■ 98 ■ いつもの Ⅰ






「で、この便箋は?」

「騎士爵令嬢たちからの夜会への参加希望」


 シーラが困ったように突きつけてきた書類に眼を這わし、そう来たか、と一瞬だけ感心してしまった。

 確かに騎士爵家には幾人も学園に通わせられるだけの金がないから令嬢は後回しにされる。

 だが令嬢をあえて学園に通わせる騎士爵家もまた少数ではあるが存在するのだ。


 それは例えば男子に恵まれなかったり、あるいは金銭に余裕がある所領持ちだったり。

 そういった騎士爵令嬢たちにとって、学園で伴侶を見つけるのはしかし男爵令嬢より更に困難だ。


「で、どこから話が?」

「ええと、レスト男爵令嬢経由でエクト騎士爵令嬢です……」


 お姉様とシーラは誰よそれ? ってなってるけど私やアフィリーシアには分かる。

 最初は私の家で、続いてオウラン家で令嬢教育を受けていた令嬢未満連中だ。


「向こうの言い分は?」

「こちらに」


 フィリーが手渡してくれた書類をザッと流し読みすると、ふむ。

 どうやら騎士爵令嬢は少数故に騎士爵令嬢同士のコミュニティを持っているようだ。

 普通なら同階級は競争相手になるもんだけど、そんなことやってる余裕がないから騎士爵令嬢たちは逆に結束しているみたいだね。


 んで、どこぞで男爵令嬢たちが婚活パーティーを開くという情報を聞きつけ情報収集を開始。

 エクト騎士爵令嬢が友人の誼でレスト男爵令嬢から情報を吸い上げ、私がその渦中にいることを把握、その伝手でこの誓約書を送りつけてきたと。


「……もし婚約者を得られた暁には女性社交界にてエミネンシア侯爵令嬢の陣営として行動することをお約束します、か」


 なかなか強かだねぇ、騎士爵令嬢たちも。

 ウチが弱小勢力であることを承知の上で、上手く行ったら忠誠を誓いますときたもんだ。フィリーが許されているなら自分たちも許されるはずだと踏んだな?


「舐めるなよ下郎、と突っ返すも受け入れるも自由。どうします? お姉様」


 騎士爵令嬢で三年生は……まあ十八人か、然程多くはないね。頑張れば容れられる数であるのは間違いないけど。

 外からの要望で上位存在たる我々が行動を変えるのは弱腰と捉えられる可能性がある。足元を見られる可能性もある。

 だけど味方を増やすのは私たちにとって悪いことではない、というか至上命題でもある。


「あのーアーチェ様、騎士爵なんかを味方に付けても相手は公爵家ですし、何の役にも立たなくないですか?」


 プレシアが――こいつ顔の割に言うこと辛辣よね――そう純粋に疑問を呈してくるけど、


「それが案外そうでもないのよね。下層からの支持は政治運営に必須だから」


 この国がごく普通の王政であればプレシアの言うとおりでもある。

 だけどこの国は一般的なナーロッパとはちょっと違ってるのよね。

 ふむ、ザッと見回してみればシーラは当然その意味を分かっているとして、お姉様もこれは分かってるね。前に説明したことあったし。


「フィリー、プレシアに説明できる?」


 ならばと試しにフィリーに解説役を促してみる。

 元々勤勉であることは知っているし、シーラもその実力を認めている。さぁて、答えられるかな?


「はい。アルヴィオス王国において、公共の行政、領地間犯罪の裁判、新たな法令の施行は貴族院における審議を経て可決の後に遂行されます。この貴族院における議席は世襲貴族家当主全員に一議席のみが与えられるため、数において多数を誇る男爵家、次いで子爵家からの支持を得ることがこの国を左右することに繋がる、からではないでしょうか?」

「はい正解。フィリーは博学ね。それをさっくり答えられるのはお見事よ」

「ありがとうございますアーチェ様」


 とまあ、そういうわけだ。

 アルヴィオス王国初代王の命において貴族院という政治形態が成立し、その議席は世襲貴族の数と定められた。


 貴族院だけに限って見ると、上位貴族より下位貴族の方が圧倒的に議席が多いのだ。というか男爵家だけでほぼ半数に迫る。男爵家と子爵家で過半数を余裕で超える。

 なんでこれで下位貴族たちによって政治が恣にされないかというと、財力及び武力では上位貴族と下位貴族では文字通り桁が違うからだ。


 分かりやすい例として挙げるならば、一公爵家の領属騎士団だけで現存する男爵家全てを殲滅して回れる、と言えばその差が分かってもらえるだろうか。

 もし下級貴族が結集して決議によって上位貴族から権限を奪おうとしても、数の暴力で下級貴族たちは討ち滅ぼされる。

 そうして空いた貴族位に自分たちに従順な連中を据えれば上位貴族としては何も問題はないのだから。


 故に、下位貴族たちは上位貴族の傘下に入る。傘下に入って、その庇護を受けざるを得ない。

 しかし下位貴族もなかなかに然る者で、特定の上位貴族に権力が集中しないよう、仲がいい家どうしでもあえて違う庇護者の下に入ったりもする。

 そういう事情もあって、上位貴族たちが一丸となって下位貴族に圧力をかけることもなかなか難しかったりする。


 これだけ見ると王家の存在意義が不明に思えてくるけど、王家は唯一無二として、爵位の授与権と剥奪権を所有している。

 上位貴族が誰かに「お前に男爵位を与える」と約束しても、王家がそれを承認しない限りは全てが無意味。故に王家は上位貴族の横暴を抑えるストッパーとして働く。


 上位貴族が理不尽な理由で下位貴族家を滅ぼし、そこに自分の息のかかった者を封じようとしても、王家が承認しない限りはその企みは成立しない。

 逆に下位貴族が結束して王家と上位貴族に不利な決議ばかりを行なうなら、当然のように王家は下位貴族が殲滅されるのを傍観し、議席を刷新するだろう。


 この拮抗がアルヴィオス王国における貴族家の対立を作りだし、権力の一極集中を防いでいるのだ。

 司法、立法、行政の三権分立じゃなくて王家けんい上位貴族ぶりょく下位貴族ぎいんすうによる三すくみだね。


 下位貴族は上位貴族の傘下に入らないと武力的な面で危うい。

 上位貴族は票田として多数の下位貴族を参加に入れなければならない。その為に下位貴族にも便宜を図らねばならない。


 より多数の下位貴族からの支持を得ることこそが、より王国の政治に干渉できるということに繋がる。

 下を蔑ろにする上位貴族は、権力を手にすることができないのだ。


「でも、騎士爵家には議席が与えられないから意味なくないですか?」

「そうね。でも下の立場へのアピールになるから全くの無意味というわけじゃないのよ」


 騎士爵位には貴族院における議席が与えられないから一見して支持を得ることは無意味に見える。

 だけど下の地位のものにも気を配れるということは男爵家からの支持を得るのにも好都合。上ではなく下を見ているというアピールになるのだ。


 これがこの国の政治の面白いところだよね。

 上に忖度してるだけじゃ支持基盤を奪われちゃうんだから。無論、この場合の下というのは下位貴族であって平民じゃないって根本問題はあるけどね。


「それで、どうします? お姉様」

「うーん、まあウチのダンスホールなら百人まではいけるし、加えてもいいんじゃないかしら? ただし回答は極秘でね。余所に漏れないように」


 ふむ。確かに騎士側もアルバートが出してきたのは四十人だったしな。八十人なら問題はないか。

 ただこれ以上増えるのは困りものだけどね。


「では誓約書にサインをして騎士爵令嬢たちへの返事としましょうか」






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