■ 94 ■ アイを下さい Ⅲ
なるほど、これは確かに訳あり人材ね。
「それで、ウチに入りたいってことでいいのね?」
「はい、許していただけるならば、ですが……」
久しぶりのエミネンシア家談話室にアリーシアが連れてきたのはフィリー・ゼイニ男爵令嬢である。
誰それ? はいプレシアが最初に連れてきた避雷針で、そして最初にウィンティ陣営に移動したはずの学びたがり少女、だったはずだ。
「今更なんで? ウィンティ様、配下の教育やめちゃったの?」
「はい、というか普通に私たち全員が令嬢未満を卒業したから、ではあるのですが」
ああ、基礎教育が終わったから普通の学生、派閥の一員としての扱いに移行したってわけね。
であれば、
「ウィンティ様陣営を離れてもいいことないわよ? あっちで堅実に学びを深めて知識を蓄えてウィンティ様にアピールすれば、ゼイニ男爵令嬢は勤勉だもの。多分重用して貰えるんじゃないかしら」
「……いえ、男爵家の娘ごときに重要な仕事が任せられることはありません。あちらは人材が多すぎるんです」
……あー、それは確かに。そりゃあ第一王子派は人多いだろうよ。
だって順当に考えればヴィンセントが次の王様だもん。そのお零れに預かりたい人はそりゃあボンガボンガいるわな。
「あそこでどれだけ頑張って学んでも、学んだことを活かせる未来が想像できなくて……もうウィンティ様には派閥を抜ける旨を伝えて了承頂きました」
え? もうウィンティに辞表提出してきたの? 何この子、ちょっと思い切りよすぎじゃない?
「それはちょっと焦りすぎたわね。悪いけどまだウチに入れるとは決めてないわよ」
「そうじゃなくてアーチェ様、この子私たちが声かける前から既にウィンティ様陣営抜けてたんです」
は……? マジかよ、そんなにウィンティ陣営は居辛かったのか。
いや、それにしてもやっぱり私からすれば焦り過ぎのように思えるのだけどなぁ。
ここは私が成長できる職場じゃなかった、とか言って一年で辞めていく新入社員みたいなあれとかじゃないの?
「こう言ってはなんだけど、学生の間は派閥がどうだとか言ってないで自分の学びたいことを学ぶのが一番よ? 陣営とか関係なしに教師たちが聞けば教えてくれるの、学生の間までなんだから」
私の本心を伝えると、シーラの表情は変わらないのだけどお姉様、アリーシアの三人がどこか私を非難するような目を向けてくる。
「そりゃあアーチェ様は内心が老けてるから勉強が楽しいんでしょうけど私たちはもっといろんなことを楽しみたいんです! 今が楽しくなきゃ未来のために勉強して何になるんですか!」
てめープレシアこのパリピやろー、誰が内心老けてるって? 事実だから言い返せないけどさ。
くぅっ、なんか子育てしてる気分になってきたわ。
前世記憶だけど、学生の時遊んでた大人って大概はもう少し大学で真面目に勉強しとけばよかったって考えると思うんだけど……
私だって大学時代は真面目に勉強してたかと言われるとうーんだからなぁ。
でも生きてて楽しくないなら勉強も苦痛でしかないだろうし……確かに友達とワイワイできない学生生活は楽しくないかぁ? 言われりゃそれもそうだよな。
効率だけ考えてたらお父様みたいになっちまうもんな。少しばかり反省するべきかしら。
「シーラ、彼女を入れることについてどう思う?」
「私はあまり賛成しないわね。一度はあんたの下にいて、そこからウィンティ様に乗り換えたんでしょ? ならここでウチに入ってももっと魅力的な場所があればウチの情報握ったままフラフラとそっちに行くんじゃない?」
相変わらずシーラは現実的にものを考えるわね。
私たちも秘密にしなきゃいけないことが増えてきたし、忠誠心が薄い奴を入れるくらいなら人手不足でもガッつくべきじゃないってのはその通りだ。
「お姉様はどう思います?」
「私は……人が増えるなら増やしたほうがいいとは思うわ。今も二人には負担をかけてるし……ウィンティ様が基礎教育を終えてるというのなら即戦力になるのでしょう?」
「それは問題ないと思います。ゼイニ男爵令嬢はウチにいたときも学習意欲旺盛でしたから」
「なら是非とも、と思うけど……確かに引き抜きにフラッとついて行っちゃうのは困りものねぇ」
やっぱお姉様的にもシーラ的にもウチを抜けてウィンティをも蹴ったって態度は不安か。まぁ当たり前ではあるけどね。
シーラは反対、お姉様は保留か。まあそんなもんだよな。
「私は彼女を入れたいと思うんですけど、どうでしょうか?」
「アーチェは不安はないの? その」
「ぶっちゃけ最初にウチにいたって言ってもシアが拉致して連れてきたみたいなやり方でしたし。陣営がどうこうって意識もなかったでしょうし。改めて所属を意識してその上でウィンティ様を蹴ったっていうならウチの水の方が合うんじゃないかと」
ウチにいた時は派閥の仕事とかさせずに令嬢教育しかしてなかったし、派閥に属しているという意識はなかったろう。
ウィンティ陣営が彼女にとって初めて意識した派閥だったはずで、そういう意味ではまだ酌量の余地もあると私は思っている。
「一応聞かせて貰いたいのだけど、ゼイニ男爵令嬢。貴方なんでシアの誘い――ああ今回の方よ? に乗ってここに来たの?」
ただウィンティのとこが居心地悪かったとしても、ウチが居心地がいいとは限らない。
同じ王子の派閥なんだから、雰囲気はどっちも似たようなものと考えるのが普通だろうに。
と、思ったのだけど、
「アンティマスク伯爵令嬢にご指導ご鞭撻を賜った私たちですが、結局ウィンティ様の元へ移動した者は誰もがつまらなそうにしています。けどこっちに残ったアレジア様とプレシア様だけはいつも満ち満ちた顔で走り回っていらっしゃいました」
……うんまあ、満ち満ちた顔かはともかく走り回らせているのは事実だよ。だって人手足りてないもん。
「それにエミネンシア侯爵令嬢自らプレシア様のために領地まで赴いたと聞きました。陣営のトップ自らが配下のために国境領地まで赴くなど、ウィンティ様にはあり得ないことです」
うん、なんか美談みたいに捉えられているけどそいつ、王子とラブラブデート休暇で遊びに来ただけだぞマジで。
お姉様今、かろうじて嘘っこの威厳を顔に貼り付けるのでいっぱいいっぱいだね。まあでも本心を押し隠して仮面の微笑を維持できるようになっただけ成長してはいるな。
「一応言っておくけど、ウチの陣営は仲いいけど不利で弱小もいいところ。仲良く皆で友達ごっこしながら処刑台への道を歩いているだけなのかもしれないわよ」
「将来の安全を第一に考えるならウィンティ様の配下を抜けたりはしません。元よりゼイニは田舎の地方男爵家、であれば手堅い安定よりも生き甲斐をこそ私は求めたいのです」
そう、そこまで覚悟が決まってるなら私からはそれ以上言うことはないわ。
「最初からここに残ったアレジア様と同じように扱って頂こう、なんて浅ましいことは考えません。厚かましい恥知らずであることも承知しております。ですがお役目を与えて頂ければ全力を尽すことを誓います。なのでどうか私をお手元に置いてはいただけないでしょうか」
深々と、ゼイニ男爵令嬢が頭を垂れる。
その間にお姉様、シーラとアイコンタクトで意思疎通。ま、私は賛成、シーラは否定。であればお姉様の一存次第だよ。
「……いいでしょう。貴方を私の陣営に加えます」
「! ありがとうございます……! 微力ながら全力を尽します」
そうして、お姉様はリスク覚悟で手駒を増やすことを決めた。なら私とシーラもまたそれに従おう。
「ただし最初は様子見からよ、ゼイニ男爵令嬢。貴方がウィンティ様の間諜である可能性は拭えないのだもの。いきなり私たちの全ては見せられないわ」
「当然の警戒だと考えます。何ら異論は御座いません。ですがどうか私をお認め頂けるならば、どうかフィリーとお呼び捨て下さい」
「分かったわ、フィリー。貴方が今後永久に私たちの同胞となることを期待します」
ゼイニ男爵令嬢もそれで構わないとなれば、さて。
「アーチェ、今忙しいのは貴方だと思うけどフィリーは貴方のほうで使えて?」
「いえ、フィリーにはシーラの下で働いて貰いたいと思います」
最初からそのつもりだったので即座に切り返すと、お姉様もシーラも寝耳に水とばかりに眼を見開いて私を見返してくる。
「私? そもそも私は反対したんだから私の下では彼女も気安く働けないんじゃない?」
シーラが困惑したように言うけど、そこで自分が嫌だから、じゃなくてフィリーの心配ができるのがこいつのイイ所よね。
「それ位の気まずさはフィリーも承知の上でしょ。それに私にはアリーとシアがいるけど貴方にはまだ配下がいないじゃない。このままじゃバランスが悪いわ」
「……私にはあんたみたいに人を的確に育てる才能なんてないわよ」
シーラがどこか気後れしたように言うが馬鹿め。そんな才能私にもないわ。こちとらだって前世では上司の生体ドローンやってたペーペーだぞ。他人を使う経験はお前と大差ないわい。
それでも何とかやってこられてるんだからお前にできないはずがないっての。
「まかり間違って以後ウチの陣営に人が増えれば貴方だって配下を持たずにはいられないのよ。使えるなら育てればいいし、使えなければ切ればいい。ま、ゼイニ男爵令嬢は勤勉だから多分問題ないわ。頑張ってね」
「……そうね、今忙しいあんたに新人教育押しつけてちゃ私がいる意味もないしね。期待するわよ、フィリー」
「微力ながら全力を尽します、ミーニアル伯爵令嬢」
「シーラでいいわ。先ずは私について動きなさい。具体的な指示はそれから考えるから」
「はい、シーラ様」
さて、ゼイニ男爵令嬢フィリーが私たちの陣営に加わったけど、これが吉と出るか凶と出るか。
いずれにせよウィンティが知ったら怒るだろうなぁ。その怒りを私たちの婚活の妨害にぶつけてくれないかなぁ。そうしたらすぐにでも婚活なんか手放すってのに。
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