■ EX19 ■ 閑話:フィリー Ⅰ






 さて、命運尽き果てた筈が何故か生き延びてしまったフィリー・ゼイニは翌日から学園における授業の虫とならねばならなかった。

 というのも紙面上はこれまでのフィリー・ゼイニと今のフィリー・ゼイニは別人という扱いになっているので、今からだと進級の為の単位が割とカツカツなのである。

 とはいえ前期日程の単位は再試験に受かれば取得できるものもあるので、進級は多分できるはずだ。


 あれ以降、オウラン陣営からの接触はない。


 恐らくはゼイニ家が男爵家としては決して安くない出費を強いられたことで制裁は為されたと判断されたのだろう。

 あるいは闇に紛れて動ける手練の手駒をたった一日で片手の指以上も失って、たかが男爵家相手にこれ以上は元が取れないと損切りしたのかもしれない。


 いずれにせよフィリー・ゼイニの学園生活は再び続くことになり、そして一連の騒動を知るごく一部の者を除いてはフィリーは何ら変わらずフィリーのままである。


 何はともあれ、勉強の再開だ。


「今度から陣営の出入りそういうのは相談してから動くように!」


 父と兄にこってり絞られたとはいえ、説教だけで許してくれた二人にはどれだけ感謝しても足らないだろう。

 あと母が体調不良で夏の館カントリーハウスに残っていて冬の館タウンハウスにいないことも知神に感謝である。いれば説教が二人から三人になっていただろうから。

 もっともいずれ知られるのはほぼ間違いないので、説教が先延ばしになってるだけとも言うが。


――とにかく、お布施の額くらいはいずれお父様に返さないと。


 一家に出費を強いたのは己の愚行によるところ大である。

 せめて失った金貨くらいはいずれ返せるようにならねばならず、そのためにはせめて文官として王城で働けるくらいの身分が必要になる。


 王城勤務の文官となる。

 そう目標が定まればフィリー・ゼイニは元々知識に対して貪欲である。目標達成に向けて学習の日々これ再びだ。


 フィリーが学園図書館を第二の住処とする生活を送り始めてから暫くして、お昼のミスティ陣営昼食会にアーチェが参席するようになった。

 どうやらフェリトリー領での男爵代理を大過なく終えて王都に帰ってきたらしい。


 アーチェが帰ってくるとミスティ陣営の面々の空気が目に見えて陽気になったのが、こうして前後を観察しているとよく分かる。

 実際ウィンティもミスティが、ではなくアーチェがと語っていたし、実質アーチェ陣営だよなあ、と。

 そこまで考えたフィリーは謎の怖気に襲われて、暫くの後にその怖気の正体に気が付いて二度背中を冷や汗で濡らすことになった。


 誰もがアーチェだけを見ていて、ミスティの事など眼中にもない。

 しかしアーチェが不在でもミスティ陣営は若干陽気さが欠けていただけで何も問題なく回っていたのだ。


 アーチェが派手に動いているせいで、誰もミスティやシーラなど視界に入らない。

 アーチェの影で黙々と力を蓄えている伏龍に誰も気付いていないのだ。


 そのことをウィンティに告げるべきか僅かに悩んだが、結局フィリーはそれを諦めた。


 今のフィリーは裏切り者だ。ウィンティを守る燕雀の群れに阻まれてウィンティまで辿り着けないのは目に見えている。手紙でも同じことだろう。

 それにもうフィリーはウィンティ陣営でも何でもない、唯のフィリー・ゼイニだ。ウィンティには基礎教育を指導して頂いた恩義があるが、それを言うならフィリーはアーチェにも恩義があるのだ。であれば何もしないのが吉だろう。フィリーは本の虫へと戻る。


「ごきげんよう、ゼイニ男爵令嬢。最近はよく図書館にいるのね。派閥の活動はいいの?」


 そう尋ねてくるフロックス男爵令嬢アレジアも最近は図書館に来ることが多いとフィリーは感じていた。

 なにがしかの調べ物をしているようだが、手に取る資料には脈絡がなくて、何を調べているのかフィリーには分からない。


「ごきげんようフロックス男爵令嬢。派閥は抜けたの。私程度じゃオウラン公爵令嬢の手助けにはなれないって分かったから」

「えぇ……ゼイニ男爵令嬢ですらお役御免って、オウラン公爵令嬢の陣営って層が厚いのね。ちょっと勘弁して欲しいわ」


 お世辞かと一瞬思ったが、アレジアはどうやら本気で辟易しているようだ。事実を教えてやろうかと思いもしたが、結局口を噤む。

 ウィンティ陣営自体は好きになれなかったが、最後に話ができたおかげでウィンティ個人には僅かばかりの忠誠心が残っている。


 あるいはそれが狙いでウィンティはフィリーにああいう作り話・・・をした可能性もあるだろうが、あれが芝居だとしても、その程度は騙されてやってもいいだろう。

 元より大したことは知らされていないのだし、語れることは多くはないのだから。


「なら今後は少しは時間が取れるのね。今度お茶会でも如何かしら?」

「……ウチで主催は無理っぽい。ちょっとウチ、お金なくて」


 フィリーの養子縁組でかなりゼイニ家の財政は痛手を被ることとなった。今後は爪に火を灯すような節約が求められるだろう。

 流石にお茶会なんぞを開いては兄と父に申し開きもできやしない。


「シアの冗談を真に受ける必要はないわ。じゃあ機会があったら招待状を送らせて貰うわね」


 ニコリと笑ったアレジアが図書館を後にする。どうも今までの反応からしてアレジアはフィリーにある程度の親しみを抱いてくれているようだが、その理由がフィリーには分からない。


 ただ結局、アレジア達とのお茶会はその後招待状も届くこともなくお流れとなった。

 昼休みの食堂会談でアーチェたちが半分死んだような目になっているから、また何か忙しくなったのだろう。例えば、上期のブロマイド騒動みたいな。




――――――――――――――――




「婚約を破棄された?」

「正確には婚約解消だけどね……」


 兄リガー・ゼイニが夕食中に力なくそう告げてうなだれる。

 どうやらゼイニ家がオウラン家から制裁を受けたことを独自の情報網から割り出したお相手が、道連れを避けるために婚約解消を打診して来たらしい。


「それで、解消を受け入れたのですか?」

「受け入れるしかないだろう。オウラン公爵家に睨まれてはあっちだってこの先の未来がないからね」


 兄の口ぶりからして、どうやら実際に相手の家にオウラン家が揺さぶりをかけたものと見える。

 ネチネチと嫌らしい奴だ、とフィリーは憤ったが相手はオウラン公爵だ。王国最大の貴族だ。フィリーがどうにかできる相手ではない。


「とはいえ、この時期に婚約解消は辛いな……」


 三年生にしてゼイニ家の惣領息子であるリガー・ゼイニには、年明けのダンスパーティーが待ち構えている。

 ここで婚約者がいない跡取りは完全に個人の能力も魅力の欠片もない無能として侮蔑嘲笑の的になる。

 あまりに時期が悪い。否、オウランの嫌がらせの意図がそれなのだろう。

 次の婚約者が見つからないように時間をおいた今になって仕掛けてくるとは最早お手上げ……いや。


「お兄様、まだ懐に多少なりとも余裕はありますか?」

「結婚資金として温めていた金が多少はあるけど……この程度では新たなお相手を探すための足掛かりにすらならないよ」

「大丈夫です、まだ何とかなるかもしれません」






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