■ 99 ■ 才能の開花 Ⅰ
さてそんなこんなで忙しない毎日の始まりだ。
「夜会だけど、広いダンスホールを借りるより三分割して我が家での開催が一番安上がりになりそうね」
会場はエミネンシア家冬の館のダンスホールを使うとして、三回に分けるのがもっとも効率的らしい。
希望者は三百人超、ダンスホールの広さは百人を想定しているそうだから多少手狭にはなるけど、四回となるとちょっと予算的にも厳しいそうだ。
なお当然のように二回以下では人口過密でダンスどころじゃないので却下だ。
「あとは同じ日に時間をずらして開催すればさらに予算を圧縮できるけど」
流石に三回を同日には無理だけど二回までなら入れ替え制にすることで暖房費や人件費のコストが削減できるわけだね。
でもそれゲスト側はいいけどホスト側の負担が大きいのがなぁ。
「それは止めておきましょう。お姉様にとって初めてのホストですし、歓待は疲れますから」
どうやらシーラも同意見みたいだし、ここは金を払ってでもトラブルの種は削っておくべきだ。
「シーラの言うとおりです。ケチるよりは堅実さを優先しましょう」
「分かったわ。では開催予定日を決めるから、それに合わせて希望者を振り分けてもらえるかしら」
「了解です」
希望者に送り付けたプロフィールシートの返信から、なるべく不都合が発生しないように開催日別に振り分ける。
今までアリーとやっていた作業でシーラには初めての筈なのにテキパキこなすこいつはやはり凄いわ。マジで万能ね。
「取り敢えず子爵令嬢ほか、貴族よりの連中は三日目に纏めましょ」
やはり騎士爵にも「妻が何故料理を?」みたいな奴らはいるようで、ここら辺は全部三日目に纏めてしまおう。
お姉様はガチ令嬢だし、疲労で地の振る舞いが出かねない最終日に貴族よりの連中を持ってきたほうが安全だろう。上位貴族の地が出ると下位貴族、生きた心地がしないからね。
そうやってシーラとプロフィールシートから令嬢と騎士爵の割り振りを進めている最中。
「子爵令嬢が騎士爵に嫁ぐことを視野に入れてるって不思議よね」
そうシーラがポツリと疑念を口にする。それはまあシーラの言うとおりではあるのだが、
「だいたいそういうのは姉妹が多すぎるか、あとは妾の子ってわけよ」
「ああ、そういうこと」
婚姻は貴族にとって他家との結び付きを強める有効なカードだけど、ダブりや
長男が欲しくて頑張ったけど女の子ばっかり産まれました、とかだとパパ君の伝手の範囲じゃ捌き切れないこともままあるのだ。
妾の子は言わずもがなだね。第二夫人とかじゃなくてメイドのお手付きとかだと青い血が薄くて魔力も少なめ、貴族としての価値が低い。
結果として男爵令嬢にすら魔力で劣るなら、騎士爵や豪商辺りに狙いを付けるしかない。
豪商か、騎士爵か。どっちを狙うかは人それぞれだ。
豪商なら暮らしは豊かだろうけどあくまで庶民。一方で騎士爵はピンきりかつ貴族院の議席もない一代限りではあるけれど、一応は王国貴族だ。
つまり私たちに打診してきた子爵令嬢は実より名が欲しいってことだろうね。
「シーラはどう思う? 王国貴族でいることの名誉みたいなのってやっぱり感じる?」
「さあね。正直庶民の暮らしとかよくわからないし。料理なんてできないから、そういう意味では貴族以外はやれなそうではあるけど」
どこか寂しげに笑うシーラはなんだ? 微妙に疎外感みたいなものが漂っていて……あー。
「悪かったわね」
「何が?」
「夏季休暇、結果的に留守番押し付けちゃって」
そう告げると、あからさまにシーラが眉を跳ね上げた。ただその怒りは半分は私に、もう半分は自分に向いてるみたいだけど。
「あんた嗅覚鋭すぎて時々腹が立つわ。何で分かるのよ」
「んー、ウチの陣営がどんどん下位貴族ばっかりになってて、お姉様がそこに順応し始めてるからね。そうなった契機はフェリトリー領で田舎貴族体験したからだ、と読み解けば貴方が一人だけ置いていかれたような印象を受けるかなって」
「……気持ち悪いほど正確な読みね。仰る通り、馬鹿げた嫉妬よ」
お姉様が変わっていくのに対して自分が変われない焦り、みたいなものでも感じているのか。でもそれは良いことでもあるのだけど。
「今は必要だから下位貴族の相手をしているけど、お姉様は本来王子の婚約者だからね。私としては貴方が今感じている違和感を維持して貰えると嬉しいわ。私は正直、上位貴族としての常識を持ち合わせているとは思えないから」
私の場合、前世の記憶があるせいでどうにも全ての振る舞いがロールプレイのように感じてしまう。
伯爵令嬢としての私。
侯爵の婚約者としての私。
庶民に親しく接する私。
そのどれもが私にとって本当の私とは言い難い。
本当の私という軸は、この世界に生きる人たちとは大きくかけ離れすぎている。
結婚もせず子供も作らずに一人で生きる女の命の価値が、建前とはいえ大富豪や政治家と同じだと規定されている憲法なんて。この国に生きる者たちには想像すらできないだろう。
どっちが良い悪いの話じゃない。前提と常識が違いすぎるのだ。
「貴人としてのお姉様を留め置けるのは貴方だけだし。私はこれまでの策動のせいで庶民感覚が身に付きすぎて、もう真っ当な伯爵令嬢には戻れなくなってるから」
「でもあんたはうまくやれてるじゃない」
「うまくやれてるから余計に駄目なのよ。状況に合わせて切り替わっちゃうから。本来の貴人ってのはそういうものじゃないでしょ」
いつも「人のことを変人扱いしやがって」みたいなことは言ってるけど、このアルヴィオス王国の常識に照らし合わせれば私は紛れもなく異物であることは理解している。
在るべからざる怪異が私だ。異形の思考を携えた精神的怪物とも言える存在だ。
「貴方が私に怒ったり呆れたりしてくれると私は安心できる。私の行い、発言、考え方が異常なんだって貴方が教えてくれるから。貴方がいないと、私はいずれ境界線を見失っていずれ失敗するだろうから」
「あんたの役に立つから私には物差し付きの文鎮でいろって?」
「私の為じゃない、お姉様の為よ。三年後には私はエミネンシア侯爵夫人になってミスティ陣営と距離ができるし。その時片足になったお姉様に必要なのは下位貴族との付き合い方じゃないわ。王子の婚約者として、最上位貴族としての在り方でしょう?」
「……そうだけど」
「私はお姉様の今の為に動く。貴方はお姉様の未来の為に動く。それでいいじゃない」
返事が帰ってこない、ということは納得したということでいいのだろう。そういうことにしておく。
ただ、
「婚約か……」
プロフィールシートを手に取りながらシーラがポツリと呟いたあたり、どうも家族に干されているっぽいシーラには複雑な心持ちなのだろう。
お姉様も私も婚約済みだしね。まぁそこには疎外感は覚えないだろうとは思う――いや、この世界の普通の女の子は覚えるのか?
そうじゃなきゃ私たちは今何でお祭り騒ぎになってるんだって話だし。
「貴方が男だったら良かったのにね。もしそうならお父様の意向なんて無視して、私は貴方に婚約を申し込んでたと思うし」
「冗談、あんたみたいな何考えてるか分からない奴、私なら絶対に嫁に貰いたくないわ」
ほらメイ、やっぱりこいつ私と同じことは考えてなかったわよ。
何にせよ準備である。
今回は一人ひとり写真を撮ってたらキリがないので、数回にわけて写真撮影を実施、予めの顔と名前を把握しておく。
「毎回悪いわねアイズ。付き合わせちゃって」
「いえ、姉さんを一人で騎士団の宿舎に向かわせるわけにはいきませんし」
当然、アイズも一緒に連れて行って濃淡を確認するのも忘れない。
なお騎士団の宿舎を訪れた際には時々あのアンティマスクの跡継ぎということで手合わせを求められたりもするのだけど(私じゃないぞ、アイズがだ)。
普通に成人済みの騎士団員を身体強化以外の魔術無しでも圧倒してるの、何かちょっとこの子基本性能おかしくない? お前のような十三歳がいるか。
「アイズったら強いのねー、姉さん驚いちゃったわ」
「いえ、この程度ではフェリトリーの夜を姉さん抜きでは越せないでしょう」
……あー、ルナさんとの再戦を想定して鍛えてるのね。そりゃあ強くなる筈だわ。
なんにせよそんなこんなで写真撮影をしつつメモも取りつつ(アイズも私も記憶力は並なのでその場で名前と濃淡情報を書いておかないと覚えられん)騎士団の宿舎を辞し、とんぼ返りで女性陣も撮影である。
「子爵令嬢、男爵令嬢、騎士爵令嬢Aグループっと」
なお生徒ではない子たちは王家の領域である学園には入れないので、ウチに招いての写真撮影である。
ぞろぞろと入ってくる少女たちにお父様が「また阿呆なことをやり始めよって」みたいな顔をしてたけど無視だ。
「騎士爵令嬢B、C、Dグループっと」
全員の顔と名前、そして心温の浄眼による濃淡データを纏めてプロフィールと照らし合せ、さあここからがシーラと二人、地獄のマッチングタイムだ。
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