■ EX16 ■ 閑話:それぞれの思惑 Ⅵ-Ⅱ
「これ以上オウラン家の勢力が増しては、国はよい方向には向かないと思います。領内を安全に保つこと、領民に生きる上での不安を与えないこと、反乱の芽は早期に刈り取り、世に平穏と繁栄をもたらすことが貴族の義務だと私は学んでいます。本当に第一王子が次の王で問題ないのですか?」
第二王子の婚約者に仕えているアーチェに絆されたか、と一瞬グリシアスは不満を持ちかけたが、元々アイズはこういう子供だったと思い出し怒りを努めて霧散させる。
根気強くアーチェや家庭教師たちが教育した結果として貴族らしい立ち居振る舞いができるようになったが、そもそもアイズの根は悪党に対して極めて苛烈なのだ。
自分の家族を襲った野盗をとりあえず纏めて魔術で皆殺しにしてしまう程度には短絡的な解決を望む性格だ。口より先に手を出すタイプだ。
その容赦の無さを買って養子にしたのだから、そこに文句を言うのはお門違いであることをグリシアスは理解しているが――何と答えたものか。
「国としては――無論、私も好ましいとは思わんが」
グリシアスとしては、仮にオウランが王妃を得たとしても何も問題はない。何も問題がない状況に持ち込む為の準備をこれまで進めているのだから。
だがその準備は公にしてよいものではないどころか、誰にも覚られてはならない類いの手管である。それは跡取りたるアイズ相手にでもだ。
「今のところ、ファスティアス・オウランは何ら違法な手を使っているわけではない。叩くには大義名分が必要だ。それが無い状態では叩こうにも叩けん。これは分かるな」
「分かりますが、濡れ衣を着せるぐらい貴族の常識では? あらゆる手を使って第一王子を失脚させるのは安全策として妥当だと思いますが」
アイズも言うようになった、とある意味グリシアスは感心したが、ただ感心しているだけでもいられない。
「オウラン家を甘く見るなアイズ。動けば確実に尻尾を掴まれるし、濡れ衣を着せるのはあちらの方が余程上手にやってのける。オウラン公が油断するまでは下手に動くほうが危険だ」
「――成程。猛獣を狩るなら相手が猟に成功して油断している瞬間を狙うべき、ということですか」
アイズが納得したようで、グリシアスとしても一安心である。
強いは強いで実に結構。だがどうにも喧嘩っ早く冷徹な攻撃を好むのが、アーチェも矯正できなかったアイズ・アンティマスク最大の欠点であるのだから。
アーチェが昔に彼を氷の剃刀と評していたのには、グリシアスも珍しくまさにその通りと納得したものだ。
「それにオウラン公は仮に第二王子が王座を手にしても諦めるような男ではない。陰に籠って策動を巡らされるよりかは図に乗って貰う方が対処もし易かろう」
「確かにその方がいいかもしれませんね。父上に対してあまりに愚問でした。お目こぼし頂ければ幸いです」
グリシアス自身もファスティアスの我儘が肥大化したような性格を好きにはなれないのは事実である。
だからといって駄々っ子に合わせて此方まで駄々っ子じみた攻撃を仕掛けるような愚の骨頂などグリシアスからすれば御免被るというものだ。
「構わん――が、オウラン公は嫌いか?」
あえてグリシアスは疑問を幼稚な言葉に落とし込み、その意味をアイズも正しく諒解した。
「実際にお目にかかったことがないのでなんとも。ただ噂通りの性格だとしたら好きにはなれないでしょうね」
「私とて好きではないが、アーチェが刺した釘は覚えているな? 公共の場での短気はお前のみならず家族の身をも危険に晒すぞ」
「勿論、覚えております。ただ父上との認識を合わせておきたかっただけで――いずれは排除する気概であるものと」
我々はどこから来たのかは分からない。
我々は何者かも今は保留だ。
しかし我々はどこへ行くのかだけは、アイズとグリシアスの認識は合わさった。
今日はもう休め、と促されたアイズはそれ以上質問を重ねることなくグリシアスの執務室兼談話室を後にした。
「人の根っこはそうそう変わらぬものだな。なまじ強すぎる分、搦手を嫌い正面からねじ伏せることを好む。扱いづらい子だ」
フゥ、とグリシアスはほぼ酒気も粗方抜けきった吐息を零す。
「ですがそれを求めて養子に招き入れたのは旦那様でございます」
「分かっている。ちょっとした愚痴だ」
仕込みは順調に進んでいる。アーチェが両王子の手に落ちることは阻止したし、行動が読みにくいアーチェにも善良な婚約者という重しを乗せて枷とした。
策略にはアイズは使わない。心身ともに未発達な子供を策略に組み込むのには危険が大きすぎるし、そもアイズ自身が策略に向いていない。
アイズが力を発揮するのはその次の段階だ。アンティマスクこそ勇猛果敢にして難事にも退くことなき王国の守護者だと国民たちに知らしめることこそ、グリシアスが求めるアイズの役割だ。
「暴動の計画は?」
「第二案へ修正中です。アーチェ様の策動で王都の獣人が大幅に減っておりますので」
「余計なことをするな、とあの馬鹿娘に釘を刺せないのが難点だな」
王都のスラムから獣人を減らすのはアルヴィオス王国貴族として本来褒められるべき貢献だ。
これを非難してはまさに獣人を使ってなにかします、と前置きするようなもの。アーチェを止めてはいらぬ猜疑を招くだけだ。
「第二案へ移行するに当たっての懸念は」
「現在交渉中ですが目立った問題はないかと」
「ならいい、引き続き頼む」
やれるだけの手は打ってきたが――まだなにか見落としている気がするのはどれだけ準備をしてもし足りないという、よくある類いの錯覚なのか。それとも――
いずれにせよ、
「王位など、生き残る実力のある者が務めればよいのだ。爵位もな」
「お嬢様も、惣領息子様もですか」
「無論だ。私とて例外ではない。地位に相応しい実力を持たぬのなら滅びてしまえ」
恐ろしい方だ、とジェンドは思う。
だがこれまでこの国がなぁなぁでやってきたからこそ、オウラン公ファスティアスのような俗物が国一番の貴族と成り果てる土壌が形成されたのだ。
一度身を切って悪い血と膿を抜くのは、この国がこれからも長生きするために必要なこと、で、あるに違いない。少なくともグリシアスにとっては。
「国を延命するための外科手術ですね」
「そうだ。オウランのような俗物を除き、初代王の時代がそうであったように正しく地位と爵位が能力に対して与えられる環境を整えるのだ」
アイズには伝えていない、グリシアスが目指す本当の未来がそれだ。
何者にも邪魔などさせはしない。
この国がこれからも栄えていくために、これは必要な自浄なのだから。
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