■ 80 ■ 役割分担 Ⅰ






 そんなわけでフェリトリー来訪集団及びフェリトリー一家の前でそう宣言すると、


「夏期休暇以降もここに残るってどういうことですか姉さん!」


 泡を食ったような顔でアイズが聞いてないよと問い詰めてくるが、まあ言ってなかったしね。


「仕方ないじゃない。だって以前からこの館で働いていた文官は五人しかいなくて、まだ安心して留守の纏めを任せられる者はいないでしょ?」

「私としてはシーバーを残そうと思っていたのだが、それでは何か拙いのか?」


 シーバー一人を残すのは不安があるのか、と男爵が問うてくるがある意味そうで、しかしそうじゃない。


「男爵閣下はこの冬、私のお父様に面会依頼を送り融資を引き出さねばなりません。その際に侍従を連れていないと舐められます」


 ここでちょっとおさらいね。七歳のアイズを人前に出せなかったのはアイズに侍従が付けられなかったからである。

 貴族であれば侍従を連れているのは当然のこと。男爵家なら当主は侍従が必須。子爵家ならその妻と惣領まで。

 伯爵家以上なら惣領以外の子供にも侍従を付ける。それができない家は貴族家として必要な財産も人望もない、と自ら喧伝して歩くようなものなのだ。


「お父様に金の無心に行くのに侍従もいないとか、その時点で門前払いですよ? 他領の領主と舗装路についての打ち合わせもあるでしょう? シーバー抜きは困難ですよ」

「そう言われると確かに……シーバーを残すのは無謀が過ぎたか」


 シーバーを一人監視なしでこの領地に残すことが不安なのではない。男爵に侍従がいないことが問題なのだ。

 それに海千山千の連中を相手にするのに形だけの侍従を選んでは、そも交渉の成功自体が危ぶまれる。前領主にも仕えていたシーバーの経験は男爵にとって必要な助力だろう。


「無論、私は他領の人間です。男爵閣下が不安に思うのであれば当然私も王都へと戻りますが」


 そこでアイズ、さらに恐らく背後のメイとケイルもまた「戻れって言え」とばかりに男爵へ視線を向けているであろうが、残念ながら男爵閣下はまだ貴族として未熟。

 そういう視線にも気がつかず、


「いや、私は娘のためにここまで手を尽してくれているアンティマスク伯爵令嬢に今更疑いなど持たぬ。残って頂けるのであればこれ程有りがたい話はない」


 普通に男爵は私との信頼関係だけで話を進めてしまうのである。


 なお、信頼関係があるなら他家の貴族に自分の家の管理を任せるってのは普通にあることよ。

 まあ普通にある、と言っても当主が早逝して惣領がまだ赤子の場合に親戚筋が預かる、とかが普通なんだけどね。

 成年の当主が未成年の他家貴族に家を預けるのは全く普通じゃないけど――「他家の者に家を預けることがある」前例があるならゴリ押せるものだ。そこに年齢の縛りはないからね。


「そんなこと言って授業はどうするんですか姉さん!」

「あら、私は別に授業に出席しなくても試験に受かれば単位を頂けるって、教師陣からお墨付きを貰っていてよ」


 そうだった、とばかりにアイズが額に手を当てて小さく呻く。


「当然、百位圏内にいないアイズ、お姉様、シア、アリーは戻って授業を受けるように。学生が授業を疎かにしてはいけないわ」

「私は残っても構わないと?」


 はい、フレインは百位以内、モブBをも上回る成績だったしね。

 正直なところ帰れ、と言いたいけど、アイズを帰す以上、ウチより爵位が上の男子が残るのはフェリトリーの男衆を黙らせる力として有用だからなぁ。


「三つ、条件を守れるなら残っても構わないわ。一つにキチンと二年に進学できるだけの単位を取得すること。二つにご両親に授業を一時欠席する理由を説明し理解を得ること」

「一つ目は問題ありません。二つ目もアーチェ様のためと言えば両親も納得して下さるでしょう。三つ目は?」

「リタさんに手紙を書きなさい」

「は?」


 え、何それみたいな顔でフレインが首を傾げるけど馬鹿め。ブラコンを、姉の愛を舐めるなよ。


「貴方、この夏休みレティセント領に帰らずリタさんに一度も顔を見せてないでしょ。貴方を天使と呼ぶリタさんの愛を甘く見ない事ね、下手したら私は末代まで祟られる可能性すらあるわ。だから貴方は天使に会えない姉を慰め怒りを鎮め奉る為に最低便箋五枚以上は愛情と真心を込めて手紙を書きなさい」

「は、はぁ……」


 納得したのかしないのか、フレインが呆然と頷くがその程度の理解では困るのだ。


「やっぱり貴方も帰りなさいフレイン。このままじゃ私がリタさんに呪い殺されるわ」

「わ、分かりました。誠心誠意姉へ手紙を書きます!」


 全力で取り組む、と言うのでフレインにはフェリトリーに残って貰うことにしよう。


「無論、私とて後期日程全てをここで過ごすつもりはありません。お父様、及び隣接領の領主との茶会を無事終えたら男爵閣下にはフェリトリー領へ戻って頂きたいと思います」

「む……冬の社交はまあ、する相手もいないし問題ないとして――貴族院への出席は?」


 全ての貴族が王都へ集まる冬には貴族院が開催され、そこで一年分の重要な決議は纏めて処理される。

 男爵もフェリトリー家の当主、世襲貴族として貴族院に一議席を持っているわけだけど――


「領内の不安を理由に貴族院の議会を欠席することは認められておりますので何も問題ありません」


 ぶっちゃけ領内で武力蜂起とか野盗の乱が起こってる時に貴族院で呑気に審議決定の投票なんてやってられないもんね。

 だから領内の不安を申し伝えれば貴族院の欠席は許されるし、それが非難されることもない。そもそも欠席は貴族として貴重な一票を投じられなくなるから損をするだけだしね。


「一応シアにも代理の出席権はありますが、未成年の出席は極めて稀。何よりシアはシアで学園の授業を疎かには出来ませんし、この冬フェリトリーの席は欠席にするしかないでしょう」

「そうだな、学生であるアンティマスク伯爵令嬢をこの地に拘束してまで己の為に票を投じるなど傲慢が過ぎよう。了解した」


 男爵閣下にはやるべき事を最速で終えたら戻ってきて頂き、以降はシーバーと二人で頑張って貰う。

 この冬を乗り越えれば、あとは来年までに後を任せられる文官を一人育てる程度は閣下とシーバーに期待しても構わないだろう。


「さてシアだけど、貴方にも王都での仕事があるわ。喫緊の問題として、貴方がこの領を離れると怪我や病気を治せる人がいなくなります。だからフェリトリー領に医者を誘致する必要があるの」


 何はともあれ、まずは医者だ。アンナのみならず新たに育成中のフリーダやラティ、ジョニィやニックも医者がいないのが不安って言っていた。

 代官たちの報告にも医者の存在は記されていなかったから、フェリトリー領には本当に医者が一人もいないってことになる。

 騎士団も安心して出撃できないんじゃ領の平穏なんて維持できないし、最優先は医者の確保だろう。聖属性医師なんて破格の存在じゃ無くていい、普通の医者だ。






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