■ 96 ■ 新年に備えて Ⅱ
しかしあれだよ、ドレスといえば、
「お姉様、そろそろ我々も茶会のみならず夜会を開催して、ここにいる中核陣営以外にも支持層を作り始める頃ですよ」
学園入学後は王国貴族階級以外が排除される場に限り、学生も夜会への参加及び開催が許可される。
この王国貴族階級以外が排除される場に限り、というのはあれだ。大商人や他国の要人などが参加する夜会には出られないということで、まぁ学生を守る面が強いルールではある。
もっと突き詰めるなら平民が貴族の子供をだまくらかしたりハニトラ仕掛けたりして王国貴族の一員になろうとするのを防ぐ、という意味だろうけどね。
子供が食い物にされないという意味では私もこのルールは悪いもんじゃないと思っている。
……まぁ貴族の大人が子供を食い物にしないか、はさて置くとしてね。
「そうねぇ、問題は私たちが夜会を開いて、いったい誰が来るのかって話だけど」
「無駄遣いしてる余裕もないしね」
まあねぇ。何せミスティ陣営は弱小もいいところだし。あと地味に金が無い。
当たり前だけどオウラン陣営は背後にいるのがオウラン公爵だけあってお金がジャブジャブある。
お金があるところには放っておいても人が群がるからね。それだけでオウラン陣営は強い。
翻ってウチだ。まずお姉様は侯爵家なのでエミネンシア侯から侯爵令嬢平均の交際費を貰っていて、それに加えて写真を使って得た利益がルイセントから支給される。
これが現在のウチの主な活動資金だ。
そして私だけど、お父様は必要な物は買ってくれるが小遣いはない。そういう方針なので自由に使える金が無い。自分で稼いだ金が私の活動資金である。
あとシーラだ。こいつはどうやら親から干されているらしく交際費は殆ど貰えてないみたいだ。
というように、ミスティ陣営は王子の婚約者としては信じられないくらい金が無い。どないせいっちゅーんじゃこれ。
まあ今は私もブロマイド及びお見合いの仲介料、写真のロイヤリティでそこそこ潤っているけど、定期収入のロイヤリティはさておき、残りはあぶく銭で定期的な収入ではない。
つまり一度使ったら終わりだ。
「とはいえ、全く夜会を取り仕切った経験がないのでは話になりませんよ。王妃どころか貴族夫人としてもです」
「分かってはいるのだけど……ね」
渋るお姉様の態度に、思わずシーラと顔を見合わせてしまう。
お姉様、最初のお茶会のことけっこう引きずってるなこれ。
確かにあれは酷かった。いや、お姉様の態度も酷かったけど、それは目の前の惨状がそうさせただけだ。
お姉様が闇バレするやいなや水が引くように消えてった連中が酷かったのだ。
お姉様が気合い入れてお茶会のセッティングして、招待状を配って、広い談話室に集まったのは私とシーラだけだ。
あれやられてもなお平気な顔で笑える奴は、心まで鋼鉄に武装した乙女くらいだろう。普通の人間はまず心が折れる。
私はお父様の命令でお姉様の下についたからなんとも思わなかったけど、多分シーラはあの場にいるだけでスリップダメージ受けてただろう。
自らがこれから支えていこうと思った人には味方などいないのだと。
ここに残り続けて本当にいいのか、今からでも己の未来のためにこの人の下を離れるべきではないかという誘惑に幾度となく身を委ねたくなっただろう。
それでもお姉様の下に残ることを選べたのだからやはりシーラは忠臣だよ。私とは大違いで。
「成功体験が必要よね、お姉様には」
エミネンシア家を辞してからシーラを誘いフェリトリー家冬の館へ移動。
私以外の貴族の歓待練習として応対と談話室への案内、お茶の準備などの経験をアンナたちに積ませておく。
決して他人の目耳を気にせず、しかも今は当主不在の為に便利に使えるから使い倒しているとかではない。ま、建前だけど。
「あれ本当にお姉様可哀想だったからねぇ、尻込みしちゃうのは分かるけどさ、いつまでもそのままじゃいられない。シーラも分かるでしょ」
「そうね、もう半年以上も陣営中核以外を誘ってないことになるわけだし……第一王子が卒業する前にホストデビューしておきたいわね」
第一王子が卒業したあとなら、ウィンティたちは学園を荒らすような手段も取れるようになるからね。
学園が荒れるとウィンティたちの体面が傷つくこの一年のうちに、なるべくお姉様には自信を付けてもらいたいものだ。
一度自信が付けば多少のトラブルにも動じなくなる。成功の積み重ねが威厳を作るのだ。
「とはいえ、身内以外となると味方がいないのよね」
「私なんてあんたと違って身内にすら味方がいないわ。まぁ誰だってオウラン家には睨まれたくないでしょうし、仕方がないことだけど……」
アイズやフレインを誘うのでは所詮は身内、お姉様の自信にはならないだろう。
とはいえ、それ以外となると私も知り合いは殆どいない。
お見合いのために私は幾度となく茶会を開いたけど、彼らを集めても結束は図れまい。
むしろ婚約できてしまって以降まで私と関わり合いになりたいとは、あちらさんも思わないだろう。
何だかんだで彼ら彼女らは今、自分の実力で婚約者と仲睦まじい関係になれたのだと信じたい頃に違いない。
あくまで私は仲介しただけに過ぎない、自分に他人を引き付ける魅力があったからこの恋は結実したのだ、と。そう思いたがるのが人の感情というものだ。
そんなときに私から声をかけるなど気分を害するだけ、いやできれば私を視界にすら入れたくない時期だろう。
呼べば礼儀として来るかもしれないが、私への感情は間違いなく悪化する。ひいてはお姉様へ向けられる感情も、だ。
「お姉様にとって他人で、なるべく断らない人たちを集めて、参加者がお姉様への好感度を高める形で夜会を終わらせる」
「たったそれだけすら難しい連中が妃候補の片割れって、泣きたくなるを超えて失笑ものよね」
シーラと顔を見合せて苦笑いしか零れないわ、ホント。
敵が最強貴族オウランじゃなければそこまで難しい話でもないんだけどね。
やはり権力だ、権力は全てを解決するね。人の個人的感情以外はさ。
待てよ……ということは、人の個人的感情ならば何とかなるわけか。
それならまだ私にも切れる手札は残っているけど、うーん。
「一つ考えたんだけど、これやった結果として先がどうなるか全く読めないのよね」
「……あんたに先が読めない、ってことはろくな事にならなそうね」
シーラが期待半分、残りは恐々みたいな顔で目を瞬く。
「失礼な。人を疫病神みたいに」
「疫病神ってなに? そんな神いたっけ」
おうふ、またやっちまったぜ。まぁいいや、それより夜会だよ。
「耳貸してシーラ」
「何よ、私たちしかいないじゃない」
いやいや、ここはフェリトリー家。プレシアの家なのでね。幸いプレシアには厨房入り許可を与えたからここにはいない(許可しておいてあれだけど家主が客を放り出して料理始めんな馬鹿!)けど、お茶汲み要員としてフリーダが控えてるからね。
シーラの耳に唇を寄せて、コソコソと内緒話。
「……相変わらずあんた、人の動かし方をよく分かってるわね。止め方を知らないのが難点だけど」
シーラが私のアイデアに口をひくつかせるのはいつものことだけどね。
まあ仰せの通りなので反論は控えておくよ。ブロマイドの時もお見合いもそれで収拾がつかなくなったんだから、反論なんてできるはずもないんだからね。
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