■ 98 ■ いつもの Ⅱ






「……」

「……」

「……」


 お姉様とシーラ、三人で顔を見合わせるも二人の目は焦点が合っておらず、どことも定かではない虚空を見つめている。

 それを背後で見守るアフィリーシアに至っては既に口から魂が抜けかかっているようだ。


「お嬢様、現実逃避をしていても何も変わりませんよ」

「……少しぐらいいいじゃないの」


 スレイに指摘されたお姉様が嫌々現実へと戻ってきたけれど腰は退けていて、目の前にあるそれを認めたくないであろうことは一目瞭然だ。


「それで、今の参加希望者は何人かしら?」


 諦めたように視界へ入れたそれに私もいよいよ手を伸ばして、正確な数を改める。


「騎士爵側百六十二人、子爵令嬢五人、男爵令嬢二十三人、騎士爵令嬢百三十八人です」

「……当初の八倍以上、あんたの最初の予想通り、留まるところを知らないわね」

「できればそれ回避したかったんだけど、中々上手くいかないものね」


 三人揃って溜息というか悲鳴が口から垂れ流される。

 鎌倉殿の十三人じゃねぇんだぞ! 裏っかわでガンガン人数を盛るんじゃねぇ!


「というか、これほぼ未婚約の三年生下位世襲貴族令嬢全員なのではなくて?」

「学園の生徒以外の騎士爵令嬢からも応募が殺到しているし……極秘、極秘の意味って何かしら」

「ってかなんでウチの陣営の夜会にそんな来たがるの? そもそもそれが理解できないわ」

「あの、アーチェ様」


 私たちが駄弁っていると、シーラの背後にいたフィリーがおずおずと言葉を差し挟んでくる。


「フィリー、何か知ってるの?」

「その、軽く小耳に挟んだんですが、ジンクスになっているみたいです」

「は? 擬似太陽炉搭載型クソ量産機がなんだって?」


 くぅっ、前世の古傷が甦るぜ……ロックオンの兄貴よぉ……何で死んじまったんだよぉ!

 疑似太陽炉絶対許さねぇからな。あとサーシェスよぉ貴様名前がアリーでも許さねぇからなぁ!


「……あの、ギジタイヨウロってなんですか?」

「……忘れて頂戴。で?」

「あ、はい。その、アンティマスク伯爵令嬢にお声掛け頂くと婚約率が上がるという願掛けが学生の間に広まっているらしくて、多分そのせいかと」


 聞くんじゃなかったわ。なにそれ。

 本人のいないところでなんで私は御利益キャラクターになってるの?


「私の一体どこに御利益が宿る要素があるってのよ、私はあの淑女嫌いのアンティマスクの娘よ? 皆頭おかしいんじゃないの?」


 この国の人間皆してバカなの? とついぼやきが洩れてしまうわけだけど、どうやらフィリーはそこを充当できる答えを持っているらしくて、


「お父様に聞いたのですが、アーチェ様は西回り輸送路の要衝エストラティと東回り要衝アンティマスクの両家の仲を取り持つために王命で生まれた、のですよね」

「ああ……そういう」


 分かりたくないがフィリーの補足で少し納得してしまった。微妙に仲が悪いというか商売敵であるエストラティとアンティマスクの仲が拗れたせいで、その解消のために王命でお母様はお父様に嫁いだんだっけ。

 要するに私は「東西のかすがいとして生まれた」ってわけだ。そして現時点においてエストラティとアンティマスクは対立を深めていないし、お祖父様は私を溺愛してくれている。

 そう考えると……縁結びの御利益が宿る下地がしっかりあるってことだね。


 毎回毎回なんで色恋沙汰に限りこんな騒ぎになるのかと思ってたら、そうか。親世代にとって私ってのは「王命で仲を取り持つ為に作られ、それを成し遂げた子供」なんだから、そりゃなんとなく御利益もありそうだって私も思っちゃうよ。それが私じゃなければね。


「ついにアーチェがご神体になったわね……」

「凄いじゃないあんた、名実ともに告愛天使愛のクピド様よ」


 嬉しくないやい。


「まぁそれはさておくとしてどうします? 選択肢は参加者を厳選するかもっと大規模の会場を借りるか、分割開催するかの三つだと思いますが」


 強引に話を逸らして現実を突きつけると、お姉様もシーラも渋い顔になってしまう。


 一番簡単なのは厳選することである。お姉様は王子の婚約者なんだから厳選するのは当然、と言うか普通はそういう状況の筈なのだ。

 ガチの弱小陣営だから誘っても誰が来てくれるかな? なんて悩むのがそもそもおかしいわけで、この選択肢がもっとも正しいと言える。


「これ……アーチェがやってたお見合いの延長線上にあるわけでしょ? 下手に断わると角が立たないかしら」


 それなー、もう後がない令嬢たちの執念がここには籠ってるからなぁ。

 なんかもう、「断わると祟られる」レベルになってきているんだよね。「ホストが王子の婚約者なんだから断わられるのは当たり前」って常識が完全にどっか行っちゃってる。

 舐められているのともちょっと違う、まさに偏執なんだよ。


「じゃあ大規模な会場を用意して全員突っ込みます?」

「それはそれでお金が足りないわよ……」


 そしてここにも王子の婚約者として当たり前なのに選択肢に入れにくい理由がある。

 お姉様は王子の婚約者だから、一応そこそこのお布施を納めれば王城のダンスフロアを借りることもできる。

 しかしその為のお金が我々にはない。金がないのだ、王子の婚約者なのに金がないのだよ。ははっ、笑っちゃうね。いや笑えないけど。


「とすると分割するしか残りませんね」

「でも分割開催でもお金はかかるわよね」


 それなー、一回で済むものを二回三回とやるんだから当然金が余計にかかる。

 装飾代、暖房代、楽団を雇う人件費や、エミネンシア家の使用人への特別報酬も。

 ウィンティならサインして終わりの案件にも私たちは一つ一つ向かい合わねばならぬ、金と人手がないとはまさにこのことだ。


「男性側の参加者からお金取るようにしといてよかったわホント」


 これなー、前世の時だったら男女差別だったけど、この国は男性優位社会だし。まだ未就労の学生から金取るより就職済みの騎士爵から金を取るのは至極真っ当だしね。

 男女差別絶対許さないマンもそこは勘弁してくりゃれ。

 ……と、そうだ。


「なら食費を圧縮削減しましょう」

「どうやって?」

「夜会の料理を参加者の騎士爵令嬢たちに作らせます。これで薪代と食糧調達費が削減できます」

「は!?」


 お姉様とシーラは完全に目を剥いてしまうけど、


「あー、それいいですね」

「騎士爵なら専門の料理人を雇わない家も多いでしょうし、確かに名案かもしれません」

「毒物の混入さえ防げるならわりと悪くないかもしれませんね」


 男爵家であるアフィリーシアはあっさりと賛同してくれた。


「え? 招いておきながら料理を用意させるって……流石に賤しすぎるって後ろ指さされないかしら」

「ないです。むしろ絶好のアピールポイントになるんで喜ばれるかと」

「……なんで?」


 やはり純粋門閥貴族令嬢のお姉様とシーラには理解できないかー。まあ普通はそうだけどね。


「アリーが言ったように、騎士爵程度の収入の家計だと妻に厨房を任せるのはごく普通にあり得るんですよ。その場合、料理が上手いってのは絶好の自己アピールになるんです」


 なおキールがプレシアに惚れた何割かは、あの道中で男爵令嬢自ら料理を振る舞った点にも求められると私は思っている。


「胃袋を掴むのは庶民レベルではごく当たり前の男性攻略法ですよ。裁縫美人と並んで料理上手は良妻に求められる2大条件ですから」

「全く以てその通りなんだけど、どうしてアーチェ様はそれ知ってるんですかね」

「今更よシア。アーチェ様の知識の広大さに私たちの理解が及ぶはずも無いじゃない」

「それもそっか、アーチェ様だし」


 アリーシアがうんうんと頷いているけど、まぁこいつ等は放置でいいや。いやよくない。


「シア、プロフィールシートを刷新、男性側には妻に料理の上手さを求めるかを追加。女性側には夜会で料理の腕前をアピールしたいかを追加して」

「りょーかいです」


 騎士爵と言っても一括りにはできないほどに幅が広いからね。貴族寄りで、「貴族婦人が台所に立つなど何事」みたいな考え方する奴もいるだろうし、逆に「何で料理できないの?」みたいな奴もいるだろう。

 そこら辺はホスト側で調整しておかないと悲劇が拡散するから要注意だ。


「お姉様とアリー、フィリーは三人で分割開催か一括開催か、その場合は会場や楽団の雇用等も含めて最適解の導出を」

「分かったわ」

「お任せ下さい」

「尽力します」

「私とシーラで可能な限り最良の組み合わせを事前に用意しておきます」


 ホストをやる以上、お見合いほどではないにせよある程度はカップルが成立するように動く必要があるからね。

 分割開催となるならなるべく最良となる組み合わせで分けないといけないし。

 ゲストが茶会や夜会で嫌な思いをするの、それが狙いじゃないなら完全にホストの失敗だからね。


「さて食糧の持ち込みを考慮に入れた現時点より、以降の参加希望者は全て拒否することとします」

「参加者の安全を考えたら当然ね。あとは買収が若干の懸念点だけど……いや、大丈夫か」


 まあ、今回は誰がどの料理を作ったかをむしろ分かるようにしとかないとだから、そこまでの心配はない。

 毒殺ってのは殺害者の特定を困難にすることが最大の目的だからね。仮にも貴族家の名を背負ってる令嬢が自分の料理に毒を仕込むのは、まぁ普通はやれないよ。


「誰が作ったのか分からない料理が紛れ込まないようにしておけば問題はないでしょう。あと如何なる理由があろうと、自分で持ち込んだ料理の責任は自分で取ることにすれば」


 最後に残る可能性は他人を蹴落とすために他人の料理に毒を盛る、ぐらいだけど、会場に持ち込むまでは自分の料理は自分で死守させれば問題あるまい。

 会場に入ってから毒を盛られたなら、全員を拘束してボディチェックすればいいわけだしね。

 もっとも使用済みの毒の小瓶を呑み込むまでされれば流石に手の打ちようはないけど……それやったら普通に自分も死ぬ可能性もあるわけだし。そこまでの心配は不要だろう。


「ではこの方針で何とか成功まで持ち込みましょう」


 さあ、相変わらず何やるにしても忙しいけど文句を言っても仕方ない。

 これだけの人数を捌ければお姉様も自信がつくはずと前向きに考えましょ。






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