■ EX19 ■ 閑話:フィリー Ⅱ






 そうして質素な食事を終えたフィリー・ゼイニは自室に戻るとリガー・ゼイニの名義でアーチェ・アンティマスクへと手紙を認める。

 最近アレジアたちが何に忙しいか、席を寄せて零れ話を聞いていたフィリーは知っている。

 アレジアたちに負担をかけてしまい申し訳なくも思うが、背に腹は代えられぬ。


 そうして送り返されてきたプロフィールシートを家族三人で覗き込む。


「えっと、これを記入して送り返せばアンティマスク伯爵令嬢がお茶会をセッティングしてくれる、ってことかい?」


 リガー・ゼイニは半信半疑で返信の文章とプロフィールシートを何度も見比べている。


「……何故アンティマスク伯爵令嬢はこのような事をやっているのだ?」


 父の疑問はもっともであるが、それはフィリーにもさっぱり分からない。

 そもそも上期のブロマイド騒動からして、何故アーチェがあんなことをしていたのかウィンティ陣営もよく分かっていなかったのだ。

 写真という独自技術の売り込みではないか、という一応の予想はできているのだが……


 ミスティ陣営の動きを先読みできるものは学園に誰一人としていない、と言っても過言ではない。


 自陣営を強化するのに時間を割ける夏休みに何故かフェリトリー領などというど田舎に赴いて、たかが一男爵家の財政再建なんぞをのんびりやっている。

 これまでのオウラン公爵の対応からして、王位争いに負けたらミスティ達の命が危ういのはほぼ明らかなのに、フェリトリー男爵領なんぞにひと夏を費やす価値があるのか?

 ウィンティたちが総出で議論をしても答えなど出るはずもない。更にはミスティまでが直々にフェリトリー領へ赴いたとあって混乱は更に弥増した。


 いったい何があの領地で起こっているのか。

 どれだけ探ってもリスクを覚悟で獣人という安価で危険な労働力を使った、ただの領地再建にしか見えない。答えは未だ闇の中だ。


 ミスティ陣営の、特にアーチェの行動はその全てが破天荒かつ一貫性がない。退屈はしないだろうが……あれに振り回されるアレジアは大変だろうとフィリーは思う。

 プレシアには、あれくらいで丁度よかろうが。


「何にせよ、書いて送るまでなら只です。やってみる価値はあるものと」

「そうだな、今は藁をも掴む時だろう。書き進めなさいリガー、両親が子の配偶者に求めることの欄は『家計に余裕がある』で構わん」

「……それで候補が見つかりますかね」


 リガーは流石に金の無心が過ぎやしないかと頬をひくつかせるが、


「候補が見つかっても婚約が成立せねば話にならんだろう。我らは溺れている最中なのだ、藁をも掴もうとしている状態で何の遠慮をするというのだ」


 確かにそれもそうか、と頷いたリガーが残りの空欄を埋めてそれを封入、何故か返信先に指定されているプレシア・フェリトリーへと発送する。


 そうして待つこと一週間、


「本当に返信が来た……」


 見合い写真を撮るので日時を指定するよう連絡を受けたリガーは完全に狐につままれたような表情になっている。

 これをすることによってアーチェにはいったいどれだけの利益があるのだろうか、それが全く分からないが故に。


「何にせよお返事ですお兄様」

「あ、ああ、そうだね。候補は……最近茶会どころじゃないしな。いつでも良さそうだ」


 即座に返信を送ると、ちょっと独特なアレジアの筆跡で了解の旨の返事が届く。


 そうして写真撮影を終えた更に数日後、


「本当に紹介が来た……」


 お相手の見合い写真を受け取ったリガーは完全に狐につままれたような表情第二回目になっている。

 お相手はリブリー・コート男爵令嬢。コート男爵家の三女だそうだ。


「どうですの、お兄様」


 いまフィリーの手元にある便箋は相手の写真と、相手側のプロフィールからいくつか抜粋されたと思われるリブリー嬢及びコート家の情報だ。


「ええと、相手方が求めているのは法知識のある人、か」


 僅かにリガーは顔をしかめる。

 自分も頭は悪くない方だとは思っているが、父はさておき仮に同い年ならば妹にも劣る、というのがリガーの見立てである。

 その事実をしっかり受け止めながらも妹を愛せるリガーは人格者ではあろうが、リブリー・コート男爵令嬢が求めているのは人格ではなく知識だ。


「家族ぐるみの付き合いになれば知識の出どころは家になる。問題はなかろう。私もいくらでもフォローするぞ」

「……元より縋るしかない藁ですしね」


 リガー・ゼイニに後はないのだ。お見合い写真からしてコート家はあまり垢抜けていない田舎領地に見えるが、幸いリブリー自身の容姿にリガーは文句はない。

 本音を言えばやや好みから外れているのは事実だが、性格さえ良ければ可愛く見えてくるものだ。

 そうしてお見合い当日。


「じゃ、じゃあ行ってくるよ」


 男爵家のため専属の侍従などおらず、使用人を一人引き連れ馬車へと乗り込む兄をフィリーは戦々恐々で見送った。

 同じ男爵家どうしだ、家格で見劣りはしまい。だが求めることに『家計に余裕がある』と記載してしまった以上、貧乏貴族と馬鹿にされる可能性もある。


「少しは落ち着きなさいフィリー」


 談話室にて、ティーテーブルの対面に座る父ドイルがソワソワ落ち着かないフィリーをそう嗜めるが、


「お父様こそ。そのカップ、既に空ですよ」


 口につけようとしたティーカップに紅茶が入っていないことを指摘されたドイルは無言でカップをソーサーへ戻す。


「にしても、長いな」

「お父様、まだお見合いが始まるか始まらないかぐらいですわよ」


 ドイルの侍従が新しいお茶を淹れてくれるが、二人共味わっている余裕もなく、すぐにカップは空になってしまう。


「長いですわね」

「長いな」

「旦那様、お嬢様、まだ紅茶が一杯空になる時間しか経過しておりません」


 侍従に指摘された二人ではあったが、結局「長い」を延々と繰り返すことしか出来ず、ただリガーの帰りを待つ。


 そうして、


「リガー、どうだった?」

「お兄様、如何でしたか?」

「ああ、うん。多分、悪くなかった」


 帰宅したリガー曰く、コート家は南部に位置する気候を活かした果樹栽培が好調で、収入に関しては男爵家の中でも安定して少し多い方らしい。

 しかしそれ以外には見るべき点がない田舎で、良くも悪くも自己完結した閉鎖領地なのだそうだ。


「ただ今秋、領地を貫く街道をフェリトリー家が全面舗装路にしたいと言い始めて、少し困ってるらしいんだ」


 これまで自己完結していたコート領だが、王都とフェリトリー領の途中に位置し、しかもそのフェリトリーが財政再建の一環として道路の保全改修を訴え始め、これに対処する必要が出てきたのだとか。


「だからフェリトリーに有利な条件で事を進められないようにするためにも、法律とかの知識が欲しいらしい」


 しかも街道に宿場も欲しい、というのがフェリトリーの要望である。その利便性は理解しつつもフェリトリーの為に何でこちらが、とも思うし、しかし宿場の収益がフェリトリーに転がり込むのは業腹でもある、と。

 だけどどうすればそれらからコート家が適切な利益を得られるか、閉鎖領地だったコート家にはそういった先を見越しての投資をする知識が無いそうなのだ。


「成程な、領土を跨いだ案件は必ず揉めるからなぁ」

「でもそれならお父様がカバーできますわね」


 ドイル・ゼイニはオウラン家の制裁を自力で乗り切った例からも分かるように、法や慣例についての知識に明るい。

 ドイルが助言するならばコート家もフェリトリーにしてやられることはなくなるだろう。互いが求めるものをコートもゼイニも過不足なく備えていることになる。であれば、


「で、どうでしたのお兄様。コート男爵令嬢は」

「ああ、うん。その、悪くないと思う、性格も相性も。次の茶会の予約も口頭だけどしてきたし」


 なるほど、とドイルもフィリーも生暖かい目になってしまった。

 何だかんだでリガーはコート男爵令嬢リブリーを気に入ったようで、さっきから返事が軽くうわの空なのはそういうことだろう。


「ではこちらからもコート男爵に打診して婚約の準備を進めるぞ、それでよいな」

「は、はい。お願いします父上」


 幸いコート男爵からも色よい返事を頂けて、晴れてリガー・ゼイニとリブリー・コートの二人の間に婚約が成立、王家の承認も頂き、これにて新年のダンスパーティーでも恥をかくことはなくなっただろう。

 めでたしめでたし、ではあるのだが――






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