■ 94 ■ アイを下さい Ⅱ
「シア、アリー、意見を聞かせて頂戴」
アンナが用意してくれた夕餉である薄い野菜スープと味に深みのない芋のグラタンを囲みながら(なお私はふりかけ無しの白米でも単独でかき込める悪食だから粗食には強いぞ)、我が配下二人に意見を請う。
「今のペースだとマッチングする組み合わせよりお断りの方が多くなりそうなんだけど……条件を緩和するべきだと思う?」
現状はゲインリーとアスハのペアと同程度の相性を目指してマッチングを行なっている。
この審査はかなり厳格にやったから今もあの二人はお相手を婚約者に認定できているわけだけど、
「緩和すると……お見合いはするけど婚約は不成立になる可能性が上がるということですよね?」
「ええその通り。だけど婚約が成立する可能性そのものも増えるわ。待機人員も減らすことができるだろうしね」
「でも……仲介料を貰ってますし。お見合いに漕ぎ着けたのにお相手と噛み合わなかった人はアーチェ様を恨むんじゃないです?」
それねー、プレシアの言うとおり現状、面会までこぎ着けた場合は手数料を徴収することにしているからね。お見合い写真撮るから金かかるし。
要するにお見合いが成立したらその時点でお金を回収しているのだ。こっちだって苦労してるんだから金貨の数枚くらいは貰ってもバチは当たらんだろ?
ただここでチャンスを増やせばその分だけ機会も増えるかもしれないけど、婚約成立の確率は低下するだろう。
果たしてこの事実を私に仲介を求める連中が許容するかどうか、という話だ。
私としては正直どうでもいいんだけど――他人の恨みを買うとワケ分かんない理由で暗殺されかねないからなぁ。この国の貴族社会。
「私はこのままでいいと思います。アーチェ様の安全が第一ですよ」
「私もシアと同感です。そもそもアーチェ様に依頼する方々は自分の実力不足で婚約者が得られないんですから。アーチェ様が彼らのために危険を背負う必要はありません!」
ふむ……二人とも同意見か。ならそれに従うのがいいだろうね。
「ありがとう、シア、アリー。二人の進言に従うわ。マッチングの精度は落とさず行きましょう」
夕食の後にアイズが迎えに来てくれたのでケイルをアリーの護衛に付けてフェリトリー家を後にする。
「姉さん、程々にしておかないと倒れますよ。フェリトリー領で熱出したんでしょう?」
「あれは火神の加護を応用して一時的に私の額に熱を持たせたフレインのトリックよ。大丈夫だってば、今回もウィンティ様が助けてくれるから」
「あくまでオウラン公爵令嬢は政敵なんですから。頼りすぎると痛い目みますよ」
「大丈夫大丈夫、ウィンティ様は私を止めざるを得ないんだから。心配ないって」
「だといいのですが……」
そうして一週間が経過しても、
「おかしい、ウィンティは何故妨害して来ないのだ……」
私たちの忙しさは全く変わらなかった。
今日もプロフィールシートとにらめっこして、お手紙書いて、足りない情報埋めに図書館行ってアポ取ってお見合い写真撮ってお見合い打診してお見合いのスケジュール調整してもお見合い待ちの連中が減らない! むしろ増えてる!
「コロナ禍じゃないんだからもっとお前ら恋愛しろよぉ! 肉食系になって野生をカゲキに大開放! 身体を夏にしてイッツオーライしよろぉ! 青春真っ盛りじゃないの!?」
「親の言うとおり婚約したアーチェ様がそれ言うんですか?」
「というか今、冬真っ盛りですアーチェ様」
「さばいてもさばいても底が見えません……」
プレシアのみならずアリーとルナさんまで今ではグロッキー気味で、皆して机を囲んで疲労困憊だ。
「おのれウィンティめ。第一王子の婚約者が聞いて呆れるわ。その程度で私のお姉様を止められると思ってるのか巫山戯やがってぇ……この根性なしめ!」
「これ程酷い言いがかりもそうそう無いですけどね」
「あの、アーチェ様。私少し思ったんですけど」
「なぁによアリー」
「ウィンティ様、今回は妨害したくてもできないんじゃないかと……」
んぅ?
机の天板につけてたほっぺを引き剥がして身体を起こすと、アリーが不安そうな顔でこっちを見つめていた。
「妨害できないって、なんで?」
「前回はブロマイドの売買で、これって学生やるのに不要なものだから阻止できましたけど……婚姻は貴族にとっての義務じゃないですか。邪魔する口実が無いんじゃないでしょうか」
「……言われてみれば」
確かに。いくら誰かが「アンティマスクに頼るのは止めなさい」って強く釘を刺しても、婚約者がいないというのは貴族、しかも世襲貴族家の長男には致命的だ。
どんな手を使っても卒業までに婚約者は欲しいはずだし、そもそも知り合いの伝手で異性を紹介して貰うのは貴族として極めて普通の行動だ。
そしてその見返りに何かしらの便宜を図るのもやはり一般的なことなわけで……要するに私たちの行動は、私と依頼者の間に友好関係がないことを除けば貴族としてあくまで普通のこと。
つまり、どうやっても制限のかけようがないってことか?
「ウィンティよ、お前は王国一の貴族令嬢だろ。お前の実力はそんなもんじゃない筈……そ、そうよ。ウィンティも同じことやればいいじゃない! あっちのほうが顔は広いんだし、私たちより上手くやれるはずよ!」
「無理じゃないですかね」
「なんでよシア!」
「だってアーチェ様、私たちの派閥とか関係なしに今ペアを決めてるじゃないですか」
そりゃあそうだ。だって私たちの派閥なんて両手の指以下の貴族家しかいないんだぞ。
この中から選ぼうとしたって選択肢なんてゼロである。そんなの最初から視野にすら入れられないわよ。
「ウィンティ様なら自分の派閥の中から選ぶでしょ? あちらの派閥に入らなきゃいけなくなるなら派閥争いしたくない人は皆アーチェ様を頼りますよ。だってお金払うだけで済むんですもん」
カコン、とアゴが落ちる。
……本当だ。何で私自分の派閥に関係ない連中のためにこんなに苦労してるんだろう……
改めて自分が何やってるか本当に分からなくなってきたわ。
「アーチェ様って色々な人から様々に誤解されてますけど、本当は頼まれると嫌って言えない底抜けのお人好しですよね」
あー、うん。そうかも。そんな気がしてきた。そっかー、私お人好しだったのか知らなかったわ。
なーんて冗談よ。私にはお父様をやり込め魔王を倒してハッピーエンドへ導くという崇高な使命があるから他人にはお人好しに見える――あれ? 今やってることそれと関係なくね?
「いや、でも今更放り出すのもなんか残った連中が憐れだし……」
「そこでそう考える時点でもうお人好しすぎますよ」
「……そうかも。なんか悪かったわね、巻き込んで」
プレシアやアリーからすれば何一つ自分の得にならないことをやらされているんだから、そりゃあ文句も言いたくなるだろう。
「ここからは私とメイでやるから貴方たちは普通の学生生活に戻っていいわよ」
「アーチェ様、私そういうことが言いたいんじゃないんですけど!」
プレシアが頬を膨らませて睨むけど、どうしようもない。
「分かってるわよ。だけど貴方たちの成長の邪魔していると理解しちゃった以上、私はそうせざるを得ないのよ」
プレシアには聖属性強化のためにも医術を学んで欲しいし、アリーにも自分の興味の赴くままに勉強して欲しいし。
それを私が邪魔しているって一歩引いて冷静になって考えて理解してしまえば、やはり私はそう言わざるを得ない。
「アーチェ様、私たちはアーチェ様に忠誠を誓った身なのでアーチェ様に頼りにして頂けないと悲しいです」
アリーがそう拗ねたように言うが、それは誤解というものだ。
「頼りにしないどころか二人には全力で期待しているわよ。ほら、ミスティ陣営は人員不足でしょ? 今働かせるか、それとも今は学習に専念させて後々のできることを増やすべきか。私は後者のほうがいいかなって考えてるだけで。要は二人の潜在能力を限界まで余さず絞り尽すにはどうするのが効率的か、ってこと」
とまあ本心を伝えると何故か二人の顔がみるみる青ざめていくよ。え? なんで? めっちゃ頼りにしてるって言ったつもりなのに。
「お嬢様、赤裸々に語りすぎです。旦那様ならいざ知らず普通の人はそこまではっきり言われると逆に引きます」
おっといけね、最近大人と話してばっかりだったからついザックリ言っちまったぜ。
「つまり端的に言えば二人には今は知識を蓄える方を優先して欲しいわけね。そうすると未来の私が凄く楽できるから」
「そう言われると返す言葉もありませんが……」
「でもそれってつまり、要するに人手が足りないってことですよね」
「そうね、要約してそれが全てではないけど、人手が足りないのは厳然たる事実だわ」
そう言うと何故かアリーシアが顔を見合わせて何やらアイサインを送り合い始める。
なんだ? この二人もしかして人手不足解消手段でもなんか持っているのか?
「であればアーチェ様、一人私たちの陣営に取り込めるかも知れません」
「ただ取り込んでいいか悪いかは私たちにはわかんないんでそこはアーチェ様が判断して下さい」
ふむ? この弱小ミスティ陣営に今更入りたい人がいるの? ただし訳ありみたいだけど……
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