アーチェ・アンティマスクと夜の社交界
■ 96 ■ 新年に備えて Ⅰ
さてゼイニ男爵令嬢も加入し、こちらも世襲貴族家惣領息子まではお見合いが完了したことで、一先ず残りの皆さんにはお祈りメールを出してお断りをしておく。
クッソー、まさかこの私がお祈りメールを出すことになろうとは……でも一つ一つ丹精込めた手書きだから許して欲しいわ。書いたの主にアリーシアだけど。
残りの方々にはマジで喫緊の人はいなそうだし、本来の自助努力で頑張って欲しい。
私にもミスティ陣営をもり立てる仕事があるのでね。
「私のドレスも一段落しましたし、シーラのドレスでも誂えますか」
あのときは職人の負担増ゆえに却下したけど、シーラにもお姉様と似たデザインのドレスはあったほうがいいだろう。どちらかというと精神的な理由で。
「……新しいドレスを仕立てるのは、あまり家族がいい顔しなそうね」
しかし肝心のシーラが乗り気でないのはあれか、こいつあまり親からミスティ陣営にいるの良い目で見られてないんだっけ。
「ならドレス一着ぐらい私が出すわよ。紹介料で今のところ懐温かいし」
クッソ忙しくはあったけど、その分紹介料もそこそこ取ったからね。
大半は陣営の運営費に回したいから私のドレス並までは出費できないけど、あれは侯爵家相当で仕立ててるし、伯爵家のシーラ用ならもう少しお安くできるだろう。
なんならまた職人さんの練習を兼ねて貰ってもいいしね。
「あんたが金出すって……そこまでさせるのは気が引けるんだけど」
「派閥の一体感を明示するため、ミスティ陣営の運営費の一環と思えばいいわ。気にしない気にしない」
はい、というわけでお姉様に再び専属の仕立屋を読んでもらい採寸である。
「こちら、どのような方向性がよろしいでしょうか」
「うーん、お姉様が黒で私が白だからシーラは赤系統がいいと私は思うんですがお姉様はどう思います?」
「良いのではないかしら。シーラには赤は似合うと思うし」
「ですよねー。むー、赤地、赤地……白梅とか? いやあえて白は混ぜずに引き締めて刺繍と織で優雅さを演出するか?」
「……あんた、そういう気合いは自分のドレス仕立てるときに出しなさいよ」
「何言ってんのよ。自分のドレスなんて着ちゃったら鏡見ない限り目に入ってこないじゃない。貴方のドレスはお姉様の次に目にすることになるんだからそりゃあ美しいものの方がいいでしょ?」
「アーチェ様、そういう考え方なんだ……」
「そう言われると正しいような、何か根本的にズレているような……」
まあね、あとはあれだよ。私は前世記憶ありだからね。今更自分を着飾ることにそこまで興味を持てないのさ。
……あ、だから世の中のお母様がたは子供に自分の趣味の服を着せたがるのね。
自分が着飾ることの代替行為だったんだ、アレ。
そう考えるとうん、私がでしゃばるのはなんかアレだね。シーラの好きにさせてやらないと。
そんなわけでいきなり黙り込んだりして多少不審がられたけど、お姉様とデザイナーの間で一応のデザインは決定したようだ。
「私はこれでいいとして、あんたはどうするのよ。エミネンシア侯に頂いたのは大人用でしょ?」
「シーラ、私が何のために丈を調整できる仕立てにして貰ったと思ってるの?」
私のは着物仕立てに近いからお端折りで丈を調整できるのだ。踝見せりゃあそれで終わりよ。
「狡っ……でも案外便利なのね、あの仕立て」
「ま、貴方はあと二年は大人用はいらないだろうし、貴方が私寄りのデザインを選ぶ利点はないけどね」
和服としてみると変な着方に見えるかもしれないが、ここに日本人は私しかいないのでね。
元々がアルヴィオス王国視点では奇異なのだ。そこまで色眼鏡で見られることはないさ。
「せっかく新年も近いし三人の分も仕立てちゃいますか。男爵家相当の刺繍控えめなら職人もそこまで困らないでしょう。職人の手は足りまして?」
「はい、出来合いの反物から選んで頂ければそれほど手間はかからないものと」
うん、営業の反応も無理してる様子はないね。新たに染めるんじゃなくて既にある反物を使うならあとは切って縫うだけだし。
シーラのを染めから始めている間に出来合いの反物から仕立ててもらえば大丈夫そうね。
「ではお願い、あ、そうだ。袴ってあります?」
「ございますが……アンティマスク伯爵令嬢は本当によくご存知ですね。前エミネンシア侯爵夫人のご逝去以降、エミネンシア侯爵家でも購入頂いたことはないはずですが」
おっとやっちまったぜテヘペロ。
「これは……私も初めて見るわ。お母様が着ているところも記憶にないわね」
見本として行李の底から取り出された袴はお姉様も見たことがないか。まぁ分類としてはスカートにするかスラックスにするか怪しいところだもんなぁ。
「スッキリしてて動きやすそうだけど、確かに地味ね。見た目はやっぱり奇抜だけど」
うるせーぞシーラ、着るのはお前じゃないんだからガタガタぬかすなや。
まあ私が博識なのは今更でゴリ押しして、三人のドレスは袴仕立ても合わせて追加発注したよ。
女学生だもん。矢絣袴にブーツとリボンはやっぱ映えるじゃん?
え? 袴姿はドレスじゃないって? そんなこと考える日本人はこの国にはいないからね。外国のドレスだと言い張ればドレスになるのである。
「総額で金貨十二枚と大銀貨七枚でございます」
「はいはい金貨十三枚っと」
メイを介して支払いを済ませる。ほーん、自分の服を買うのは抵抗あるのに他人の服ならいくらでも金出せるんだね私。
まぁそりゃそうか。周り美少女ばかりだもんな。私は美少女も美少年も美男美女もいけるクチだ。前世の
「わ、私の分までよろしいのですか?」
フィリーが混乱と歓喜の間で目を白黒させるけど、そういう差別はするつもりはないのでね。
「勿論。ああただ紋章の刺繍は自分たちでやりなさいな」
アルヴィオス王国において貴族家の紋章は神聖なものとされているので、その家の名を持つ者、百歩譲ってその家紋を掲げる家で暮らす者以外が刻んではならないとされている。
だから貴族令嬢は自分の家の紋章を刻むために刺繍が必須の技能となってるわけだね。
当然、私も自分の着物には私自身の手でアンティマスク家の家紋を刺繍した。
アンティマスクの名を持つ女は私だけなのでアイズやお父様の服に刺繍をするのも私だ。
お父様のにはたっぷり呪いを込めてはいるのだが、私には呪術の才能がないらしくお父様が不幸な目に合う様子はない。悔しいね。
「貴族令嬢なんだし、貴方たちもそれくらいはできるでしょ?」
私だってティーチ先生に嗜みとして仕込まれたんだからお前らもできるだろ、と思いきやプレシアとフィリーがサッと視線を床に逃がす。
「……練習しておきなさい」
「はぁぃ」
「糸、まず糸を調達しないと……」
取り敢えず練習をサボらないように上等な糸も購入して三人に支給したらフィリーにはいたく感謝された。
そういやリガー・ゼイニのプロフィールに金がほしいみたいなの書いてあったわね。プレシアを通じてゼイニ家の悶着も聞いているし、やっぱりオウラン公爵家と事を構えるのはお金かかるよなぁ。厄介な家だよ、オウラン家。
なんにせよ一先ず呉服商にお帰り頂いて、のんびりお茶タイムである。
「何にせよ、あくまであれは数あるドレスの一着に過ぎないわ。私やシーラが指定しない限りはこれまで通りその日の気分で貴方たちは好きなドレスを着てくれて構わないから」
シーラが奇抜だと繰り返すぐらいだ、パーティーにこれ着て行って指差し笑われるのは流石に憐れだからね。
私はそういうの全く気にしないし、エミネンシア侯は奥様がそうだったから慣れてるし、侯と付き合いの長い人も懐かしいな、ぐらいで大人の社交界では前例ありきの対応をしてもらえる。
しかし三年で全てが入れ替わる学園では前例の全く無い装いになるから、おかしな格好をしていると嘲笑する連中は必ず現れる。
侯爵家であるお姉様を笑えるのは同じ侯爵家以上だけど、男爵家なら指差しプークスクスし放題だからね。
「お姉様がこれまで私たちに好きな装いを認めて下さっていたように、これを着ないのは忠誠心不足だなんて阿呆なこと言うつもりは更々無いわ。そこは勘違いしないようにね」
「はい、アーチェ様」
「なんならバラして別の服に仕立て直しても構わないわよ」
「そ、それは流石に……」
「アリー、貰い物なんて貰ったが最後所持権は移動してるんだから好きにしていいのよ。少なくとも私は気にしないわ」
不敬が過ぎるみたいにアリーが畏まるけど、貴族の贈り物なんてそんなものだ。
贈り物として受け取った美術品を運んできた美術商にそのまま売って金に変える、みたいなこともよくやるらしいしね。
「それを本当に気にしないのアーチェ様とアンティマスク閣下ぐらいなんじゃないですかね」
おのれプレシア、私をあのクソお父様と一緒にするとは許すまじ。
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