手に、軽くアンニュイになる。
「シーラ、この連中、このまま夜会に呼んでもいいものかしらね」
誰とも噛み合わないだけならいいんだけどさ、濃いのよね、色が。ほぼ真っ黒ってレベルで。
幸い騎士爵のほうはアルバート兄貴が厳選したって言うだけあって致命的な真っ黒は一人しかいなかった。つまり兄貴たちを欺けるほど巧妙な悪党は一人だけだったってことだけど。
問題は令嬢のほうね。こっちは厳選はしてないからぽつらぽつらそういうのが紛れ込んでいて、これは果たして呼んでいいものか。
「呼んでも多分誰とも噛み合わなくて私たちに腹立てる未来が目に見えているし、だとすれば最初からお断りした方がいい気もするのよね」
「そ、じゃあお姉様に言ってお断りしましょ」
「いや、断わるにしても理由はいるでしょ」
貴方はプロフィールシートから判定した結果、婚約者ができるとは思えないので除外します、なんて言えるわけもないし。
写真まで撮影して候補に入れておきながらここで数名だけハブるのはかなり逆恨みのリスクが強いと思うのだけど。
「理由なら仕入れてるわよ」
「はい?」
「どうやって集めた情報かはわからないけどこの濃淡、危険度合いなんでしょ? 黒い連中の噂はフィリーに集めさせたから断わるに十分なネタぐらいは用意できるわ」
「は……」
思わず息を呑んでシーラをマジマジと見つめてしまう。
マジか、独自にこの濃淡の意味をほぼ正解レベルで把握していて、その上で裏取りまで終えてるって。
「……今まで生きてて、今日ほど人の才能を眩しいと思ったことはなかったわ」
こいつ、シーラ。マジで頭の冴えと行動力が半端ないわ。
こいつがミスティ陣営に入っていてくれて本当によかった。頭の出来が私たちとは根本から異なってるもの。
「別に。あんたがよこしたフィリーがよく使える子だったってだけよ」
「いや、部下を適切に使えるのもその人の才能だからね。私は貴方ほどアリーシアを使いこなせないもの」
こいつもプレシアと同じで、鍛えれば鍛えただけ成長するタイプだ。しかもプレシアとは違って追い詰めなくても自分から学ぶから、その成長率は段違いだ。
よかった。こいつがいれば私がプレシアのパワーアップアイテムとして消費されても何も問題はないだろう。
「んじゃそいつ等は締め出しで。騎士団のほうには私から連絡しておくわ」
「了解、お姉様に恨みが行かないようにしなさいよ」
「相手は身分のある立場だから釘を刺すのは難しくないわ。そっちこそお断りの文面で揚げ足取られないようにね」
お断りのお手紙を上品に書くのも貴族の嗜みだからね。
お姉様からすればお断りメールは若干トラウマかもしれないけど、今後仮に王妃ともなればめちゃめちゃ書くことになるわけだし。これも今のうちに練習あるのみだ。
そんなこんなしているうちに発注していた着物もといドレスが納入されてくる。
「よく似合ってるわ、とても綺麗よシーラ」
侍従カティの手でお着せをされ、その結果をお姉様に褒められたシーラは一瞬だけ私に「確かに反射的に謙遜したくなるわ」みたいな視線を向けてきたけど、
「ありがとうございますお姉様。お姉様と似た装いを纏えること、この上ない喜びに存じます」
私と違ってお姉様にまで捻くれないのはまあ、結構なことだ。
「シーラだけじゃなく三人もよく似合ってるわよ、贈った側としては鼻が高いわ。まぁ、中身がいいからだけど」
アフィリーシアもまた、営業さんやルナさんの手を借りて、今は和装の装いに近い仕上がりだ。
プレシアは薄桃色、アリーは絞り染めを加えた薄い水色、フィリーは当人の希望でシーラと同じ赤のドレスである。
もっとも染色が鮮やかになればなるほどお値段が爆上がりしていくので、男爵令嬢のフィリーはちょっとぼやけた赤ではあるけどね。
ただ紫の髪に赤(正確には深みのある臙脂に近い)のドレスというシーラとは異なり、フィリーは髪の色が緑。ほぼ補色に近いためこの中ではかなり目立つね。
「あの、本当にただで頂いて宜しいのでしょうか」
「フィリー、そういうこと言わずに貰えるものは貰っておいたほうがいいよ」
「そういう貴方は少しはアーチェ様に感謝しなさい。ありがとうございます、アーチェ様」
そうアリーが頭を下げると、
「ありがとうございますアーチェ様」「大切に扱います」
プレシアとフィリーもまたそれに続いて慌てて頭を垂れる。
「いいのいいの。可愛い女の子はお洒落しないと勿体ないからね」
私みたいに淡色系以外を着ると服に食われる面構えと違って、皆それぞれに可愛いからね。眼福眼福。
しかしあれだ、
「むー、もうちょっとシーラのドレスはお金かけても良かったわね」
お姉様や私のに比べると金糸の刺繍もないし、その分織りに技術を割いているのだけど、織模様は近づかないと見栄えがしないのよね。
もうちょっと刺繍を増やすべきだったかも。少し勿体ないわ。
「いや自分のに金かけなさいよ」
速攻でシーラからツッコミが飛んでくるけど、今更シーラのツッコミ如きに怯む私ではない。
「やっぱり中身がいいし、もうちょっと攻めてもよかったわね……くぅっ、出し惜しみしすぎたかしら」
普段は左右でツインテールにしている髪を解いて軽くハーフアップにするだけで随分と印象ご変わるものであるよ。
まあ伯爵令嬢な時点でブサイクってのはあり得ないから美人なのは当然なんだけど。
「私はこの仕上がりに満足してるから。まあ最初にドレスを送られる相手が同性の同僚になるとは思いもしなかったけど……何にせよありがとね。大切にするわ」
そもそも今も頬を軽く朱に染めていて、お姉様ほどではないけど匂い立つ可愛らしさはキチンと備えているし。
ああもう、美形の恥じらう顔ってそれだけで凶器ね。ぎざぎざハートがそれだけで削られていくわ。
「気にしなさんな。ドレスなんつったって所詮はただの服よ、適当に着潰せばいいわ」
さて、次の夜会は多分シーラはこれ着てくるだろうし、私はどれを着ようかね。
何だかんだで私のは侯爵家仕様で豪勢だからなぁ。
白地に墨絵の二着目が多分一番地味に見えるから相応しいんだろうけど……ま、ここは三着目かな。まだ袖を通してないし。
それに墨の垂らし込みで描いた幹に紅梅が鮮やかな三着目は赤と黒が少しずつ入ってるから、二人と上手く調和するだろうしね。
「ようやく我々も見た目にも同じ派閥って感じがしてきましたね」
「そうね……お父様の趣味に付き合ってくれてアーチェもシーラもありがとう。二人とも、いえ五人とも私には過ぎた仲間だわ」
「お褒めにあずかりこのアーチェ、光栄の極みですわ」
「配下共々、お姉様に永遠の忠誠を誓います」
なお皆に一通りお姉様寄りのドレスが行き渡ったことで、プレシアたちの着付けを手伝っていたルナさんが物欲しそうにしてたけど……流石にルナさんの分は買ってやれなかった。
お金の問題じゃなくて身分差の問題ね。それにルナさんにだけ買ってアンナたちに買わなければ依怙贔屓になるし。
なので刺繍の練習の為と称して反物と糸を少し多めに買い込んでプレシアに突き付けておいた。
日頃のお礼と称してプレシアから下げ渡された布でルナさんが見様見真似で一から縫うなら、誰からも文句は上がらないからね。はー、身分差面倒。
何にせよ、これで夜会の準備は整った。
あとはホストとして夜会を大過なく運営し、円満に終わらせるだけだ。
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