■ 80 ■ 役割分担 Ⅲ






 ということで三日以内に新人を紹介しなさいと期限を切った結果、


「アンナの紹介を受けたベリルです。えっと、頼まれたんで来やした。プレシアの嬢ちゃんには大怪我を治して貰った恩があるんで身染みてやりますわ」

「ジーンです。フリーダに紹介頂きました。真面目に働いて私も王都に行きたいです」

「ココットです。ラティに紹介してもらいました。お茶菓子を下げ渡してもらえると聞いて来ました!」

「ノーマンです。ジョニィとの腐れ縁もたまには役に立つんだな、と今実感してます。ジョニィよりお役に立ってみせます」

「コール・ロバスです。フェリトリー領属騎士ダーナ・ロバスの次男です。ニック氏に紹介頂きました。お嬢様と旦那様に忠誠を尽します」


 うん、なんというか皆選んだ根拠がバラバラっぽいね。

 アンナが連れてきたベリル(成人男性)は、前にアンナが信頼できるって名を挙げた片割れだったわね。

 ジーン、ココット、ノーマンの三人は完全に友人から選んだっぽい。三人とも紹介者と同年代の同性別だ。

 最後のコールはニックにあてがなくて父親の縁故で領属騎士団員の家族から選んだのかな。うん、多分そうっぽい。


 他人でも連座、って脅したせいでどうやら各自が利益より安全性を優先した結果がこの人選なんだろう。

 命を懸けてまでフェリトリー家に根を張ろうと企むような輩はいないってことか。結構、弁えていて実に結構よ。


「宜しい。皆をこのフェリトリー家の文官、ないしは使用人候補としてこれから仮採用します。フェリトリー家に忠誠を尽すように」

『はい、若奥様!』


 ……うん? なんか変な言葉が聞こえたぞ。なんだ若奥様って。


「ええと、誤解を解いておきますが私はプレシアの上司であってフェリトリー男爵閣下とは縁もゆかりもありませんからね?」

「え? 旦那様の婚約者じゃないんですか?」


 ココットがキョトンとした顔で聞いてくるけど違う。どこからそういう話になった。


「……アンナ、知ってることを教えなさい」

「あー、はい。昨今のアーチェ様の振る舞いを見て、当然アーチェ様はいずれこのフェリトリー家に嫁いでくるものと誰かが考えたんだと思います」


 アンナはあえて誰が発信源かを言わなかったみたいだが――そこで視線をツイと逸らしたのはラティ、お前か。

 いやうん、ここまで完璧に私がフェリトリー家臣団を仕切ってるんだから、そう考えるのもある意味仕方なくはないのだが……


「貴族社会では虚言ウソの流布は攻撃と見做されます。腹を召すくび吊る覚悟がないなら噂話は程々に。私はただの雇われ家庭教師せんせいだと思いなさい。いいわね」

『はい!』


 そんなわけでまずは王都行きメンバーに一張羅を分配する。

 無論一張羅、などと言っても所詮は男爵家の使用人だ。飾りも色鮮やかな染めもない質素な白黒の上下だけど、それでも彼らからすれば継ぎ接ぎが無いだけで上等すぎる衣服だ。

 とはいえ、


「衣服分は今月の給料から抜きますのでよろしゅう」

「……支給じゃないんですね」


 フリーダとラティがジト目でこっちを見てくるけど、馬鹿め。節約できるところは節約するんだよ。

 それに支払えるだけの給料はちゃんと与えるから一々感情を露わにするんじゃあない。


 何にせよ冬の館への移動準備開始だ。これまでの人員の大部分を横領の罪で駆逐してしまっているので、


「ちょっとアレどこにしまってあるの。アレだよ、ええと、咄嗟に名前が出てこない、とにかくアレ!」

「食器、食器用意しましたが箱どこですか? 適当に詰めていいですか」

「ちょっと待て! 入れる箱はちゃんと外側に書いてあるとおりに収納しろ!」

「えーと、リストリスト。え、これもう用意できてるの!? なら言ってよ! ずっと探してたのに!」


 フェリトリー宅は今やおもちゃ箱をひっくり返したような大騒ぎだ。

 まあ私はそんな大騒ぎなど何するものぞ、と悲鳴をBGMに新人五名の教育に専念してるんだけどね。


 あれ……私、学園に入学してからずっと他人の教育ばっかしてないか? おかしくないか? 私学園一年生だよね。教育受ける側だよね。

 いやまあ自分で選んでやってることだから文句は言えないのだが、マジで青春とは縁が無いな。


「アーチェも少しは休まないと倒れてしまうわよ?」


 現在絶賛夏休み謳歌中のお姉様がそう聞いてくるけど、


「じゃあお姉様私の代わりに彼らを指導して下さい」

「えーあー、程々に頑張ってね」


 まあ、侯爵令嬢のお姉様と男爵家の家臣じゃ天と地ほども生活に差があるから無理なのは分かってるけどね。




 そんなわけでフェリトリー家がドタバタする裏でこちらも手分けして出立の準備を終えると、


「では姉さん、我々は先に王都に戻りますが――あまりご無理はなさいませんよう。フレイン様、姉上を頼みます」

「承りました」

「アイズとケイルには負担ばかりかけて申し訳ないと思うけど――お姉様をお願いね。あと私がいない間に羽を伸ばすといいわ」


 そんなこんなで一同が王都へ向けて出発。残るのは私とメイ、そしてナンスを含むダート配下が三人。ダート自身は王都へと戻る。

 あっちにダート、こっちにジョイスがいれば円滑かつ確実な獣人の移動と統制が行えるからね。


「じゃあ、また王都でねアーチェ、待ってるわ」

「アーチェ様、お体には気をつけて下さいませ」

「はい、ミスティ陣営の立ち回りはシーラに任せておけば大丈夫ですのでそのように。ではお気を付けて」


 お姉様たちも出立し、国家騎士団による護衛はキールとレン、そしてルイセントが担当する。


「なるべく早く戻るように心掛ける。すまないが留守の間のフェリトリー領をよろしくお願い申し上げる」

「アーチェ様、早く戻ってきて下さいねぇ!」

「ええ。シアも大変だろうけど頑張ってね。貴方の活躍、期待しているわ」


 最後にフェリトリー家の二人も出立。領属騎士団数名が護衛として出発すれば、


「領主のいなくなった夏の館って結構寂しいものね」


 私としては六年ぶりの夏の館での留守番は、こうも寂しいものだったかとすこし哀愁の念に駆られたりもする。

 まあ、ついさっき解雇の嵐が吹き荒れたフェリトリー家とアンティマスク家とではそもそもの使用人数が違うってのもあるけどね。


「国家騎士団も一人になってしまい負担は弥増すとは思いますが――よろしくお願いしますね、ストラグル卿」

「は。命に代えても御身を御護りいたします」


 私とメイ、フレインにアルバート兄貴とは、ちょっと不思議なメンバーだけど。

 まあこの面子でフェリトリー男爵が戻ってくるまで頑張ると致しますか!






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