■ 94 ■ アイを下さい Ⅰ






「どうしてそれの返信先にウチを指定したんですか!」


 フェリトリー家に届いた大量の封筒inプロフィールシートを前にプレシアが肩を怒らせアリーが青ざめ、ルナさんが引きつった笑みを浮かべる。


「ウチに届いたらお父様から絶対文句が飛んでくるからよ。ここ、他に郵便物なんか届かないでしょ?」

「届きませんけど!」

「またあの大騒ぎ再びですか……」


 ルナさんが繰り返される歴史に軽く引いてしまうけど、大丈夫。


「今回もまたウィンティ様が何とかしてくれるわよ。それまでの辛抱ね」

「なんかもうアーチェ様の中では完全にウィンティ様の妨害が救援扱いですね」


 うん。アリーの言うとおり私の中ではウィンティは救いの女神として認定してるよ。

 だからお願い、今回も早めに妨害してね。貴方の尽力を私たちは心の底から待ち望んでいるから。


「とりあえずこれを捌いていくわよ。先ずシアは未記載のプロフィールシートを量産して貰える? 多分第二波第三波が後から来ると思うし。はいこれ見本」

「……アンナ使ってもいいですか?」

「貴方がフェリトリー当主代行なんだから、貴方が必要と思えばそのとおりに」

「やった! アンナちょっとこっち来て手伝いをお願い! アーチェ様の許可取ったからねぇ!」


 なお、この館の数少ない使用人を酷使すればどこかに不足が出るのだが……それを私が教えてやる必要はないね。


 久しぶりに会ったアンナは食料状態が改善されたためか、年頃の女の子らしいふっくらとした柔らかさと血色の良さを取り戻したようだ。

 うん、女の子が健康的かつ満ち足りた生活を送れているのを見るのはやっぱり私としても好ましいわ。ま、偽善だけど。


「久しぶりねアンナ。どう? 平和にやれてる?」

「アンティマスク伯爵令嬢のおかげを持ちまして」


 ふむ、そこで一線を引いた挨拶ができるあたり、アンナも随分と貴族家での対応に慣れてきたのかもね。


「それは結構、何か困ってることとかはなくて?」

「あー、遠慮なく言えば厨房専属が欲しいです。お嬢様が勝手に料理を始めるので」

「ちょっとアンナそれアーチェ様には言わないでって言ったじゃない!」

「ほぉう、くわしく聞かせて貰えるかしら」


 アンナ曰く、何だかんだアンナたちに仕事を振って手が回らない状況を作り上げ、その上で厨房に人が足らないからと大手を振って芋を剥き始めるらしい。

 こ、姑息だ……人員不足を逆手に取って主人自らが動かなきゃいけない状況を作り上げるとか。不足が出ることは承知の上なのね、ちょっとプレシアを舐めてたわ。


「ひ、人手不足だから仕方なくなんですよぅ。自発的にやってるわけじゃありません!」


 本当、小細工に関しては文句の付けようがないほど用意周到ね。

 でもできればそういう機転と才能はもっと別のことに生かして欲しかったわよ、私としては。


「で、今日の夕食担当は」

「私です」

「ではアンナは通常業務に戻りなさい。ここは結構よ」

「そ、そんな!」


 恭しく頭を下げて退室する際にアンナがザマアミロとばかりに軽く唇だけで嗤う。

 なおその眼は「私が真面目に使用人やってるのにお前がお貴族様やくめを降りるのは許さん」と如実に物語っていた。ホント仲いいわね、この子たち。


「ルナさんは開封と返信用封筒の作成をお願い。私とアリー、メイでプロフィールの精査よ。では開始」


 そんなわけでプロフィールシートのチェックを初めてすぐに、アリーはこれがいかにヤバイ物か気がついたのだろう。

 怖気の混じった顔で私のほうを呆然と見つめてくる。


「アーチェ様、これ……だから面倒でもウィンティ様が止めるまでやるってことですか」

「相変らずアリーは聡いわねぇ。そういうこと。今回は手間は手間だけど全く私たちの役に立たないわけではないわ」


 当初はどうせ二人分だけだから、という理由で特に考えなく作成したプロフィールシートだけど、わりとこれ重要な情報がギッシリ詰まっていることに後から気がついたのだ。

 特に、


・両親が子の配偶者に求めること

・領地が求める人材

・婚約者に求める技能


 の三つがヤバイ。これを読み解くとその領主一族が求めている人物像、ひいては領地に不足している人材もしくはこれからの方針が朧気ながらも浮かび上がってくるのである。


 無論、完璧にそれが見えるわけではない。両親が求めること、の項目とかは「両親に正面から逆らわないこと」とかだったり、婚約者に求める技能は「田舎でも退屈しない」とか。

 そういう記載から得られる情報はあまり私たちが欲しいものではない。だけど人によってはここをガチで書いてくる人もいるのでね?


 記入は必須じゃなくて任意ってことにしてあるけど、マッチングの精度を上げるためになるべく正確にお書き下さい、って一文があるとやはり空欄は全部埋めたくなるわけでね。

 だって彼ら彼女らは婚約者が見つからないから焦って私なんぞに仲介を求めてきているんだから。余裕綽々な人なんていないんだからそりゃあ必死で埋めるわな。


「いずれウィンティの手の者が手を回してこのプロフィールシートをウィンティに届けるし、そうすればウィンティだって焦ってなるべく早く手を打とうとする。今回はすぐに収まるわよ」

「確かに、これは第一王子陣営としては看過できませんしね」


 納得したようにアリーが頷いて作業に戻る。

 アリーには一度お姉様の家に寄って、土地利用図、及び領地特徴図を持ってきて貰っている。

 その中に今回のプロフィールシートから得られた、おおよそ領地の内情と思われる情報をどんどん追記していく。

 それをやっている最中ですら、


「姉さん、今日の新規追加分です」

「……またこんなに追加ですか」


 新たに十通、アイズが私たちに仲介希望のお手紙を届けに来てくれる。


 なお脅迫のお手紙を送った四人だけど、四人共が震える文字で誰にも明かしていないことを必死に訴えてきた。侍従に書かせていない直筆である辺り、誠意だけは込めたと言ったところだろう。

 ほんとかぁ? と疑いもしたのだけど、ゲインリー伯爵令息インヘルト君が推測として、


「自分と関係がある人間を親密度合い順に逆算することでアンティマスク伯爵令嬢へ行き着く可能性」


 を示唆してくれて、これは私も納得できる話だと思った。あとインヘルト君の頭の良さもね。鼻高々から解放された状態なら普通に優秀だわ、彼。


 あまり思い出したくないけど私、三年生の間でもっとも名前と顔が売れた一年生なんだもんね。


 それに貴族ってのはそもそもが裏を探ることを生業とするような連中だ。

 イキって調子こいてたザマァ野郎にいきなり婚約者ができた。どこの誰が手を貸した、どこの縁だ。あのイキリ馬鹿との仲を取り持てたのは誰だ?


 って考えればゲインリー伯爵令息が私に泣きつく可能性を考える者は少なくないんじゃないかな。

 要するに今回の私は誰に嵌められたわけでもなく、三年生の原因追及能力と嗅覚に負けた、ということだ。ヒヨコとは言え流石は王国貴族だ、舐めてかかれないね。


 なんにせよ、


「両親の希望」

「問題なしです」

「領地適正」

「文面上の食い違いなしです」

「婚約者に求める技能」

「双方充たしてます」

「受け入れられないタイプ」

「障害、多分ありません」

「ではこの組み合わせで。で、今は何組成立してる?」

「えっと、三組です」


 チクショウが、私とアリーでダブルチェックしながら相性確認して行くも、書面上の要求ですら中々噛み合う組み合わせってのは成立しねぇぞ。


「メイ、スケジュール調整。この三組とのお茶会をセッティングして」

「畏まりました……が、このペースですと要望がどんどん積み上がっていくと思われますが」


 分かってるよ、メイ。分かってる。

 最初はゲインリーとアスハの二人だけクリアすれば何とかなると思ってたから楽観視してたけど、こう数が増えるととても手が回らん。今日だけで男女合わせて追加のお手紙四十二通だぞ。

 しかもアリーと二人でチェックしたのに相性の良さげな組み合わせはたった三組だ。これはタスクに殺される未来しか想像できん。






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