■ 97 ■ 初めての夜会準備 Ⅱ






「というわけでこの残る男爵令嬢たちに最後の機会を用意する夜会を取り仕切りましょう」


 シーラと認識合わせの上で練ったプランを紙面に起こしテーブル上、お姉様の前に提出する。


「これは……つまりこれまでアーチェがやっていたことの簡易拡大版と思えばいいのかしら」

「はい大体そんな感じです」


 これまでは世襲貴族家の惣領息子を優先してお見合いを準備してたから、女子の方はなおざりになっていた。

 なのでこれを期に一括で対処してしまおうというのが今回の趣旨である。


 貴族社会的にも影響度が高めの長女は今回はパス。出会いの機会に困りがちな男爵令嬢、その次女三女が今回の主役だ。


「男爵令嬢は中々出会いの場がない一方で、学園の生徒の割合では最多、その競争は熾烈を極めます。よってここを狙い撃ちすればまず夜会参加人数は確保できます」


 貴族位の最下位は騎士爵だけど、騎士爵令嬢が学園へ通うのは極めて稀だ。

 何故かというと答えは単純で、お金がないからである。


 何せ学園の学費もタダではないし、学園に通うなら通学に適した衣服が数着は必要。

 加えて騎士爵家ともなると貴族街に家がないから賃貸で借家暮らしとなり、これで家賃もかかる。

 その他諸費用を積み重ねていくと騎士爵家にはせいぜい長男一人を学園に送るのが精一杯となるのである。


 これらの事情により男爵令嬢が学園のほぼ底辺となり、女子生徒の過半数近い人数を占めるのだけど……底辺であるからこそお相手探しは大変なわけだ。

 できれば男爵令嬢とて貴族位は維持したい。現実的に狙えるお相手は男爵の惣領息子や騎士爵あたりになるわけだけど、騎士爵というのはこう言っちゃなんだがかなり当たり外れが多い。


 何せ騎士爵に求められるのは強さである。

 筋肉、魔力、どちらでもよいがとにかく力 is パワーで生きていて、それが最適解になるのが騎士爵だ。


 勿論貴族である以上はそれなりの礼儀作法は求められるが、所詮は最低位の貴族。

 騎士爵の礼儀作法、特に日常の作法にいちいち目くじらを立てるやつは馬鹿、という位の扱いだ。そりゃあハズレもわんさかいるわけである。

 そして男爵令嬢からすれば、そういうハズレに引っかかるのだけは全力で避けたいわけで。


「この前フェリトリー領の護衛に雇った国家騎士団員に今、夜会に呼べる教養のある若手騎士団員をリストアップさせています。こちらも自推になりますからほぼ呼べば来るでしょう」

「ついでに男爵家と騎士爵家ならば料理も酒も程々でよいので予算もさほどかかりません。練習としては手頃かと」


 というか実際はメシの味とかわかんねぇ、って精神状態だろうしね。


「それはありがたいけど……男爵令嬢はオウラン家が怖くないのかしら?」


 読んでもまた誰も来ない、という悪夢が頭を過ぎったのだろう。お姉様がおずおずと尋ねてくるが、私とシーラは当然、あの過去のお茶会を前提にしてこの計画を進めたのだ。


「ああ、もうそういうこと考えている余裕はないんで大丈夫です」

「……何で?」


 男爵令嬢たちだって入学当初は伯爵、子爵令息といずれはお近づきに、なんて夢見てはいるだろう。そしてそれが実際に叶うものもいるだろう。

 しかしそれが叶うのはほんの一握りだけ。実際にはろくな出会いすらないものが大多数だ。特に引っ込み思案な性格ならもう完全アウト。

 深窓の令嬢やってても婚約話が舞い込んでくるのはせいぜいが子爵令嬢までだ。


 男爵令嬢は攻めて攻めて攻めまくるのが正解と分かった頃には目ぼしい獲物はだいたい狩り尽くされているのである。


 前世の恋愛もので王子とかにガッついてくるの、何で毎回男爵令嬢なんだろう、貴族社会で身分の低い女が弁えてない無礼を笑うためかな? って前世では思ってたけど、いざ貴族になってみれば成程と思っちゃったわ。

 男爵令嬢ってのはたとえ礼儀知らずと笑われようと、徹底して攻勢に出なくてはならない。それが勝ち組に至るための正解だってことなんだね。

 という事情を前世のことは伏せつつツラツラと説明すると、


「……男爵令嬢の世界も中々に厳しいのね」


 お姉様が自分の知らない世界に軽く思いを馳せたようだった。大丈夫、夜会やれば彼女らの世界が一目で分かるようになるからさ。


「また、身分差がありすぎる上に性別の差があるのでオウラン公も手を出しにくいかと」


 男性の相手は男性が、女性の相手は女性がやるのが社交界の基本だ。

 政敵だろうとなんだろうと異性の戦場に踏み込むのは見栄えが悪い。何より男爵令嬢なんぞを公爵家が邪魔するのはこれ、巨象が蟻を追いかけて踏み潰すに等しいのでみっともないと周囲に目される。


 ……まあ、みっともないと言われてもやるやつはやるんだけどね。

 ただオウラン公に限れば、これから公平性の鏡とされる王族の後ろ盾をやろうってんだ。権力に任せて横紙破りを重ねては貴族家から白い目で見られるし、ある程度抑制はするだろう。

 それにケイルや、あとプレシアを通してアルバート兄貴から聞いた話やら何やらを総合すると、オウラン家は今刺客が不足しているはずだろうしね。


「お姉様の認可が下り次第、夜会の準備に移りますが」

「事前調整ありがとうシーラ、アーチェ。二人の尽力に感謝を。そのまま進めて頂戴」

「はい、お姉様」


 さて、お姉様の許可が出たからミスティ陣営、これより全力でいくよ。


「では仕事を割り振ります。シアは相変わらずプロフィールシートの作成ね」

「はーい、もう慣れました。大丈夫です」

「アリーはディナーメニューの検討及び手配を。人数は……そうね、余裕を持って五、六十人を想定しておいて」

「心得ました。お任せ下さい」

「フィリーはお姉様と共に当日のセッティングを検討。会場はエミネンシア家のダンスホールだからお姉様一人でも問題ないけど、今回は男爵令嬢がメインになるから。華美になりすぎないよう適時お姉様に助言を」

「全力を尽くします」

「ある程度検討が進んだら皆で集まって妥当性を検討するから、慌てて先走らないように。最初の夜会ですもの。過不足なく済ませましょ」

『はい!』




 さて、そんなふうに動き出したわけなのだけど、


「ごきげんようストラグル卿、ブランド卿。それでどうされました?」


 二週間後に結果を報告して貰う予定だったのだけど、何故か依頼をしてからわずか三日後にアルバート兄貴から急ぎ茶会を開きたいとの連絡を受けた。

 場所はストラグル家が貴族街に家を持っていないので、こういう時のために貸し出される学院食堂の個室でだけど……何だ?

 しかもアルバート兄貴とレンの二人で、何故かキールの姿は見えないし……


「大変、申し訳御座いません……!」


 絞り出すような声と共にアルバートが折り畳んだ一枚の紙を私の前、テーブル上にスッと差し出してくる。

 身分差があることもあって、メイがそれを受け取り開いて内容を改め――うん、めっちゃ渋い顔。


「どうぞ、お嬢様」

「ありがとう、メイ」


 メイが表面を撫でるように(毒物の確認である)してから手渡された紙面に目をやって――思わず私も渋い顔になってしまった。


「……多すぎません?」


 うん。名前がむっちゃ並んでる。多分四十人くらいいる。私は二十人程度、ってお願いしたはずだけど……


「キールの奴が……あのウカレポンチ野郎が……フェリトリー男爵令嬢とダンスパーティーだと、最近ご機嫌な理由を聞かれる度にそう返しまして」

「……あの野郎の頭には自制という文字はございませんの」

「「申し訳御座いません!」」


 ガバッと兄貴とレンが揃って、テーブルに額をこすりつけんばかりに頭を下げる。


「あの阿呆はただ今騎士団の懲罰房に放り込んであります! 夜会まで、いえ御身がお望みならば夜会当日すらそのままにしておきますのでどうか!」

「脳みそに穴が空いたマヌケ野郎なんですが、あんな奴でも友人なんです! これ以上の暴走は絶対にさせませんからどうか、どうか厳罰だけは……!」


 あー、懲罰房ね。ゲームの設定でしか知らないけど国家騎士団寮にそういうのがあるのは知ってる。

 まあ牢屋の又従兄弟みたいな部屋に放り込んできているってわけね。


「……彼の扱いはそれで良しとしましょう。しかし人数が二十人を超えているのは?」

「それは――その。これでも厳選はしたのですが」

「我々にも恩義のある先輩方の頼みともなると断わりがたく――アンティマスク伯爵令嬢に選択頂くか、もしくは断わるための条件を付け加えて頂けないでしょうか」


 あー、そういうことね。アルバート兄貴たちはまだペーペーだもんな。

 キールが吹聴して人が集まってくれば当然、彼らも忖度しなきゃいけない連中がいるってわけだ。

 それを断れるのは私だけ、しかも三日でこれだから更に増えかねない。それを踏まえての緊急のお誘いか。はぁ、そういう判断ができて無意味な隠蔽はしないって面では優秀なんだけどなぁこいつら……


「分かりました。では私のほうで条件を更に付け加えます。いっそ参加料を取ってもいいかもしれませんね」

「いっそと言わず是非とも回収することをお勧めします」


 え、冗談で言ったのに。極めて真面目な声で顔を伏せたままそうレンが言うってことは……


「相当に拙いですか?」

「相当に拙いです。言い訳に聞こえるかもしれませんが――それでも私とレンで厳選したのです」


 マジかよ兄貴。胃が痛くなる思いで絞りに絞ってこの四十人なのか。どうする? 先ずは年齢制限を付けるか。

 こっちが紹介するの学生だし、アイズが私を心配してくれた通り、あまり年が離れると互いの常識が乖離して会話が噛み合わなくなるしな。


 後は騎士団への貢献度とか、勤務態度とか騎士としての実力とか普段の身だしなみとか数項目を判断基準に加えて、更に上司から夜会参加の承認まで貰うよう付け加えて、再び名簿をアルバート兄貴に突き返す。


「――この条件で何人減ります?」


 上司からの承認を要する、としておけば上司たちは自分の責任問題になることを恐れて粗暴な部下を弾いてくれるはずだ。安全度はこれで更に高まるだろう。


「ありがとうございます。参加費用抜きで、半分までは減らせるものと」

「ではそれでお願いします。参加費用を取ることを表明すれば辞退するものもおりましょう」


 ひとまずアルバートとレンの参加費用は無し。キールには罰則として参加するならてめーは金を払え、ということにしておいた。

 参加費用は大銀貨八枚。騎士爵からすれば一夜の夜会参加費用としては高額だからこれで辞退する人はかなり出てくるだろう。


「では、後は宜しくお願いしますねストラグル卿、ブランド卿」

「はっ!」

「御身の信頼を裏切ってしまい大変申し訳ありませんでした!」


 うんまあ、最初から私がキールに話しちゃったのがそもそも間違いだったんだからね、そこはまぁあまり気にしなくていいさ。






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