■ 81 ■ アーチェ、OUT Ⅱ
どのように行動すれば最終的な死者を減らせるかなんて、一回未来を見ただけじゃ分かるはずがないわ。
それが頭では分かっていても、私は考えずにはいられない。
「私が行動することで、
そういうこと、普通の人は考えないのだろうか。自分が持ち込んだ異常な知識がジャガーノートの如く、本来ならその世界で真っ当に知識を積み上げつつある人たちの努力を轢き潰しているのかもって。
自分が開発したわけでもない借り物の知識で、自らその発想に至れるかもしれない賢い人たちを凌駕することの是非を。自分が銀のスプーンを咥えて生まれてきたことを。神様に下駄履かせてもらって、依怙贔屓されたスタートを切って。自分の周囲にのみ幸福と恩恵を撒き散らすことに引け目を感じないのだろうか。
「アーチェ様、それは考えすぎというものです。それを是とするならこの世に生まれた全ての生命は自死を選ばなくてはならなくなる」
フレインの諫言はまさにそのとおりなのだろう。私が転生者でなければ。
しかし私は転生者で、前世の記憶持ちなんて最高のズルだ。人生のフライングをしていて、それを誰にも気づかせない卑怯者だ。
そして私は卑怯者が己の我儘で他人を踏みつけにすることが嫌いなのだから、要するに私の人生は最初から詰んでいる。
「考えないようには、してきたけど」
このフェリトリーで本当に、私の行動によって私の前に死体が転がった。
やったのはクライバーだが、その引金を軽くしたのは私だ。
「私がフェリトリーに来なければまだ何人かの文官や使用人が生きて、この部屋この館で働き続けていたでしょうね」
私がモブAとしてゲームの設定通りに弁えていた生活を送っていれば、彼らが死ぬことはなかっただろう。
「クライバーによる暴力を盾にした不正も続いていたでしょう」
そうね、フレインの言う通りだけど。
「その場合に失われるのはたかが金よ。命とは比べるべくもないわ」
「その場合、住民が飢餓の苦しみから農具を武器に領主と対立し騎士団と殺し合う泥沼の未来もあり得たでしょう」
「可能性としてはね」
「ええ、可能性としては」
分かってるわよフレイン、分かってる。貴方の言いたいことは。
可能性の話をしても仕方がないってことは。
だってもし可能性の話をするなら、クライバーは実は私と同じ転生者で、
『ハズレ属性を引いたおっさんだけど自分を馬鹿にした奴らはテイムした獣王が皆殺しにしました。戻ってきてくれと言われてももう遅い。俺は俺に惚れてくれる美少女獣王と仲良くやりますので』
なーんてやる悪党だった、その悪党から私は世界を救ったなんて妄想すらできるんだから。
下らない話よ。可能性で一喜一憂するなんてのはね。
それを理性では理解していても、感情が収まってくれはしない。
「失礼」
席を立ったフレインが私に近づいてきて、そっと伸ばした手を私の額に当てる。
「アーチェ様は熱がおありのようだ。今日はもうお休みになった方がよろしいかと」
「冗談、熱なんて無いわよ。ねぇメイ?」
そもそも私がもし熱があるなら、私の身なりを整えているメイが真っ先に気がつくはずだ。
そのメイが着付けの時点で私を止めなかったのだから、わたしが発熱しているはずがない。
その筈だったのだけど、
「……確かに、お嬢様はもうお休みになられた方がよろしいかと」
私の額に手を伸ばしたメイが、僅かに焦りを含んだ声音でそう自省を促してくる。
え、本当に私熱あるの? 朝から体調が悪化したの? うーむ、個人的には退きたくないけどコロナ禍で散々求められた自宅待機の概念が甦ってくるぞぅ。
『体調悪い人が無理にする出社は迷惑』っていうのは良い概念だ、って二人目の上司がしみじみ言ってたもんね。
「分かりました。本日の残りの業務は客室にて行ないます。フレイン、あとは宜しくね」
「いえ、業務は全て置いていって頂きます」
フレインに集めた資料をヒョイと奪われそのままメイに背を押され、仮の自室たる客間へと押し戻される。
くっそー、熱があるだけで人を役立たずの戦力外扱いしやがって!
「ここ最近お嬢様はゆっくり休む暇もありませんでしたし、せめて一日くらいはゆっくりとお休み下さい」
「そんなこと言われても……じゃあ何か本持ってきて、私が読んだことないヤツ」
そうメイにお願いして、フェリトリー家の本棚から持ってきて貰った「越冬レシピ」というどこからどう見ても業務に関係なさそうな本をベッド内で流し読む。
ある冷害の年に食糧不足で苦しんだ過去のフェリトリー当主が子孫のために残した保存食作成方法の手記みたいだね。
ある意味これは凄く勉強になったので是非男爵閣下に頼んで写本させて貰おうかな。
「お嬢様、キチンとお休みして下さいと申し上げたはずです」
「
「……私がやりますのでお嬢様はベッドから離れませぬよう」
そう言われてもなぁ。なんていうかさ、全く体調が悪い感じがしないのよね。
ほら、頭痛も吐き気もない発熱だけって、体調悪いの範疇に入らないじゃん?
なんで寝てなきゃいけないんだって、夜になってアルバート兄貴が護衛として私の部屋に入ってきたことで気がついた。
「気が滅入るわね……」
ああ、だからメイは窓の側に張り付いているのね。
それにも気づかない私のポンコツっぷりは、どうやら自覚がないだけで相当に思考力も低下しているようだ。
「申し訳ありません、自室に男を入れるのは不愉快かとは思いますが」
「そうじゃないわ、貴方やフレインに人殺しさせてここでのうのうと寝てる事実に腹が立つって話よ」
今頃フレインはどこかで賊と化したこの館の旧職員を討伐しているのだろう。
ま、ダートのやり方の亜流って奴よ。猿真似とも言うけど。
「やはりアンティマスク伯爵令嬢はお気づきになられますか」
「そりゃあそうよ、だってこれ私が立てた作戦だもの。気付いたらフレインに乗っ取られてたけどね」
私がいなくなった後、クビにされた文官なり使用人の恨みがプレシアに向いたら困るからね。
だから私はあえてフェリトリー一族の領分を侵してまでこの館でそれと分かるように指示を出した。
この館の全ての改革は私の主導で行われたのだと周囲に知らしめるために。
そうすれば立場を奪われた者たちの恨みはフェリトリー家じゃなくて私に向く。
そして私が一人この館に残れば、復讐のために殺人を厭わないヤツなら間違いなく私を殺しに来る。
何せ私は他領の人間、いずれここからいなくなる。その上で今や領主も不在。
私を殺せるチャンスは今を逃せばもう絶対に掴めないのだから。
「私が殺人に対して臆する態度を見せたから、フレインに不要な殺しをさせてしまった。自分の愚かさに嫌気がさすわ。これは私がやらねばならなかった事なのに」
本当に頭の切れる男ね、フレインは。
説明されるまでもなく私の意図に気がついていて、その上でのたった一言で私から主導権を奪ってメイやアルバート、恐らく領属騎士団をも巻き込み自分の作戦にしてしまった。
「失礼ながらアンティマスク伯爵令嬢、賊滅は我ら騎士の領分。それを奪われては我らの立つ瀬がございません。どうかご理解頂きたく」
そして今はアルバート兄貴にもこうやって気を使わせてしまっている。
情けないにも程があるわよ。
「私一人を守るためにいったいどれだけの人が危険を冒しているのか。命の価値が釣り合ってないわ」
「騎士にとって麗しき令嬢をお守りするのはこの上ない名誉にございます」
守られる立場ってのも考えものね。いざ矢面に立とうとしても、どうしたってその前に人垣ができちゃうし。
それを無視して前に出れば、罰されるのは私を守る義務を追う身分の低い者たち。あまりに、理不尽だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます