■ 97 ■ 初めての夜会準備 Ⅰ
「本日は我がアンティマスク家の茶会にご参席頂きまことにありがとうございます」
さて、そんなこんなでお姉様が主催する夜会のための下準備である。
我がアンティマスク家冬の館の談話室に招かれたるアルバート以下二名の態度たるや、
「ほ、本日はお招きいただきありがとうございます」
まるで借りてきた犬である。いや、犬と言うよりはなんだ? 壊れたダンシングフラワーか?
まぁ分からんでもない。同じ屋根の下に今鬼教官として有名なお父様がいるわけだからね。
お父様が私のやることに興味を持つわけはないんだけど、彼らからすれば談話室の扉を開いてお父様がこの場に現れる可能性は0じゃあ無いってことだし。私は0だと知っているけど。
「そうシャチホコ――はないんだった、肩肘張らずとも。先ずはお茶を召し上がれ? エミネンシア侯バナール様からの贈り物ですの」
「は、頂きます」
そう前置きしてカップを手に取るアルバート、キール、レンの手はブルブルと震えていて、今にも紅茶を零しそうだ。
頑張れよー、零したら失礼に当たるからなぁ。
さて、一通りお茶とケーキをご賞味頂いたらさっさと本題に入ろうかね。このままだとこいつら緊張しすぎでこむら返り起こしそうだし。
「さて、お三方に集まって頂いたのは他でもありません。我が主エミネンシア侯爵令嬢ミスティ様の夜会に参加する騎士爵を選りすぐって貰いたいのです」
もうそろそろ私たちは気心の知れた仲(そういうことにした)だからね。
うちのお姉様にそろそろ夜会の主催をやらせたいこと、その練習に呼べる手頃な相手がいないこと。オウラン公と敵対しているから高位貴族から候補者を集めるのも難しいこと。
そういった表向き誰から見ても分かる事実を並べ立てて説明すると、アルバートは沈黙し、キールは貧乏くじ引いたと言わんばかりに口をへの字に曲げ、レンは静かに天を仰いだ。
そりゃそうだ。何せこれから君たちオウラン公に目の敵にされてね、って間接的に語ったようなもんだからね。
「人数は――そうですね。二十人程も集めて頂ければ十分かと。無論、定数割れするようでしたらその中に貴方がたを加えて頂いても構いません」
そう伝えると、三人が代わる代わる互いの顔を見やった後に、
「このようなことを申し上げるのは恥ずべきことですが――我々は田舎の出身故、騎士団の中に顔の利くほうではありません」
アルバートが代表して苦言を呈してくる。まぁねぇ。だってまだアルバート兄貴たちは騎士としては新米のペーペーだもんな。
これで騎士団内に顔が利いたらドンだけ政治の才能あるんだ、ってツッコミ入れたくなるわ。それは重々承知の上だ。
「ましてや最大貴族たるオウラン公に目を付けられるとあらば――とてもお誘いを受けたいと願う者を集める」「……ちょっと待てアル、少し宜しいですかアンティマスク伯爵令嬢」
そこでアルバートの言葉に被せてきたキールは気がついたな?
「アンティマスク伯爵令嬢、仮にですが、定数割れしなくとも、もしくは希望者が二十人を超えても我々は参加者に加えて頂けるのですか?」
「ええ、貴方がたがよろしければ」
「エミネンシア侯爵令嬢の主催と言うことは――プレ、いえアーチェ、いえアンティマスク伯爵令嬢ご一同も参加されると?」
お、遅れてレンも気づいたか。
ふふふ、今や私はアルバート兄貴から見れば悪魔のような笑みを浮かべているだろうよ。
「ええ。勿論ですわ。私もプレシア・フェリトリーもアレジア・フロックスも、あと新しく我らの同胞となったフィリー・ゼイニも主催としてですが参加致します」
「「お任せ下さいアンティマスク伯爵令嬢」」
「ちょ、待て二人とも! これは罠だ! いや罠じゃありませんすみませんアンティマスク伯爵令嬢!」
はい、一瞬にして場がカオスである。
まぁそうなるよなぁ。キールはプレシア狙いだし、レンはアリーにホの字だとアルバート兄貴から聞いているし。
その二人を餌にキールとレンを釣れば2対1だ。受諾を引き出すのは難しい話じゃあない。
「落ち着け二人とも、さっきアンティマスク伯爵令嬢が仰ったろ! ゼイニのお嬢さんが此方に与した結果があの夜の騒動だぞ!」
「何だよあんな連中なら雑魚だったじゃんか、余裕余裕」
「そうだぞアル。俺たち三人で撃退できたじゃないか。そう思い悩むことはないだろ」
「その脳みそお花畑な考え方を今すぐ止めろ! ことは将来に関わるんだぞ!」
「おうよ将来に関わるからこうして深く真剣に考えてるんじゃあないか」
「そうとも。俺たちは幸せになるためにこの世に生まれてきたんだからな」
「お前たちのそれは将来設計じゃなくて絵空事って言うんだよ!」
「ふひひ、モテないアル君が言ってくれますなぁ」
「フェリトリー領でプレシア様に全力でひっぱたかれたお前が言うな!」
「そ、そんな昔のことは忘れたね! ってか思い出させんなやぁ!」
あーまー、こいつ等完全に自分が今アンティマスク伯爵家にいること忘れてるね。
まぁその方がこむら返り起こさなくて済みそうだから構わないけどさ。
「話を先に進めたいのですがよろしいですか?」
「「はい、アンティマスク伯爵令嬢」」
スンッ、っと真面目な顔になって背筋を伸ばすキールとレンの隣で、アルバート兄貴が顔を覆って小さく面を伏せる。
悪いな兄貴。ちょっくら頼まれてくれや。
「貴方がたに見繕って頂きたい候補者ですが、まず当然として常日頃から女性に粗暴な振舞いをなさらないことが大前提です」
「
キールが重々しく頷いているけど、お前大丈夫? 私の言ったことちゃんと頭に入ってる?
まあ後で箇条書きにして渡すつもりだからいいんだけどさ。
「続いて独身であること。これもまた大前提とさせて頂きます」
「既婚者を弾くのですか? 既婚の方が何かと安全かと思われますが」
「ええ。ですが既婚者はあえて省いて下さい」
そう真顔で頷いてみせると、キールよりは理性が残っているっぽいレンが不可解そうに眉根を寄せる。
「この二つ以外には、そうですね。ある程度誇れる武勇伝を備えていること、近いうちの結婚を視野に入れていること、ああ財産があるのも結構なことでしょう」
「あの……もしかして」
「女性側の参加者としては主に未婚の男爵令嬢を中心に据えております」
ここに来てようやく、三人はどういう理由で候補者が選ばれるのかを真に理解したようだった。
「ちょっと待て、いやお待ち下さいアンティマスク伯爵令嬢。それって、いやそれはまさか……」
「私としてはそうですね。この夜会で幾ばくかの方々に縁が結ばれれば、と考えております。勿論、我々の派閥へ属することは期待しておりますが」
無理だ、と顔を伏せていたアルバート兄貴がようやく生気を取り戻したようだった。
真剣に実現可能性を模索する顔になっていて、しかもその表情にはかなり前向きな色が見え隠れしている。
分かるだろ?
女っ気がない騎士団連中に男爵家の未婚の女性を紹介してやろうって言ってんだぞ。
こんな伝手、普通に騎士団生活やってたらそうそう得られるもんじゃない。その窓口にお前たちを据えてやると言ってるんだ。
無論、その結果としてオウラン公に目を付けられる可能性はあるだろうが――
「国家騎士団とは国と王家に忠誠を誓った方々ですよね。その指揮権は国王に所属し、アルヴィオス王国二百諸侯のいずれもこれを恣にすることは許されません」
オウラン公とて王の配下だ。国家騎士団の人員采配に口を挟めば陛下の配下に横やりを入れたと見做される。陛下の分を侵すことになるんだからオウラン公だって慎重にもなるさ。
最大の問題は見事第一王子が王座を手にした時だけど、その時は国家騎士団を引退して適当な田舎領地の領属騎士にでもなればいい。
仮にそうなっても妻となる男爵家との縁が切れるわけではないし、そこら辺の庶民の娘を嫁に貰うよりよっぽど安心感はあるだろう。
「オウラン公の影響を緩和できる貴族位として、私は国家騎士団員以上の存在を知りません。そして国家騎士団員で頼りにできるのは知己である貴方がた三人以外にいないのです」
そしてとどめが情に訴える嘆願だ。我ながら本当にあくどいことをしてるって自覚はあるよ。
だからこそ私はアルバート、キール、レンの三者にとっての利を用意してこの場に望んだ。いやまあ、それもあくどさの一環だけどね。
「ただそれでも貴方たちの未来に多大な影響を及ぼす依頼であることは理解しております。ですので断わって頂いてもこのアーチェ、一切の遺恨は残さないことをお約束致します」
まあ、私がどれだけ本気で不問にすると言ったって、それを額面通り受け取らないのが王国貴族だ。
上から下への圧力は絶対。そこに手心を加える奴の方が頭がイカれてる。格差社会とはそういうものだ。故に私の発言はカマトトぶったおべんちゃら以上の意味を持たない。
私がそう口にしたが最後、それは絶対的な命令に等しいと分かっていてなお私はそう言葉を紡ぐ。
まったく、卑怯だね。お姉様のためだから、って心の中で言い訳している自分がこれでもかとばかりに嫌いになれるよ。
「お引き受け頂けますでしょうか? ストラグル卿、クランツ卿、ブランド卿」
そうして、
「お引き受け致します、アンティマスク伯爵令嬢」
望み通りの答えを引き出すことに私は成功したわけだ。
全く、プレシアにお貴族様仕草だって言われるのも当然だね。
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