■ 81 ■ アーチェ、OUT Ⅲ
「それにアンティマスク伯爵令嬢はフェリトリー男爵令嬢の身代わりとなって彼らの憎悪を一身に引き受けておいでなのでしょう。その一点だけでも尊敬に値するお方です」
「私とあの子の価値を考えれば当然の話よ。シアはこれから生きている限り数多の人を救えるけど、私は生きている限り多くの人を苦しめるだけだし……ああ、ただの愚痴よ。いちいち相手しなくてもいいわ。おべっかも疲れるでしょう?」
相づちを打たなくてもいい、と告げてもアルバート兄貴は真面目なもので、やっぱり困ったような顔をしてしまう。
私とてこんなことを言いたいわけじゃないのだけど、口を開けば出てくるのは弱音と文句ばかり。本当に私疲れてるのかもしれないわね。
「本来守られる側がやるべきことは文句を言うことじゃなくて、守るに値する存在になることなのにね。それが分かっててこのザマよ、情けないったらありゃしない」
「アンティマスク伯爵令嬢は――御自身に守られる価値がないとお考えなのですか?」
「少なくとも貴方やフレインが命をかけるほどの価値はないわね」
フレインにはプレシアと共に魔王と戦ってもらわにゃならんし、貴方を時報にしないのが私の生きる意味だ。私を守って死んじまったら本末転倒だよ。
「私はね、人を欺いたり騙したりする者の為に善良で優しい人が犠牲になるのが大嫌いなのよ。しかしそんな私は今や立派なお父様の娘ってワケ」
プレシアの言うとおり、今の私はどこからどう見ても普段の在り方からしてお貴族様仕草だわ。
「ストラグル卿、貴方ならどう考えて? 貴方が幸せであるために、貴方はどれだけの他人を犠牲にする事を許容しうるのか。それを考えたことはあって?」
「それは……」
「私は考えてる。結果としてストラグル卿もブランド卿もクランツ卿も誰一人として私の為に死ぬには値しないと納得した。アイズやお姉様、シアについては言わずもがなね」
私は本来、ここにいるべきではないイレギュラーだ。いや、正確に言えば私の記憶と魂が、か。モブAはちゃんと存在していたもんな。
……いい加減モブBの呼び方も変えてやるか。あいつは私如きがモブ呼ばわりしていい奴じゃないもんな。
「既にある程度の仕込みは終えた。アイズ、ケイル、フレイン、ダート、プレシアといった、原神降臨の儀を受けずとも魔術を行使できる天才たちはルイセント第二王子の名の下に集ったし、時報枠は私に移行した。最低限の仕事は果たしたでしょう。あとは運を天に任せるのみよ」
聞かせてもよい範囲で私の内心を吐露すると、少しだけ秘密を解放したせいか心が軽くなった。
言われた方の困惑は弥増したみたいだけどね。聞かせていい範囲しか言ってないから。
「……アンティマスク伯爵令嬢。アンティマスク伯爵令嬢はいったい何の話をしておられるのですか? 不肖たる私には全く分からないのです」
「言ったでしょ? 私が幸せになるための話よ」
そう、イレギュラーである私が幸せになるための話。お姉様はもう悪役令嬢としてプレシアを害することはないし、ダートらスラムの住人がアルヴィオス王国に反旗を翻す芽も潰した。
皆が笑って生きるための未来に足を掛けた。
であればここから先に私がなんとしても生き延びなければならない未来はない。
まあ、このまま私が死んだらお父様が断罪されずに生き残る可能性が高いけどね。
でもダートがクーデターに未来は無いと理解してくれた現状では、父様も王都を害すべく動きようがないでしょうし。案外悪事を働かず真っ当な出世を目指す可能性もあるだろう。
その場合、まだ罪を犯していないお父様が裁かれる義務もなくなるわけだし。そーゆー未来もありっちゃありだな。期待薄だけどね。
さて、いつまでもウジウジした話を続けてアルバート兄貴のやる気を削ぎ続けても致し方あるまい。話を変えるとしよう。
雇用した者が気持ちよく働ける環境づくりも上に立つ者の務めだしね。
「ストラグル卿、参考までに貴方の幸せを拝聴しても良いかしら」
そう話を繋げて気がついた。
私、ここまで一緒にいてまだアルバート兄貴が何を望んで生きているのかさっぱり分かってないってことに。
ゲームではほぼ貧民同様のプレシアを助けてくれる優しい兄貴だったけど、ある意味その枠は私が奪っちゃったし。
「やはり土地持ち騎士になること? それとももっと大きな野望でも抱えていたりするのかしら。男爵家に婿入りとか」
からかうように聞いてみると、誰のことを指しているのかは一目瞭然だからだろう。アルバート兄貴が苦笑して首を左右に振る。
「今回護衛として雇用頂けたおかげで、世襲貴族家というのがどれほど大変か改めて理解しましたから」
「クランツ卿みたいにプレシアにコナかけたりはしないの? 男爵令嬢なら手の届く範囲よ」
「フェリトリー男爵閣下の二の舞は御免ですよ。アンティマスク伯爵令嬢に支援頂けるわけでもありませんし」
「あら、貴方がシアに婿入りするならお手伝いするのも吝かではなくてよ。クランツ卿のお手伝いは勘弁して欲しいと思いますが」
アルバート自身がキールに手を焼かされているせいだろう、「アンティマスク伯爵令嬢にご助力頂けるならそれもいいかもしれません」なんて冗談の後に、
「私としては、そうですね。庶民の、気立てのいい嫁でも貰って、あとは騎士として己に恥じぬ一生を送れれば、と思います」
そうねー、庶民でも気立てが良ければ……
うん? 庶民の、気立てのいい嫁?
あー、もしかしてゲーム中のアルバート兄貴、徹底してプレシアを庶民だと思ってたの?
いや、ことあるごとに厨房に逃げ込んで芋の皮むきする女を庶民以外にどう見ろと言われればその通りなのだが……
まさか……私がお貴族様仕草を最初にプレシアに仕込んだから、初対面の時点でプレシアは貴族として振る舞えていて、だから兄貴の食指が伸びなかったのか!?
ウォオオい! 何やってんだよ私! 自分の手でプレシアに向かう兄貴のフラグへし折ってんじゃん!
なんなら聖女といい感じに幸せになって欲しいなーなんてささやかな望みを自分の手で粉砕してんじゃん、馬鹿か私!?
い、いや、アルバート兄貴が聖剣の勇者になった場合魔王に勝てるのか? という問題もあったから結果として問題ない気もするけど……ええぃ、お父様みてぇに実利のみで考えるな!
そっかー、初対面の時のプレシアがガチの庶民仕草であることが兄貴のフラグだったのか。
ゲームだったら二週目に生かせばいいんだけど、これ現実だからなぁ。やり直しはききませんかそうですか。はぁ、今日一番の落胆だよ。
「なのでもし、よろしければ、なのですが。レン――ブランド卿を支援頂ければ、と存じます。出過ぎた真似とは思うのですが」
「はい? ブランド卿もシアに懸想していらっしゃますの?」
えー、そんなそぶり見せなかったけどなぁ、と私が首を捻る横で、
「いえ、ブランド卿はその、フロックス男爵令嬢に一目惚れしたようでして。なにとぞアンティマスク伯爵令嬢の認可を頂ければ、と」
そっちかよ!?
なんなんだよ聞いてないよ! 確かにそっちも男爵令嬢だけどさ! レン・ブランドォ!
おま、おま、お前ぇ! うちのアリーが狙いかよ! い、いや目の付け所はシャープだがよ、それは予想できねぇっての。
ただアレだ、
「お姉様は……皆さん総スルーなのね」
ガチのマジモン美少女を前にしてしかしそっちはノーマークなの、何でかなと私としては気になるのだけど、
「王子の婚約者になど恐れ多くも下心など向けられません。それに――こう言ってはなんですがあの御方は同じ人類なのかも疑いたくなるほどに美しいですし」
「うんそれすごいよく分かるわ」
あーね、お姉様ね。範馬○次郎を人間枠から抜くのと同じ感覚で人間扱いしたくなくなる美貌だし。その気持ち良ーく分かるわ。
完全に月の光に導かれ巡り会うかぐや姫だもんなぁ。アレを同類から外したいって考えるのはごく普通の反応だろう。
ウィンティも「顔以外取り柄がない」って、ある意味顔では完全に敗北を認めるような言い回しだったもんなぁ。
しかしそうか、レン・ブランドはうちのアリーにお熱かよ。これ、王都に戻ってから面倒な話にならなければいいんだけど。
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