■ 79 ■ RTA走りきりました Ⅲ
「ただ今戻りました、姉上」
アイズたちが戻ってきたこともあって、その成果を地方代官の報告と照らし合せ、領の現状を確認する目処が立った。
現在フェリトリー領には代官の置かれている大小十六の村があって、それ以外にも小規模な集落がおよそ二十ほど点在しているらしい。
「幾ら貴方たちが優秀といってもよくこの短期間で検地できたわね」
「半分以上はケイルの手柄ですね。飛べるというのは便利なものです」
成程ね。空から俯瞰で見ればそれだけ時間も短縮できるか。やっぱ空が飛べるっていいなぁ。
と、いうわけでアイズたちの行水を待ち、身なりを整えてから最近はおなじみの二家間会議開催である。
「男爵閣下、こちらが各村々の収穫予想高となります。代官の報告と食い違っている場合、農民か代官か、もしくはその両方に脱税の可能性がございます。ああ、勿論男爵閣下は私たちが嘘の報告をしている可能性も常に視野に入れておいて下さいね」
「相変らずアーチェ様は徹底して自分を疑うことを強いますね」
プレシアが呆れ果てたように言うが、フェリトリーからすればこれは他家が集めた情報にすぎないわけだ。常に疑いの芽は持っておかないと痛い目見るからね。
「今更お二方を疑うつもりはないが、ふむ……返事が遅いものにも早いものにも同等程度にズレているものがあるな」
ああ、返事が遅いのはこれまでの管理がずさんだったから、農民に裏をかかれている可能性があるのかな。
逆に早いのは、
「こっちに分かるはずがない、と確認もそこそこに過去の記録を投げただけなのかもしれませんね、返事が早いのは」
「業腹だが、領主に就任してから一度も確認に回ってないとあらばその場凌ぎもするか」
「傾向としては返事が早くてズレている者にはやる気が無い、遅くてズレている者は能力が無い、という感じですかね、姉さん」
「ええ、その認識でいいと思うわ」
ひとまずアイズの数値と代官の数字に差分が少ない代官は据え置きで、残りは何らかの対処が必要だね。
「一番ふざけた値を書いてきた奴をクビにしてその管轄地をボクサン卿の知行所にするのが手っ取り早いですが――ボクサン卿には開拓からの収入増も狙って欲しいですし。既に農地が広い土地ばかりを与えるのは勿体ないですね」
「あのーアーチェ様、褒美なんですよね?」
褒美なのに仕事増やすの間違ってない? とプレシアは小首を傾げるが、んな事言ってちゃ領地は発展せんのよ。
「ただ維持するだけの土地を与えられても面白くないでしょ? そうですよね男爵閣下」
「人によりけりだがな。普通は騎士を志すなら手柄を望むものだ。発展性のない仕事に不満を覚えるものは一定数いよう」
「ふーん。私からすれば管理するだけでいい方が楽ですけど」
そりゃまあお前さんは楽な方楽な方に流れて仕事に面白さを見いださないタイプだもんな。趣味も芋の皮むきって単純労働だし。
だけどボクサン卿は才覚がありまだまだ壮年。ただ管理するだけの仕事を望むほど老いちゃぁいないからね。
自分の手で土地が豊かになっていく楽しみを味わいたいとは思っているんじゃないかな。
いわゆるリアルマインクラフトだ、楽しくないわけがないよ。
「現状の騎士爵家の収入よりやや少なめの税収が得られ、かつ開拓の余地がある土地か」
さてどこを与えたものか、と男爵が首を捻っているけど、ここは男爵に任せよう。騎士爵家にどれだけの収入が必要かは自分の経験から分かってるはずだしね。
必要なデータは既に提出したからこれ以上は過干渉というものだ。
翌々日、ボクサン卿に知行を与える旨、その対象となる土地が男爵より正式発表された。
またこれまで従卒として騎士団を支えてきた団員が二人、欠員を埋める意味も合わせて騎士爵に叙任されることも合わせて公表される。
彼らはこの冬に男爵と共に護衛として王都へ向かい、その先で原神降臨の儀を受けることとなる。
当人たちからすればなるべく戦闘系の神のご加護を授かりたいところではあろうが、どんな神様に愛されてるかは人によりけり。
ま、身体強化はどの神でも使えるし、外れ引いても外れだからって騎士に叙任された事実まで消えるわけじゃないからね。外れても腐らず頑張って欲しいところであるよ。
――――――――――――――――
「久しぶりじゃないジョイス、精悍な男前になったわね」
ジバンニと入れ替わるようにフェリトリー領にやってきた今後の獣人の纏め役だけど、誰がやるのかと思ったらエミネンシア領から戻ってきたジョイスがやるらしい。
確かにジョイスはダートの右腕だからね。能力的にも人格的にも問題ないし、何よりエミネンシア領で実績を残してきている。これ以上妥当な人選はあるまい。
「お久しぶりですアンティマスク伯爵令嬢、お美しく成長なされましたね。目も綾とはこういうのをさすのでしょうな」
「あら口も上手くなったのね。以前とは大違いだわ」
そうツッコまれても微笑で流すジョイスの在り方は、獣人の外見さえ除けば下級貴族と言っても通用する振る舞いだ。
「貴族と船乗りに挟まれて間を取り持つよう言われればこうもなりましょう。ただ今戻りました、お頭」
「ああ、これまでよくやってくれた。新しい仕事だがここからが本題だ。頼んだぞ」
以降はジョイスがフェリトリー領における獣人の取り纏めを行なうわけで、いやはやこれならそうそう問題も起こるまいよ。
先ずはフェリトリー領における街道の整備を優先する、という未来絵図をダートを含め三人で共有すると、
「相変らずアーチェ様はお人が悪い。フェリトリー領のためと見せかけて我らのためではないですか」
獣人がスムーズにフェリトリー領まで移動できる環境構築が目的、と理解したジョイスが苦笑する。
「甘いぞジョイス。お前が成長したのと同様にアーチェ自身も磨きがかかってやがる。この女が一つの行動で一つや二つの目的を達成して終わるかよ。多分まだ裏があるぞ」
「信用無いわねーダートってば。ここまで貴方たちを支援してなお私を疑うっての?」
「お前が俺たちの不利益になることはしねぇ、ってことは信用してるがな。別の利も想定してんだろ?」
まあね、最終的にこのルートを利用してアルヴィオス王国の耐力体力を補強することまで考えてるからダートの言うとおりなんだけど。
しかしこれから魔王との戦いに備えます、なんて言ったら大部分の人には狂人扱いされるし、何よりお父様には警戒されてしまうもの。これは言えんなぁ。
「いずれにせよ道や家屋、糸車や機織り機の作り方、開墾のやり方や貧困時の非常食に至るまで、フェリトリー領で貴方たちが身につけられる技術は多岐に亘るわ。完璧にものにしなさい」
「了解です。しかし、件の条件は?」
「アルジェと同格の学者先生曰く、ここ二、三年で起きる可能性が高いそうだ」
「なんと……!」
スラムから亜鉛欠乏症を駆逐したルジェは今や、ダートの配下から高い信頼を得られている。それと同格の者がそう言ったとなればそうそう疑ったりはしない。
あまりにも偶然に頼りすぎるこの作戦があと数年以内に発動するかも、と理解したジョイスが一瞬、私に怖気のこもった視線を向けてくる。
「アーチェ様はこれを本当に予見されていた、ということですか」
「未来予知とかじゃなくて、私はその学者先生の研究成果から逆算して考えを捻りだしただけ。つまり情報の出所は一緒なの。まあ数年以内に起こるとまでは予想できてなかったけど」
「……成程、アルヴィオス王国の学問というのは物凄いのですね。我々は自然はただ受け入れるものとしか考えられないですが」
まあ、天変地異は神の怒りってのはどこの世界、どの宗教でもあるあるだからね。
例えそれが神の怒りだなんて信憑性の薄い理由だろうと、全く理由がないより余程人は受け入れられるものだから。
「何にせよ、やるべき事を少しずつ確実に。先ずは王都からフェリトリー領へ向かって三日の地点に宿場を作る。そこを起点に街道の整備よ。やれるわね」
「エミネンシア領では船体補修を含む木材加工ばかりで石畳は初の試みになりますが、やってみせましょう」
「ああ、作戦前は領民として、作戦後もフェリトリーとは隣人として付き合っていくことになる。任せたぞ、ジョイス」
「任せて下さいお頭、人間と表向きのみすら友好を築けない間抜けは重し付けてリオロンゴの底に沈めます。お頭の顔に泥は塗りません」
……物腰はさわやかになっても根っこはやっぱりスラムのギャングね。平然と殺しの話が始まるの、私としては勘弁だわ。
そうしてフェリトリー家、獣人、そしてアルヴィオス王国の利を追求しつつ日々を送れば、夏休みの終わりはあっという間で。
「じゃ、夏期休暇明け以後も暫くは私はこのフェリトリーに残るから、皆頑張ってね」
『はいぃ!?』
私たちの夏休みを利用したRTAはここでタイムアップである。
やっぱりやれるだけのことをやっても現実では足が出ちゃうね。そこはキッチリと埋めていくよ。
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