■ 95 ■ 家族の語らい Ⅱ






「お見合いのせいで最近お姉様たちと過ごせる時間が減ってますけど、どうです? フィリーは上手くやれてますか?」

「今のところは問題なくやれてるわね。シーラも結構優秀だって褒めてたわよ」


 なおそのゼイニ男爵令嬢フィリーだけど、シーラの教育方針により地図を書く場にはまだ伴わないようにしているそうだ。

 相変らず自分にも他人にも厳しい女だな、とは思ったけど口には出すまいよ。あいつにはあいつの方針ってもんがあるからね。

 それにそこそこ気を使ってはいるのかフィリー自身はあまり窮屈してるようには見えなかったし、一応二人は新しい関係を上手く成立できているのだろう。


「シーラにとってフィリーは初めての部下ですし、あいつも自覚のない不満やストレスを溜めることもあるかもしれません。お姉様がマメに気を使ってあげて下さい」

「そうね、二人に助けられている身で偉そうな物言いだけど、配下を持つって結構気が重いこともあるものね……なんですの、お父様」


 お姉様がそう頷く横ではバナールが温かさと生温かさの中間ぐらいの笑みを浮かべていて、


「いやなに、お前が配下に気を使えるようになるとは随分と成長したものだと思ってね。真、よい配下に恵まれたのだな」

「……過去の話は止めて下さいな。私だって恥じているのですから」


 プイ、と横を向いたお姉様とバナールは何だかんだで親子仲が良好みたいで、まあウチと違って結構なことだよ。


「なんにせよ在学中の王家が学園にいる場合、学園の揉め事はこれが仕切ることになる。オウラン公爵令嬢の卒業後に彼女の後を継ぐのはお前だ、早めに留意しておきなさい」

「ああ、そういう暗黙の了解があるんですね。これは来年から荒れそうだなぁ、絶対ウィンティ配下が何か仕掛けてくるでしょうよ」

「……今から気が重いわ」


 ヴィンセントの在学中は大して問題も起きなかったけど、ここで彼が卒業すると同時に問題が噴出すれば、王座に相応しいのは誰かが一目瞭然になる。

 こいつぁなかなかヘビーだぞ。問題ってのは起こすのが一番簡単で、その次が問題を解決すること。一番難しいのは問題を未然に防ぐことだからね。


 あ、じゃあお姉様の方針を今のうちに聞いておくか。


「で、どうしますお姉様」

「どう、というのは?」

「仮にウィンティ様の陣営が何か企んでいると事前に察知できた場合、問題が起きてから解決するのか、問題が起きる前に潰すのかですね」

「えぇ……それは問題が起きる前に潰せるのが一番ではなくて?」


 そう思うじゃん? ところがそうじゃないんだよ。


「仮に問題が起きる前に潰したとしても、誰もお姉様に感心しませんし評価も上がりませんよ? だって何も起こらなかったってことなんですから。お姉様は幸運な奴だな、で終わりです」


 世の中の人は問題を起こさなかった人より問題を即座に解決した人の方を持て囃すのだ。

 仕方のない面もあるけどさ、未然に防いでいる人の功績ってのは目に見えにくいからね。


「評価を上げたいならわざと問題が起きるのを待って、それを速効で潰した方が生徒からのお姉様の評判は上がります」

「……嫌な話ね、それ。学園が荒れるのをあえて見過ごした方が私は名声を高められるってことじゃない」

「当然ですよ。学園ってのは社会の縮図ですからね」


 そう指摘するとお姉様も気がついたようだった。

 ここでどういう判断をするかで、仮にお姉様が王妃になった時にルイセントにどういう助言をするかが可視化されるのだ。


「ひどい引っかけねアーチェ。それって結局、事前に潰す方がいいってことでしょ?」


 学園の生徒にはそこまでは分からないだろう。だけど大人の貴族たちは学園の外側から私たちを見ている。

 そしてそんな中、ウィンティは見事に大過なく三年間の学生生活を今終えようとしているのだ。


「はい正解。自分の国が荒れるのをわざと見逃す人を王位には付けたくないですからね」


 自分の武威を誇るためにわざと乱が起きるのを待つ王なんて最悪ではあるだろう。


「だけどお姉様、障害を一掃するためにわざと叛乱を促してこれを一掃する。これもまた国のために取れる策だというのは覚えておいて下さい。未然に防げば水面下に逃れるものも出ますからね」

「……時には非難を浴びる手段も取れ、とアーチェは言いたいのかしら?」


 そうでもあるし、そうじゃないとも言えるね。


「アトゥラよ。これは昔から言われることであり、今に始まった話ではない。沈黙する者も非難され、多く語る者も非難され、僅かに語る者も非難される。世に非難されない者はいない。ただ誹られるだけの人、ただ褒められるだけの人は過去にもいなかったし、未来にもいないであろう。現在にもいない」

「ほう、アーチェは噂通り勤勉なのだね。まさしく真理だとは思うがいったい誰の言葉だい? 初めて聞いたぞ」


 ヤッベ、この世界お釈迦様いないんだったわ。


「すみません誰の話かは忘れてしまいました。ただ重要なのは何をやっても非難されるんだから、一々気に病む必要はないと言うことですよ。もっとも何一つ気に病むことがなくなった者はいずれ暴君と呼ばれるようになるのでしょうが」

「……知るべきではあるけど聞きたくない話だったわね。頭が痛くなってくるわ」


 そりゃあそうさ。政治家ってのは腰まで悪意の汚泥に浸かりながらやる仕事、きつくて汚いドブさらいだぞ。

 善人が政治家を志したが最後、延々疲弊していくだけの未来しか無い。権力以上に甘くて足が速い果実なんてこの世に存在しないからね。


「為政者に救いなんてないですよ。国は義によって興りますが、そうやって建った国を生かし続けるのに必要なのは策謀と一欠片の良心ですからね」


 クーデターだろうと革命だろうと天下統一だろうと、一応国を興した連中が掲げるのは義だ。

 だけどそうやって興った後の国は必ず内部で権力争いを始めるし、外国は虎視眈々と厚顔無恥な態度で蚕食をたくらんでいるから、義を貫いて国を維持することなどできるはずもない。


「……アーチェはそういう話をグリシャから教わったのかい?」

「それはあり得ませんわバナール様。お父様が私に伝えるのは命令だけです。乳母すら付けられなかった私を育ててくれたのはメイであり、私に知識をくれたのは家庭教師ガヴァネスですから」

「ああ、だからアーチェの物言いは先生っぽいのね。それに学園でも先生方とばっかり話してるし。納得だわ」


 遠回しに説教臭い、と言われたのは業腹だけど、経歴を振り返ると反論できない自分もいて悲しくなるね。


 何にせよエミネンシア家のお茶会は平穏に終了した。平和な家庭っていいものだよ、気楽に話ができてさ。






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