■ EX19 ■ 閑話:フィリー Ⅳ







 そうしてミスティ陣営はシーラ・ミーニアル伯爵令嬢の部下として活動を開始したフィリーであったが、


「とりあえず貴方の令嬢としての実力を知りたいから、お茶会のセッティング頼むわね」


 いきなりフリーハンドでの仕事を投げつけられて面食らってしまう。いつ、どこで、誰とすらも決められずただお茶会をやる、と言われてもこれはこれで困りものだ。


「お、お茶会にお招きする相手はどなたでしょうか?」

「練習だから相手はだれでもいいんだけど――そうね。貴方も全くの余所者相手だと落ち着かないでしょうし、リブリー・コート男爵令嬢にしましょうか」


 リブリー・コート。フィリーの兄リガーの婚約者となった、コート男爵家の三女である。


「これから家族になる女性だもの、貴方も顔合わせをしておいた方がいいでしょ?」

「ご配慮、痛み入ります。ですがどのような内容の茶会にするのでしょうか」

「ん? それを決めておいた方がいいなら私の方で指示するけど、そっちの方がいい?」


 そうシーラに尋ねられて、フィリーは首を横に振った。

 これは最初の仕事であり、同時にフィリーの実力チェックでもあるのだ。初っぱなからシーラに頼りきりでは呆れられてしまうだろう。

 そう警戒したフィリーではあったが、


「ああ、先に言っておくけど重要なのはお茶会を成功させることよ。リブリー・コート男爵令嬢にとって実利があるか、もしくは楽しい時を過ごして帰って貰うことが重要。そこ、間違えないでね」


 シーラの釘はこれ以上無い程綺麗に、フィリーの中に空いていた隙間を塞ぐように打ち込まれた。

 自分の力でやり遂げることが重要なのではない。茶会に参席することで双方にとって利があることが重要なのだ。


 そんな基本的なことがさくっと抜け落ちてしまうから、自分は兄リガーや父ドイルに迷惑をかけてしまったのだ。

 フィリーは顔から火を噴きそうになってしまう。自分の失態を完全にシーラに見抜かれた心持ちだ。


「畏まりました。お手数をおかけすることもあると思いますが、宜しいでしょうか」

「勿論。分からないことがあったら聞きなさい。あと私は口と態度が悪いけど、別に貴方のことを攻撃したいわけじゃないから一々萎縮しないで貰えると助かるわ」


 フィリーは素直に頷いた。実際ミスティ陣営の会話を端で聞いていたときから薄々感じていたが、シーラは気安い相手には何故か口調が刺々しくなるのだ。

 多分それがシーラの素顔であり、それを貴族的微笑で普段は隠している、ということなのだろう。


 何にせよ、シーラから支度金を受け取り茶会の準備である。


 派閥の仕事というのは基本的に上司から金を預かり、その予算の範囲内でセッティングをするのが通例である。

 余った金は返却する必要がなく自分の懐に入れることが許されているため、上手くやりくりすればするほど仕事を割り振られた者は収入を得ることができる。


 無論、そこで手を抜いて上司の面子を潰せば次の仕事はもう二度と与えられないが故に、あからさまにケチるような馬鹿な真似をするものはいない。何事も案配なのだ。


 さておき、これは両極端だぞとフィリーは腕を組んで悩み始める。

 一切仕事を与えられなかったオウラン陣営とは完全に真逆だ。お茶会の理由からフィリーが考えてよい、というのは完全に丸投げである。


「茶葉は――奇を衒わずにギリルで、お茶請けは……ギリルなら何とでも合うからコート男爵令嬢の好みをお兄様に確認してから選ぼう。話題は最初だし、お互いの好みとか趣味を語るぐらいでいいかな」


 茶葉に茶菓子、茶会の名目に当日の会話内容、談話室サロンに設置する調度品や香水の選び方など、たかが茶会と言っても選ぶべき項目は多岐にわたる。

 茶会は令嬢が互いのセンスを確かめ合う、ある意味では決闘の場でもあるのだ。ここで手を抜けばその失態はあっという間に冬の社交界に広まってしまう。


 そうやってお茶会におけるタスクを決定、一覧にしてシーラに提出、判断を仰いだフィリーではあったが、


「いいわ。じゃあこれで行きましょう」


 チラと一瞥しただけのシーラにあっさり許可を出されて、再びフィリーは面食らってしまう。

 ちゃんと読んで貰えたのだろうか、改善すべき点は本当になかったのだろうか? そうやってフィリーが聞くにも聞けずにいると、


「ああ、ちょっとゼイニ男爵令息に虫が好きか聞いておいてくれない?」


 唐突に脈絡もないことを言われてフィリーはキョトンとしてしまう。


「虫? ですか? お兄様がですか?」

「そう、虫。まぁ好きな貴族はいないだろうけど、見るのも嫌ぐらいに嫌ってるか、触ることができるかどうか」

「は、はぁ……理由を伺っても?」

「悪いけどこれだけは何も聞かずに確認をお願い」

「わ、分かりました」


 そうシーラに質問を許されぬ課題を出されて、ますますフィリーは面食らってしまった。だが、上司からの命令である。

 その日、ゼイニ家の冬の館タウンハウスに戻ったフィリーは夕食時に、


「お兄様は虫はお嫌いですか?」

「ごめんフィリー、わけ分からない。いきなり何の話?」


 尋ねてみれば、まぁそういう反応になってしまうのは致し方あるまい。

 これこれこう言う理由だ、とフィリーが事情を説明すると、


「……流石に好むわけではないけど、嫌いじゃないし気にしない、かな」


 どこかしら負けたような顔で、リガーがそう零す理由がフィリーには分からない。

 兄は何かに気が付いたようだが、リガーの落ち込みようからして聞ける雰囲気でもなく、フィリーはそのまま下がるしかない。




  ――――――――――――――――




「ようこそおいで下さいましたコート男爵令嬢」

「お、お招きいただき、ありがとうございます。ミーニアル伯爵令嬢」


 やや硬くぎこちない仕草で、コート家三女であるリブリー・コート男爵令嬢がホストであるシーラに頭を垂れる。

 リブリーとしては、二つも爵位が上のミーニアル家冬の館に招かれての茶会である。緊張などして当然なわけで、


「此度、このフィリー・ゼイニが私の片腕として忠誠を誓ってくれましたので、その姉となるコート男爵令嬢ともよしみを結びたいと思いまして」


 シーラにそう穏やかに微笑まれれば、同じ男爵令嬢として硬直してしまうリブリーの不安が、フィリーにも推し量れるというものだ。

 リブリーの好みはまだ体験したことのない味、という兄からの助言に従って、エミネンシア家お得意のチョコケーキをお茶請けに選んだのだが――


「どうぞ、エミネンシア家御用達のチョコをふんだんに使用したケーキです。ご堪能下さいな」

「あ、ありがとうございます」


 リブリーはちゃんと味わうことができているのだろうか、と未来の姉のことが少し心配になってしまう。

 と、いうのも、


――ああ、リブリー男爵令嬢が兄さんと婚約するまでお相手いなかったの、そういうことなんだ。


 フィリーは納得してしまった。リブリーはフィリーより年上の、昨年成人した男爵令嬢である。だがその所作はシーラどころかフィリーと比較してすらあからさまに劣る。

 リブリーの一挙手一投足には優雅さと気品が徹底的に欠けていたのだ。恐らく三女だから世襲貴族家に嫁ぐことはない、と完全に令嬢教育を投げていたに違いない。


 ただ時折いきなり姿勢がピンと直ったり、お手本通りながらも美しい身振りを始めたりする仕草も見受けられ、現在詰め込みで令嬢教育を再開していると思われるフシもある。

 どうやら未来の男爵夫人としての責務を投げ捨ててまではいないようだ、と推察できたのはフィリーにとって一安心である。少なくとも世襲貴族家の夫人という立場に胡座をかくような女ではないと分かったからだ。


 ただお茶とケーキを腹に落とし込み、


「コート男爵家は果実と甘藷の栽培が好調と伺っておりますが」

「は、はい。幸い南部の土地なので、人口に対して収穫は多めとなっています」

「羨ましいですね。ミーニアル領では果実はあまり実らないので。確か果実栽培には蜂を用いるのでしたよね?」

「はい。受粉には蜂を用いるのが一番楽ですので」


 コート男爵家の話をシーラが振ったことで、リブリーにも余裕が出てきたようだ。立て板に水、とまではいかないが、緊張は解れてきたように見える。


「養蜂のコツとかあるのですか? 蜂は毒針を備えていますし、危険だと思うのですが」

「いえ、こちらから派手に動かなければ、あくまで蜜蜂の針は自衛用ですし、そこまで危険ではないのですよ」


 と、言うか語り口が目に見えて流暢になってきていて、シーラはにこやかに頷いているが、フィリーはだんだん引いてきてしまう。


「蜂だけではなくコート領には秋津や鈴虫も沢山生息していましてですね、これが単一ではなく数多の種が――」


――秋津って何? 鈴虫って?


 もう完全にフィリーは会話についていけてないが、シーラはにこやかに応対していて、


「蝶なら羽の模様で違いが分かりますが、蜻蛉となるとどのように種を見分けるのでしょう?」


 シーラの相槌でようやく、フィリーは秋津とやらがトンボだと分かった体たらくである。というかなんでシーラは分かるのだろうか。


「ああそれはですね、透明に見えてあの羽根、光に当てると色合いが多少に異なりますし、素早いので留まっているところを見ないと分かりませんが、外骨格の色合いや複眼の色とかよく見ると全然違うんですよ。見てみます?」

「あら、コート領を案内していただけますの?」

「勿論それでもいいのですが、私の部屋にピン留めした虫の標本が――あ……」


 そこまで語ってようやくリブリーは我に返ったようだ。

 微笑を浮かべたままのシーラと置いてけぼりのフィリーを交互に見やって、今さら怯えたように縮こまる。


「コート男爵令嬢は昆虫採集がご趣味なのですね。学者肌同士、ゼイニ家とは話が合うことでしょう」


 そうシーラが微笑むものの、リブリーがフィリーを見る顔は、たとえるならば捨てられそうになっている子犬のそれに近い。

 ここにきてようやく、フィリーの中で話が一本に繋がった。


 兄に虫が好きか聞けと言ってきたシーラ。

 それに答えながらも少し負けたような顔をしていた兄リガー。

 そして叱られるのを耐えているかのような顔をしている眼の前のリブリー。


――真の売れ残りの理由はそれだったんだ。


 恐らく昆虫採集が趣味というリブリーなど、とてもお嫁に出せるもんじゃない、とコート家は匙を投げていたのだ。

 そこに未来の男爵夫人という好条件が提示され、コート男爵は一転。リブリーはコート男爵にその令嬢にあるまじき趣味を一生隠して嫁ぐように言われたと見える。


 普通に考えれば虫が好き、なんて令嬢は婚約を断られて当たり前だ。

 リガーに嫌われるから、とリブリーが両親からの圧力に屈したのも頷ける話であるが……


「ゼイニ男爵令息はコート男爵令嬢の趣味を尊重して下さると思いますよ。そうでしょう? フィリー」


 シーラに話を振られてフィリーは慌てて頷いた。


「は、はい。兄リガーは偏屈が多いゼイニ家にて荒波に揉まれた惣領息子、むしろコート男爵令嬢に肩身の狭い思いをさせることをこそ厭うでしょう」


 実際、リブリーが隠していた趣味を婚約者である己よりフィリーの方が先に気付くことができた、という不甲斐なさが、兄にあの憂い顔を浮かべさせたのだ。


「リブリー・コート男爵令嬢の全てを兄リガーは喜んで受け入れるでしょう。どうか我が兄リガーに信頼をお寄せあらんことを」

「婚約者なのですから。壁を作るより話してしまった方がきっと上手く行きますわ」


 そうフィリーとシーラに言葉を重ねられて、リブリーも決心がついたようだ。


「ありがとうございますミーニアル伯爵令嬢、ゼイニ男爵令嬢。両親には止められていたのですが……リガーとよく話をしてみます」




  ――――――――――――――――




「お疲れ様フィリー。流石にアレジアが太鼓判を押すだけあって仕事ぶりは優秀ね。安心したわ」


 茶会の後、使用人によって茶器などが片付けられたミーニアル家のサロンにて。

 円満に終了した茶会の余韻に浸りながらシーラに労われたフィリーとしては、どうしても尋ねずにはいられなかった。


「あの、シーラ様。シーラ様はリブリー・コート男爵令嬢が虫好きだって知っていらしたのですか?」


 シーラはシーラでアーチェと共に学園教師の元を日々忙しげに訪れていて、今回の茶会の為に動く時間はなかった筈だ。

 プロフィールシートには目を通しているはずだが、コート家とて流石にプロフィールシートにリブリーが虫好きなんて情報は書いていないだろう。


 とするとこれはシーラが独自に調べた情報ということになるが、前述の通りシーラにその時間は無かったわけで――それは大いなる矛盾である。


「前に調べた時にね、ちょっと知っただけよ」


 会話が始まった、と判断したシーラの侍従カティの指示により、新しい紅茶が二人の前へと用意された。カップを手に取りながらシーラがそう悠然と宣うもので、フィリーとしては怖くなってしまう。


「まさか、学園のあらゆる生徒の情報を記憶されているのですか?」

「それこそまさかよ。この夏にお姉様がフェリトリー領を訪れたでしょ? 道中で何かあったら困るから通過する領地の治安を確認したのよ。その時にね」


 お嬢様がまた虫を追いかけていらした、みたいな話を領民がしていたので、シーラはコート男爵領を安全な土地と判断したらしい。

 忘れようにも忘れ難い情報だったのでそれを覚えていただけ、だそうだが……


「ただ通過するだけの領地についてそこまで調べたのですか?」

「当たり前でしょ。お姉様は第二王子ルイセント殿下の婚約者であらせられるのよ。ヴィンセント殿下の配下に人質に取られて現地住民のせいにでもされたらたまったもんじゃないもの。治安ぐらい調べるわよ」


 シーラの言っていることはもっともだったが、


「でも……そう簡単に調べられる話でもないですよね」


 それこそ言うは易く行うは難しの典型である。

 調べたい、と言えば検索エンジンが結果を返してくれるような社会ではないのだから、調査には時間と手間暇がかかるはずなのに。


「まあね。でもアーチェの伝手で私もそれなりに庶民からの情報は手に入るし。要はやる気があるかないかの話よ」


 ちなみにこの絡繰りはフェリトリー領から帰る際に一緒だったダートの部下ジバンニとシーラが個人的な誼を持ち、貴族とのパイプの重要性を知るジバンニが、己の配下の一部をダートの許可を得てシーラのために動かした結果である。


 実際のところはだからミスティがフェリトリーを訪れる前の確認ではなく、訪れてからの確認になっているのだが、そこまでシーラがフィリーに種明かしをしてやる必要はない。

 だが数少ない機会を生かし、他領の庶民の生活を調査できる伝手を独自に構築している時点で、シーラはやはり凡百の令嬢とは一線を画していると言える。


 フィリーは怖気に呻いた。

 やはりこのシーラ・ミーニアルも伏龍だった。いや、伏龍なんてもんじゃない。この人の才覚はアーチェ・アンティマスクに比肩する、と。


「ああ、今回はたまたま知ってただけだから、もしゼイニ男爵令息が悔しがってたらその必要はないってフォローしておいてくれる?」

「……兄が悔いているのまでご存知なのですか」


 ドンピシャで兄の内心までも看破されたフィリーはどれだけ自分とシーラの間には差があるのだろうか、と怖くなってきてしまった。疑いなく同い年なのに、十歳は年上の女性と話をしている気分だ。


「単なる予想、一般論よ。学生ぐらいの年の男子ってのは格好付けたがるでしょ? だからそうかもって思っただけ。当たったみたいだけど」


 自分の敵う相手じゃない、とフィリーは一瞬でもシーラを疑ったことを恥じた。ちゃんと自分の仕事を見てくれていたのか、とリストを見せた際に思ったことを痛恨の恥と首を吊りたくなってしまう。

 フィリーが提出した茶会準備の一覧など、それこそシーラなら一瞥するだけで全て把握してしまえるのだろう。


「最後にもう一つだけ教えて下さい。リブリー・コート男爵令嬢が虫好きだと知っていたなら、どうして事前に教えて下さらなかったのですか?」


 いきなり自分たちの全ては見せない、とミスティにいわれているので隠されることそれ自体に不満はないが、これは派閥の秘密とは関係が無いし、隠す必要もなかったのでは? と純粋にフィリーとしては疑問に思ったのでそう質問すると、少しだけシーラが気まずそうに視線を左右させた後、


「ちょっと、貴方のことが信用できなかったから」


 そうバツの悪そうに告白してくれた。


「仕事ぶりを見てた感じだと貴方、少し作業に盲目的になるみたいだから。コート男爵令嬢が虫好きって事前に教えたら、虫の事を調べ始めて肝心の茶会の準備が疎かになりそうだと思ったのよ……悪かったわね」


 もはやフィリーはぐうの音も出なかった。

 そう説明されれば納得しかない。自分なら絶対そう失敗しただろうとストンと胃の腑に落ちてしまう。


 シーラはフィリー・ゼイニという少女の生き様を過不足なく把握しているのだと痛感してしまった。

 フィリー・ゼイニはそういう一度目標を定めると途端に視野が狭くなる子だと、この短期間の付き合いでシーラはアッサリ見抜いてしまっていたのだ。


「謝罪の必要など一切ありません。シーラ様の推察通り、事前に知っていたら私はシーラ様が指摘した通りの失敗をしたことこれ疑いありません」

「……自覚してるのね。そのうえで制動が効かない。アーチェと同じタイプ――ああ、だからあいつ、私の下に付けたのか」


 アーチェに負けず劣らず、このシーラも秀才だ、とフィリーは諒解した。どうりで弱小ミスティ陣営が平然と最強貴族オウランを相手に屈することなく張り合えているわけだ、と。

 ミスティを支える両脚の頑丈さが常軌を逸しているからこそ、ミスティ陣営はここまで生き延びてこられているのだ。


「貴方が自分の範囲内では仕事のできる子だってのは分かったし。ミスティ陣営は弱小だから貴方にも全力で働いてもらうわよ」


 そう命じられれば、フィリーの胸が熱を持って奮え始めた。

 この人ならば自分の力と才能を限界まで使い倒してくれるだろう、と。


「このフィリー・ゼイニ、ミーニアル伯爵令嬢シーラ様に無尽の忠誠を誓います。どうか私を信頼しシーラ様の手足とお使い下さい」


 自然とフィリーはシーラの前に頭を垂れていた。

 オウラン陣営では腐るしかなかったフィリー・ゼイニはついに、自分の生きるべき場所と理由を見つけたのだ。


 この人と共に働きたい。この人の為に働きたい。自分の才覚を余すことなく使い切って欲しいと、そう誓える主を得たのだ。


「お姉様が言っていたように、最初から私たちの全ては見せないわよ。そこは納得しておいてね」

「勿論でございます。シーラ様からの信頼は我がこの先の働きにて必ずや獲得してみせます」


 兄や父にお布施の額だけは返さねば。王宮付きの文官になる。という当初の目的は綺麗さっぱり吹っ飛んでしまったが、それがフィリー・ゼイニという走り出したら倒れるまで突き進む少女の生き方だ。


 もはや死ぬまで、フィリーは止まらないだろう。

 本懐ではないか、尊敬するに足る主を得たのだ。あとは心の赴くままに働いて働いて、前のめりに倒れて果てるだけだ。


 フィリー・ゼイニとは、そういう少女である。






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