■ 79 ■ RTA走りきりました Ⅱ
代官からの返信を待つ間はやはりアンナの教育に注力するわけで、
「アーチェ様、この二人を文官、ないしは使用人候補に加えてもらえませんか」
しかし新たにアンナが二人、女の子――と言うよりは女性、十五歳ぐらいかな? を連れてきた。
挨拶の後に、名前と就職希望理由を尋ねると、
「フリーダです。糸紬より面白そうなのでアンナに頼りました」
「ラティです。お腹いっぱい食べられると聞いて!」
ふむ。フリーダは糸紬から逃げてきて、ラティは単にお腹を膨らませたいと。
プレシアにも面通しをしたけど、過去に辛く当たられたりとか軽んじられた記憶は無い、というか全く記憶にないそうだ。ふむ。
「プレシアは貴方たちより年下ですが、忠誠を誓うことができますか? 影で小馬鹿にしていたり嘲笑ったりなどが発覚すれば胴体から頭が離れて神の御許へ旅立つことになりますよ」
「誓えます」
「誓います!」
一応、アンナの紹介は袖にしないという約束なので一端二人を年齢が近いのを理由にメイに預け、アンナとサシで話を聞く。
「で、本当の採用理由は?」
「まーあれ、力関係。私からは断りにくかったのよ」
あっさりアンナがゲロったけど、まあなんとなくそんな気はしてた。二人の着てる服、アンナより上等だし。
「こんなノーミンしかいないような土地でもさ、それでも強い奴と弱い奴ってのはいるのよ。あっちは強者、私は弱者ってね」
それにフリーダは糸紬から、って言ってたしね。少なくとも小娘自ら飯の種を育てなくていい程度の余裕がある家の出って事だ。
あくまで下っ端百姓にすぎないアンナからすれば、圧力を受ければ黙って従わねばならない程度に幅をきかせてる家ってわけだね。
「そんなわけで悪いんだけど、使えなかったらアーチェ様の方から切ってください。一応シアに対する悪意はないっぽいです」
「そこがクリアされてるならまあ、一応は貴方と同様に扱ってみましょうか」
そんなわけでフリーダとラティを加えての教育である。
最初が肝心ということで姿勢から歩き方から表情に付いてまで徹底的に指導し、かつ読み書き計算の確認試験を重ねていたらあっという間に夜になってしまった。
いや、充実した生活は時間が過ぎるのが早いね。
「それでは三人ともお疲れ様でした。また明日も同じ時間にいらして頂戴ね」
フリーダは無言の下にマグマを湛えて、ラティは魂が抜けきった顔で呆然と頭を下げる。はてさて、この二人明日ちゃんと来れるのかな。
フリーダは指摘を受ける度にどんどん不機嫌になっていったから、多分叱られたことがあまりないんだろう。甘やかされてたっぽい。
ラティはそもそも下地が足りん。この子の読み書き計算は完全にアンナ以下だ。おぅいアンナより年上だろうお前。
明日も全く同じような様相になりそうだけど、はてさてどうなることやらと思っていたら、
「おはようございます、本日も宜しくお願いします」
「おはようございます!」
なんだかんだで二人ともちゃんとやってきたので、一応不満の自己処理能力とガッツはあるみたいだね。ならば引き続きスパルタでいこう。
何せこちとら時間が無いからね。詰め込み式になるのはご容赦頂きたいのだよ。
更に翌日、
「アーチェ様、この二人の教育も合わせてお願いします」
「ジョニィ・ダンタです。旦那様とお嬢様に忠誠を誓います」
「ニック・ハーゲンです。誠心誠意働きます」
プレシアが二人の文官候補を連れてきた。前回の間引きに参加したトーマ・ダンタ卿の弟とケント・ハーゲン卿の甥らしい。
要するに実物の報酬をケチる代わりに身内を文官として登用する案をベティーズが通したということだ。
なお騎士団長ダジオン・ボクサン卿の身内を登用しなかった理由は、プレシアが耳元で囁いてこっそり教えてくれた。
「内々にですが、ボクサン卿には知行を与える旨を内示しました。正式発表はまだですけど」
要するにボクサン卿にはこの館に人員を譲れるだけの余裕がないからだ。
なにせ知行を任されてもボクサン卿はフェリトリー領属騎士団長のままだ。ならば引き続き団を纏めなければいけない。
と、すると実質的にボクサン卿の土地を運営するのはボクサン卿の身内や腹心がやらなきゃいけなくなる。
そんなボクサン卿周りから人をひき抜いたらまあ、逆に恨まれるわな。
なおボクサン卿の身内を雇わなかったこと、またボクサン卿がそれに不満を覚えるどころか終始ご機嫌ということもあって、既にボクサン卿が知行所を得るだろうことは暗黙の了解になっているらしい。
まあ、与える土地が決まってないだけで意図的に隠してるわけじゃないしね。それで騎士団のやる気がモリモリ回復してきているらしく、これはまぁいいことだろう。
何にせよ教育する相手が一気に五人に増えたとあって、流石にガヴァネスならぬこの身では手が足らなくなってくる。
「男性陣は私が持ちましょう」
「ありがとうフレイン、助かるわ」
こういうときはフレインの気遣いがありがたく思えるわ。
なおアイズとケイルは厳密な検地のためにフェリトリー領を回っているのであっちはあっちで休む暇も無い大忙しだ。
それを考えれば私がサボってるわけにもいかないね。やれる限り頑張らないと。
そんなこんなで新人教育を進めていれば、お姉様に切った期限日なんてあっという間である。
ノックの後に新人教育の間へ入ってきたお姉様を目にした連中が石になるのはまぁ、いつものことだ。
「確認をお願いできるかしら、アーチェ」
「はい了解ですお疲れ様でしたお姉様。出来に問題が無ければここから先はゆっくり夏期休暇をお楽しみ下さい」
「あら、いいの?」
「息抜きも必要ですから。その代わり学園に戻ったらまた忙しい毎日ですよ。ニグリオス卿はお姉様の安全のために側から離れないように。いいですね」
「は、エミネンシア侯爵令嬢は私の命に代えても御護り致します」
笑顔でお姉様を送り出し、お姉様謹製調停官用アンチョコを手に我が生徒たちを見回すと――うん、一応これ男性陣に釘刺しておいた方がいいかもね。
「あー、先の御方はアルヴィオス王国第二王子ルイセント殿下のご婚約者であらせられるミスティ・エミネンシア侯爵令嬢です。王子と婚約済みです。襲うどころか指一本でも触れたら一族郎党
「……王子の、婚約者? それがなんでこんな所に……?」
「どうしてアーチェ様は王子の婚約者を顎で使えるんです?」
「失礼ね、顎で使っているわけではないわ。お世話をさせて頂いているだけよ」
なんか皆が一斉に「逆じゃね?」みたいな視線を向けてきたのでゴホンと咳払いする、と全員の姿勢がピンと伸びる。
以降、なんだか全員の態度が綺麗にヤスリ掛けされたみたいに棘がなくなって丸くなったのは結構だけど、あれだ。
「なんか私無駄に恐れられてない?」
「御身の御威光にようやく彼らも気づいたのでしょう」
聞く相手を間違ったね。フレインならどう聞いても同じ事言いそうだ。
しかしまあ、私がお姉様にお世話させてるように見えるってのはちょいと私調子に乗りすぎてるね、反省反省だ。
私は所詮お姉様の配下、ミスティ派のNo.2(同率二位)でしかない。それは忘れないようにしておかないと。
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