■ 81 ■ アーチェ、OUT Ⅰ






 さてさて、


「では皆様お仕事を始めましょう」


 文官候補たちを集めてOJTの始まり始まりである。


「これからフェリトリー男爵閣下が手配した穀物の第三陣がフェリトリー領に届きます。それの分配計画を立ててください」


 お姉様というかルイセントから巻き上げた金貨で、一応フェリトリー領民九千人がこの秋に一息つけるだけの穀物を購入する目処は立った。

 が、食料はおろか道具も不足しているフェリトリー領である。当然のようにまともに動く馬車は少ないし、その貴重な馬車は今王都から穀物を運ぶために使われている。

 ではレリカリーに入ってきた穀物をどのように配布すればよいか。それこそが文官が管理して実施すべき課題だ。


「第一陣、第二陣はアンナたちが上手く捌きました。どこにどれだけ配ったかは手元の資料に記載してあります。ですがどうやって配ったかはあえて伏せてあります。皆さんで第四陣が到着するまでに第三陣の配布計画を立てて下さい」

「えぇー、先例教えてくれないんですか?」


 ココットが頬を膨らませるが、これは実地教育なのでね。先例を真似するで終わってしまってはなんの意味もない。


「一応ヒントはあげましょう。もしアンナたちが配布に荷車なり何なりを使ったならそれはどこかにあるはずですね。つまり自分の目と足で探せば何かしらの手がかりは周囲にあるでしょうし、配布は実際にされたのですからそれを目撃してる人もいるでしょう。では頑張って。ジーン、フリーダより活躍を見せないと貴方を王都には送れなくてよ? ノーマンはジョニィより優秀な手管を見せて下さいな」


 とまあ、ヒントは与えてあとは丸投げだ。私も遠くない未来に王都へ帰るのだからね。皆には早く成長して貰わないと。


 まずは現場確認ということでフェリトリー宅に散っていく新人たちを、解雇から免れた続投五名が生暖かい目で見守っている。

 一応彼らにもアンナ案については黙して貰うようにお願いしている。彼らも後がないから私に嘘ついたり、ましてや後輩を甘やかして取り込んだりとかは近々では企むまいよ。


「さて、ベテランの皆様にはフェリトリー男爵による領地再建計画に携わって頂きます。一先ずの目標はレリカリーから徒歩一日の地点に自給自足可能な宿場を設けることになりますね。労働力は獣人が十人。上手く使いこなして冬までの完成を目指してください。設営中の護衛として騎士団員十名が付きます。これらの管理と運用計画の遂行を二人でお願いします。担当したい方は挙手を」


 ここで若めの男女が一人ずつ手を上げたのは慧眼だね。その二人に仕事を依頼する。


「続きましては街道の舗装です。石畳、ないしは煉瓦で王都まで徒歩四日の道程全てを舗装路とすることを男爵閣下はお望みです。石工職人、ないしは煉瓦職人の手配と、労働力として獣人二十人をまずは割り振ります。こちらも二名にお願いしましょう。現状のフェリトリー領の技術でまずは何日あれば目標が達成できるかの概算の後、より効率的な計画の立案と実施をお願いします。フェリトリー領の各村が保有する職人の一覧はこちらの報告書を参考に。お望みの方は?」


 ここでようやく後になればなるほど仕事が辛くなることに気がついたのだろう。

 残る三人が一斉に手を上げるけど、まあ早いもの勝ちにしとこうか。ほぼ鼻先くらいの差しかないけどね。


「ではこちら宜しくお願いします。最後の貴方、お名前は確かラリーでしたね? 四人が抜けたあとの通常業務を回して下さい」


 最後まで残ってしまった一人がこの世の終わりのような顔で天を仰いでしまうので、これは私も手伝わないといけないね。

 そんなこんなでフレインと二人、最後の続投文官ラリーのお手伝いをしながら駆け回る新人たちを見守るわけで。


「ますます人が減って寂しくなってくるわねー」


 今なら簡単にフェリトリー家を制圧できるだろう、なんて中二病もうそうじみたことを考えてしまう私は十三歳である。年齢的にも何もおかしくはない。


「アイズも側にいないなんてのは久しぶりね」

「物寂しいですか?」


 フレインが珍しく相づちを打ってくれたので、大人しく乗っておく。


「まあね、アイズは私の天使だし。時々氷の剃刀になっておっかないけど」


 何だかんだで私、人と話すことそれ自体は好きなのよね。


「悪いけどフレインとストラグル卿に私とメイの命を預けるわね。私を殺るならこれが絶好の機会だもの」

「お任せ下さい。今はストラグル卿と領属騎士団が館の周囲を警戒しておりますれば、然程の心配はございますまい」

「敵は外にばかりいるわけじゃないからね。私が来たせいでこのフェリトリー領は変わらざるを得なくなったわけだし。世の中には変わらない世界を望む人の方が多いわけだし。そうでしょう? ラリー」


 通常業務を続ける最後の古株文官に話を振ると、一瞬だけ「偉い人と話したくないなあ」みたいな顔をしたラリー氏(壮年、男性)が、「そういう人もいるかと存じます」なんて無難に追従する。

 ま、不正が蔓延ってて食うに困る領地からも逃げずに働き続ける者がよい例だよ。


「だけどどれだけ変わらないことを願っても、世に隣人のある限り人は変わり続けなければ生きていけない。停滞は淀み、濁り、腐敗するのがこの世の常。それは物質しかり制度しかり組織しかり。全てに共通する真理である。そうでしょう? フレイン」

「仰せの通りかと」


 そう、私たちは状況に合わせて自らを変えていかねば生きていけない。正確には、常識を現実に合わせて上書きして生きていかねばならない。

 それを拒んで過去の栄光に固執しては、腐敗して周囲から排除される存在になる。それは歴史的にも証明されている事実だ。


「だけど、もしかしたらそのまま腐り果てて死ぬ方が正解なのかもしれないと時々思うのよ。変わり続けるということはスクラップ&リビルドを繰り返すことだから」


 大なり小なり私たちは患部を破壊し、そこを再構築することで自らを作り変えていく。


「壊される側にだって言い分があるから、最後には力と力のぶつかり合いになる。それが分かっているから人はより大きな力を持とうとする」


 強く、他人よりもっと強く。

 知恵を武器とする生物である人類は、そのために凄まじい速度で世界の在り方を変えていく。

 世界を、作り変えていく。


「そうして人は新たな武器を手に、古い武器しか持たない相手を蹂躙してこの世から消し去る。私たちの先祖がやってきたことがそれで、私たちの子孫がやるであろうこともそれ。救いがない話だわ」


 異世界に火薬や銃火器を持ち込む連中は何を考えているのかしらね。

 それは命を消費する死と破壊のサイクルを加速させるだけだというのに。


 ま、兵器が核兵器レベルまで進化すれば逆に死と破壊のサイクルはいったん減速するけどさ。でも今度はそういう強大な兵器を持てる国と持てない国に二分化されるだけだしね。


「進歩とは救いや幸福を必ずしも保証するものではない。発展だの革命だのを口にする者はその実、単に己の知性の正しさ、優秀さを喧伝したいという、人としての獣性の発露でしかないのではないか」

「それに付き合わず、抵抗せずに滅びることが正しいことであると?」

「抵抗しなければそこで力を競う争いは止まるわ。武器を進化させる必要がなくなるのだもの。そのほうが最終的な死者は少なくなるかも」

「……神の視点の話ですね。人の手には余る大きさの。殺されるものにとっては自らの死が全てです。人類全体の、しかも先々まで含めた死者の総数になど思いを馳せるのは不可能でしょう」


 ええ、フレインの言うとおり。


 さらに言うならどのように行動すれば最終的な死者を減らせるかなんて、一回未来を見ただけじゃ分かるはずがないわ。

 それが頭では分かっていても、私は考えずにはいられない。






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