■ EX19 ■ 閑話:フィリー Ⅲ
「アンティマスク伯爵令嬢は何故このような割安の条件で仲人を引き受けてくれたのだ?」
相変わらずアーチェの利益だけが分からない。それだけが少しばかりドイルたち三者にとって不安のタネでもある。
「それより私はアンティマスク伯爵令嬢がこうも噛み合ったお相手を紹介できる方が不思議ですわ。ミスティ陣営は弱小で知り合いも少ないはずですのに」
最早後がない、という吊り橋効果も多少はあるのだろうが……
条件、性格ともにどうしてリガーと相性がいい人材を引き当てられるのか、それがフィリーには全く理解できない。
リガー・ゼイニは頭脳明晰というわけではないが人格的には極めて安定した、フィリーにとっては尊敬できる兄だ。
焦っていたとてハニートラップにあっさり引っかかるような男ではないし、だから単純にリガーとリブリーの相性が良かったということになる。
「アンティマスクの寵児、と言われるだけのことはある。そういうことだろう。伯は面倒で厄介な娘だとことあるごとに口にしているそうだが」
だが面倒で厄介とは言っても、使えないとはグリシアスは一言も言っていない。つまり淑女嫌いのアンティマスクをして評価せざるを得ないのが、あのアーチェ・アンティマスクという娘なのだ。
「まあ、紹介料以外の対価は求められてないのだ。これ以上アンティマスク伯爵令嬢と関わることもあるまい」
確かに。フィリーはミスティ陣営を蹴ってオウラン陣営に属したのだ。
今更アーチェにどの面下げて会いに行けという話だし、向こうも自分になど興味はないだろうし。
そんなことを考えていたフィリーではあったが――
――――――――――――――――
「「ミスティ陣営に誘われた!?」」
本日図書館で勉強していたところにプレシアとアレジアが現れて、もしやる気があるならミスティの下で働かないかと打診されたのである。
「何故、お前を……?」
「前にフロックス男爵令嬢にオウラン陣営を抜けたことを伝えたからだと思います」
「つまりオウラン陣営の情報狙いか?」
フィリーも最初に考えたのはそれだった。
「いえお兄様、私がオウラン陣営の有益な情報など何一つ持ってないことはもう伝えました。それには興味ないそうです」
「つまり、単純にお前の能力だけが求められているということか」
「自分で言うのは恥ずかしいですが、フロックス男爵令嬢の説明を信じるならそうらしいです」
人手不足が甚だしい。ゼイニ男爵令嬢は基礎教育を共にして知らない仲でもないし、他の人たちを誘うより気心が知れていて敷居が低い。
というのがアレジアの物言いだった。
「むむむ……」
ドイル・ゼイニは腕を組んで唸ってしまう。このままフィリーを遊ばせておくのは勿体ないとは思っていたが、敗北する可能性が高い第二王子の婚約者に与して良いことがあるのかどうか。
「お前はどうしたいんだい、フィリー」
最近はリブリーとの仲も婚約者としてかなり深まってきて、もしかしたら最初の婚約者より相性がいいんじゃないか、なんてノロケ気味のリガーが尋ねてくるが、
「私はお兄様とお父様の指示に従います。家にこれ以上迷惑をかけないことが私の望みです」
本来後継ぎである兄さえ守れれば何も問題などなかったのに、兄も父も全力でフィリーを守ってくれた。
であればフィリーが望むことは最早それだけだ。それ以上を望んだらバチが当たるというものだ。
「お父様の判断をお聞かせ願えますか?」
ドイル・ゼイニは再び唸った。
ドイルは元々フィリーと同じガリ勉タイプである。興味のあることだけ調べてきた結果として法や規範については余人の追及を許さないと自負しているが、あまり世渡りが上手な方ではない。どちらかというとマネージャーではなくてプレイヤー寄りなのだ。
問題解決のような限定状況下では真価を発揮できるがフリーハンドを与えられると混乱する。戦略より戦術を、戦術より小手先の技術を得意としているのだ。
で、あるからして、
「リガーよ、お前が決めるが良い」
「私ですか!?」
「そうだ。これからのゼイニ家を率いていくのはお前だ。お前が良いと思う選択肢を選ぶといい」
人それを丸投げというが、一方でリガーは父や妹と違ってふんわりした状況でも迷わずに進めるタイプだった。
自縄自縛とは無縁、支えや根拠がなくても困りはしない。
多少は途方に暮れてもまぁいいやで再起動できるのがリガー・ゼイニの強みである。いつまでもクヨクヨしない前向きさがリガー・ゼイニにはある。
であれば、
「フィリーが入りたければ入るといい」
妹の好きな方を選べばいいだろう。ゼイニ家は二度、オウランの脅威を乗り越えた。
二度あることは三度あるし、三度目の正直という言葉もある。つまり未来なんて分からないんだから好きな方を選べばいい。
しかしリガーはミスティ陣営を知らないから「好き」も「嫌い」も決めようがない。
であれば知っている者に決めさせるしかない。
「しかし、お兄様に迷惑がかかればコート男爵令嬢も」
「それは大丈夫、あの領地は本当に自己完結してるから。オウラン家の圧力があっても原始的過ぎて潰れようがないのさ」
コート家もフェリトリー家と同じく農業収入がほぼ全ての領地だ。自産自消で生きている連中には政治的圧力は及びにくい。
「せっかくの人生だ、やりたくないことをやるよりやったほうがいいに決まってる」
兄にそう言われて、フィリーの覚悟は決まった。知るべきを知るために生きてきたフィリーではあったが、その実はたくさんの人に助けられて今ここにあるのだ。
ウィンティに恩を返す機会は失われてしまったが、アーチェに恩を返す機会は開かれて今、目の前にある。
尻軽女と蔑まれる肩身の狭い立場にはなるだろうが、この恩は返しておきたいと思う。
「私、お誘いを受けようと思います」
「分かった。第二王子の傘があればオウランに泣き寝入りしなくてもすむかもしれないしね」
「何がどう転ぶかは分からない世界だ、と私が言ってはいけないのだろうがな」
そうしてフィリーはエミネンシア家の敷居をまたぎ、
「私は彼女を入れたいと思うんですけど、どうでしょうか?」
「アーチェは不安はないの? その」
「ぶっちゃけ最初にウチにいたって言ってもシアが拉致して連れてきたみたいなやり方でしたし。陣営がどうこうって意識もなかったでしょうし。改めて所属を意識してその上でウィンティ様を蹴ったっていうならウチの水の方が合うんじゃないかと」
なんかすごい軽いノリでフィリーは一先ずエミネンシア侯爵令嬢ミスティの腹心、シーラ・ミーニアル伯爵令嬢の部下として働くことになった。
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