■ 93 ■ 告愛天使アーチェ再び Ⅱ






「宜しいですか。お送りした写真をご覧になってこの場にいらした、ということは外見に文句はないということ。ならばもう四の五の言うのは止めますように」

「わ、分かっているが……緊張するな」

「緊張しているぐらいで結構。いいですかゲインリー伯爵令息、貴方にはもう後がないんです。貴方の後ろには崖しかないんです。前に進むしかないんです。私が手を貸せるのはこれで最後なんです。最後なんです。最後なんです、宜しいですね」


 裂帛の気合を込めてゲインリー伯爵令息を睨み付けて、まだ退路はあるなんて甘い思考を徹底的に叩き潰す。


「う、うむ。この場を整えて頂いたこと、アンティマスク伯爵令嬢に篤く御礼申し上げる」


 これが私が地獄に垂らせる唯一の蜘蛛の糸だ。

 掴むも離すも自由にしていいが、私がゲインリー伯爵令息に手を貸すのはこれが最後。二度目まで付き合ってられるものかよ。


「お送りした相手方の都合、趣味、立場、特技、好悪、友好関係その他諸々は頭に入っていますね」

「問題ない、筈だ」

「宜しい。侍従の方、ゲインリー伯爵令息の身だしなみの最終確認を」

「はい――問題ありませんインヘルト様。男前でいらっしゃいます」

「ゲインリー伯爵令息は男前でいらっしゃいます。初心で結構、しかし自信を胸に。宜しいですね?」

「――ああ、心得た」

「では引かぬ、媚びぬ、省みぬ、ただ制圧前進のみの精神であとはゲインリー伯爵令息自身のお力と態度が全てです」


 そうしてゲインリー伯爵令息をソファーに座らせると、


「お嬢様」


 談話室の扉の向こうからメイが様子を伺ってくる。


「来たわね。こっちの準備は大丈夫よ。メイ、お通しして」

「かしこまりました」


 そうしてしばしの長い待ち時間の後に、


「ほ、本日はお招き頂きありがとうございますアンティマスク伯爵令嬢」

「よくいらして下さいました、コキネス伯爵令嬢。お待ちしておりましたのよ」


 本日二人目のゲスト、コキネス伯爵令嬢がアンティマスク家の茶会室に入ってくる。

 え? アスハ子爵令嬢? 彼女はいまいちゲインリー伯爵令息とは相性が良くなかったからね。今回はお預けだ。


「さ、まずはおかけになって。エミネンシア自慢のお茶をご用意いたしますわ」


 そうしてコキネス伯爵令嬢がインヘルト君の前に腰を下ろすけど、どちらもガチガチだな。これはお茶の味も分からぬのではなかろうか。

 バナールから分けて貰ったお高い茶葉だぞ、ちゃんと味わって飲めよぉ。


 そうしてお茶を一口の後に簡単に二人に紹介をし、ケーキをお出しして。

 二人が舌鼓を打つ間に私がトークを挟み、両者の警戒心が和らいだところで、


「では後は若い二人でごゆっくりお過ごし下さい」

「「(若い……?)」」


 一応管理兼お代わり要因としての使用人を残してメイと共に退室。

 やれやれ、まさかこの歳で仲人をやることになるとか思わなかったよ。


「お疲れ様ですお嬢様、滑り出しは問題なさそうでしたね」

「そうね、だけど結局は生身と感情の相性次第だわ。これは紙面だけじゃ分からないし、後は当人たちの問題よ」

「はい、お嬢様は十分に手を尽されたかと」


 本当よ。あの二人が上手く行けばいいけど行かなくても知ったことか。

 明日はリーン・アスハ子爵令嬢のお見合い予定が入ってるんだ。意識をそっちに切り替えないと。




――――――――――――――――




 先日ゲインリー伯爵令息とアスハ子爵令嬢にひとまずこれに必要事項を書き込め、と送ったプロフィールシートだけど、


「……こいつらあまり相性よくなさそうね」

「そうですね、上手く噛み合わなそうです」


 戻ってきたそれを手にして、やはりおざなりに済ませなくてよかったなと安堵する。

 インヘルト君が無理なタイプは根暗、リーンさんが無理なタイプは押しが強い人とあって、この二人はどう考えても馬が合うとは思えない。

 であればインヘルト君とリーンさんに他の結婚相手を探してる連中に声かけて貰って、プロフィールシートを記入させ相性を厳選した結果があれだ。


「しかしお嬢様、無理なタイプは書かせても好みのタイプは書かせないのですね」

「こういうのはね、利益を増すために使うより不利益を潰すために使ったほうがいいのよ」


 彼奴らだって自分が崖っぷちにいることは分かってるはずだけど、前にも触れたようにこいつらは戸愚○弟に指摘される幽○と同じ勘違いをしてるからね。


「できるだけよい方によい方に合わせようとしたらキリが無いないわ。それに人間、ガチで駄目な人以外なら大体は呑み込めるものよ」


 逆に好きなタイプを聞いちゃうと期待を持たせることになるからね。

 ここにちゃんと書いたのに何で考慮してくれないんだ、とか反感持たれたら話が余計にとっ散らかる。


「なるほど。当人にとっての利を書かせたら、それは当然考慮してもらえるものと思い込むのですね」

「そういうこと。あとね、案外人が思う自分が好きなタイプって現実と乖離してたりするのよ。嫌いなタイプはブレないけどね」


 そんなわけで絶対に受け付けないタイプ、両親が配偶者に求めること、領地が求める人材、婚約者に求める技能、趣味、派閥、卒業後の進路その他諸々を項目としたプロフィールシートを作成、穴埋めさせてそこから組み合わせた最善があれだ。

 対面で話をして生理的に駄目だと思ったなら無理に縁を結べとは言わんが、これ以上は私には何もしてやれん。

 そのことは重ねて何度も伝えたから、インヘルト君もよく分かっている筈だ。


「ま、後はなるようにしかならないわよ」

「左様にございますね。お嬢様もお茶を如何ですか?」

「あーお願い、喉乾いちゃった」

「はい、すぐご用意いたしますね」


 後はこっちも時間を潰して、適当な所であの二人を帰せばいい。それで終わりだよ。


 ……終わりだと思ってたんだよ。




――――――――――――――――




「何……この、なに?」

「お嬢様宛のお手紙でございます」


 使用人が私の部屋にワゴンを押し押し入ってきたから何かと思ったら、ワゴンから大量の手紙を机上に移されて思考が停止する。

 一瞬の自失の後に、これがなにかに予想がついて「あぁ~~……」声ならぬ声が自然と零れ落ちてしまった。


 失礼しました、と使用人が退室した途端、思わず机に突っ伏してしまう。


「おのれ……恩知らずはゲインリーか、それともアスハか……! 許さんぞ、貴様、絶対に許さないからな……!」


 おのれぇ、またしてもこれかよ!


 一応、ゲインリー伯爵令息とコキネス伯爵令嬢のお見合いは上手く行った。

 私が様子を見に行った時には楽しそうに談笑していたし、別れ際に彼ら彼女ら二人での茶会の仮約束も取り付けていた。結果は上々だったと言っても良いだろう。

 翌日のアスハ子爵令嬢とインディシオス伯爵令息のお見合いも同様だ。手応えは悪くなかったと思う。


 私はやることやったし、あと四者には私が仲を取り持ったことは言わないように今回は口止めを忘れなかった。

 だってのに奴らめ、裏切ったか! 恩を仇で返す外道めらが! 相応しい報いを受けさせてやるぞ!


「この手紙の山はどうされます、焼き捨てますか?」


 メイがとても魅力的な提案をしてくれたけど、惚れた腫れたの問題だ。下手に無視するととんでもない恨みを買いかねない気がするわ。


「メイ、アリーシアを呼んで……いえ、今回の返事は私とメイでやりましょう。それ以降はあの子たちにも協力して貰うわ」

「畏まりました」


 またこれに二人を巻き込むことになるのは心苦しいが、背に腹は代えられぬからな。

 しかしその前に、だ。


「呪いのお手紙を作成するのが先ね」


 あの四人に脅迫のお手紙を認めて誰が洩らしたか把握しておかなくてはね……


 ベルを鳴らして使用人を呼び出し、紙とインクをトランクで用意させる。その間に脅迫文を仕上げてこれをまた別の使用人に。

 冬の王都は郵便の連絡網が完備されているためあっという間に手紙は届くからね。


 フフフ、私の怒りを甘く見るなよ……この落とし前はきっちりつけさせてやる。






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