■ 80 ■ 役割分担 Ⅱ
「でもアーチェ様。こんな片田舎に来たい医者なんているわけないですよ」
「そうね。ここに来たい人はいないかもしれないけど、高給が欲しい医者ならいるでしょ?」
「はい?」
「相場の二倍の給料を提示して、なるべく若手の医者をスカウトなさい。財源は男爵閣下が確保した融資から充てます」
借りた金を道路舗装以外に何に使うかは問題だったけど――先ずは医者だ。人心の安定を図ってフェリトリー家への敵愾心を取り除く。
文官候補連中にも領主が領民のために財と心を割いていることを周知させる。その為の文官、庶民からの登用だ。
「ど、どうやって医者を探せばいいんですか、そんなの分からないですよぅ」
「貴方、医療基礎知識の授業選択しているでしょ? その教師にシーラを連れて卒業生の紹介をお願いしに行きなさい。シーラがいれば便宜を図ってくれるはずよ」
私は研究室で受業を受ける権利を拡大解釈してモブBにも同席させていたから、教師陣も日々のやり取りを通じて既にモブBが相当な才媛だと察してくれている。
そのモブBが卒業生で仕事を探してる若者を紹介して欲しい、と言えば多少は融通してくれるだろう。
「長期定住は不要、期限付きの契約でいいわ。最低二年はフェリトリー領で働くことを義務づけて、あとは獣人でも差別せずに治療することも併せて呑ませる。二年の区切りであれば修行兼貯蓄のためと割り切ってフェリトリー領へ来てくれる者もいるでしょう」
「えーと、つまりまだ就労経験の無いペーペーの新人とかでもいいんですか?」
「構いません。その者の
医療技術の質はこの際問うまい。そこまで求めたらお父様からの融資が医者の給料のみに消えてしまう。
それに住人には医者の質までは正確には分からないだろう。何せこれまでが聖属性でヒョイだったんだからね。
「いい? 医療経験と場数を積めるだとか、ウチで多数の人を助けた実績を残せるとか、相手にとって嘘にならない範囲で都合のいい条件を並べ立ててその気にさせるの。しかしボイコットするような奴は厳禁。真面目に働くことを条件に新人に高給を積むのだと、あたかもこっちが恩を売るように見せかけて交渉の主導権を握るのよ」
「あーまたお貴族様仕草だぁ……」
「喧しい! シンシアさんが体調を崩した時に頼る相手ってことなのよ。真面目にやりなさい、いいわね!」
「ヒャイ!」
一応プレシアが首を縦に振ったが、こいつの場合それだけでは不安が残る。なにせ何事にも腰が退けたチキン娘だからね。
「アリー、悪いけど補佐をお願い。シーラに任せておけば多分大丈夫だけど、シーラからすれば他領のことだもの。こいつがやる気見せないとシーラも真剣に取り合ってくれないし」
「分かりました、誠心誠意努めます」
「最悪雷を落としてもいいわ。シア、真面目にやらなきゃ承知しないからね」
震えるプレシアを一睨みして、おっとそうだもう一つあった。
「これからアンナたちに新たな文官候補を一人ずつ紹介させて、彼女たち自身は貴方に付けて王都へ送ります。この冬は彼女らに館の一切を任せなさい。男爵閣下の帰還以降、貴方が男爵代理として冬の館の頂点に立つのよ」
「え? い、いいですよそういうの、私これからもアーチェ様の家で暮らしますから!」
「それを素で言えるのってどういう精神構造してるのよ貴方……」
珍しくアリーが横から口を差し挟んでしまったのはまぁ、気持ちは分かる。
こいつ、私の家に住み込んでストレスたまったら誰もいない家に戻って芋の皮むきする女だからなぁ。
フェリトリー家冬の館に配下が常駐するようになったら芋の皮むきできなくなって困るもんなぁ。優先順位がおかしいよ。
「今年の冬は然程精神に負荷がかかるようなことはないでしょう。いいから貴方は配下に仕事をさせなさい。そしてその働きぶりをキチンと監修すること。舐めたことする奴がいたらその場で
「いろんな意味でやりたくないですよぅ」
プレシアの気質的に向いていないのは分かるが、それでもプレシアは既にフェリトリー男爵令嬢、人の上に立つ貴族なのだ。
「いいからやるの。誰を文官にし、誰を使用人にするかの采配は貴方と男爵閣下の判断に任せます。いいわね」
「ふぁい……」
「男爵閣下も国家騎士時代の親しい友人などを茶会に招き、彼らから信頼できる家族などを配下に雇い入れるのもよろしいかと。他家との繋がりは武器になりますからね。無論、それらを介して領内の情報が外に流れるリスクも負うことになりますが」
ただシアだけでなく、男爵も味方を作っていかないと後々の領地運営が大変になるからね。
最終的には男爵だって嫁さん貰わなきゃいけないんだし、そのためにもアンテナの感度は高めておく必要があるしね。
「私は最速で戻ろうと思っていたのだが……アンティマスク伯爵令嬢は社交で私の帰還が遅れるのを許容して下さるのか?」
「最速にしようにもお父様との茶会は爵位が上であるお父様の都合が優先されますし。お父様は多忙ですから多少は待たされると思いますよ。その間になら可能かと思われます」
ある程度教育の下地が整っている人を連れてこれれば仕事が楽になるから男爵閣下には是非頑張ってもらいたいね。
人材ってのは基本奪い合いだもん。ぼやぼやしてると愚鈍しか残らないからね。
「今年の冬は恐ろしく忙しくなりそうだな」
「まあ男爵閣下はこれまで何もして――いえ、させてもらえなかったですからね。冬の社交界なんて普通はこんなもんですよ。早く慣れて下さいね」
実の親子でもないのに、フェリトリー両名が揃って似たような顔で溜息を吐く。
人が環境で似るって事、普通にあるのね。
――――――――――――――――
「そんなわけで貴方たちにはこの冬、フェリトリー家
アンナ、フリーダ、ラティ、ジョニィ、ニックの五人にそう告げると、パッと真っ先にフリーダとラティが顔を輝かせる。
「王都! 夢にまで見た王都での生活!」
「美味しいもの王都にはいっぱいありますかねぇ!」
アンナがいまいち喜ばしげに見えないのは、多分プレシアと付きっ切り、かつ私がいない生活になるからだろう。
せっかく文官として働くことになると思ったら上司があのプレシアになるっていうの、やっぱりプレシアをよく知るアンナからすれば不安なのだろうね。
「そこで貴方たちには自分の後釜として、それぞれ一人ずつ新たにこの館で働く人材を紹介して貰います。貴方たちの血縁以外から選んで推挙なさい」
「血縁以外から、ですか?」
ちょっと当てが外れたような顔でジョニィが問うが、うん。
「理由は好きに考えて頂いて結構。ただ、血縁でなかろうと貴方たちが推挙した人材が無能のみならずフェリトリーに害を為す者である場合、当然連座となることは覚悟しておきなさい」
「血縁じゃないのに連座になるんですか!?」
フリーダが理不尽だ、とばかりに軽く不満の声を上げるが当たり前だ。
「貴族家で働くには人を見る目が備わっていなければなりません。適切に人を信じ、適切に人を疑う、それもまた必要な技能です。私は楽をさせるために貴方たちを登用したわけではないのですよフリーダ。その才がないと自覚するなら今のうちにこの館を去りなさい。今なら咎めはしません」
そう断言すると、フリーダとラティ、ジョニィとニックが互いに顔を見合わせる。
血縁以外から推挙させる理由は三つだ。一つにはフェリトリー家が特定の家に牛耳られることを防ぐ、まあフェリトリー側の都合だ。
二つには一つ目の事実を住人側にも理解させること。特定の家からばかりの登用は依怙贔屓として恨みを買いかねない。つまりフリーダたちを守る一面もあるってことさ。
三つ目は彼らの方針の把握かな。信頼できる人を別の家から出す。それをどのように選ぶかで個性が見えるだろう。
正確にはアンナを除いた、彼らの背後にいる者の思惑だけどね。
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