■ 79 ■ RTA走りきりました Ⅰ
さて、モブBだけど滞在依頼の手続きを踏んでないから自分はこのまま帰るとのことなので、
「とりあえずお姉様、食料買うために持ってきたお金全部出してください」
「えぇ……」
ルイセントが食費として持参した金貨を「迷惑料」という形でフェリトリー家へと支払わせることにする。
「ではこの金を足掛かりに動くとしましょうか。一先ずは食料ですね」
アンナに食事は保証すると言ったがフェリトリー領には今現在メシがないからなぁ。最初に買わなきゃいけないのが食料という農村、実に悲しい話だよ。
まあ土地に問題があるわけじゃないから来年には解決するけどね。
「なんというか、侯爵令嬢相手に恐れ多いのだが……今も文官として実質働いて頂いているわけだし」
ちなみに侯爵家から金貨をもぎ取ったベティーズはそれはもうビビり散らかしているが、貴族としてのマナーをガン無視したお姉様(とルイセント)が悪いのだ。ここは全額しまっちゃおうね。
「迷惑料ですからあまり気に病まぬように。貰ってやったわガハハぐらいでいる方がいいですよ」
「王家の関係者相手にそれを言えるのはアンティマスク家ぐらいではないか……?」
それにどうせこの金はルイセントがお忍びの為に用意した、いわゆる接待交際費だ。
お姉様の懐が痛むわけじゃないし、貰ってしまっても何も問題はない。
「先ずは食を安定させて労働力を呼び込める下地を作ります」
というわけで帰るモブBに金貨を渡して食料を手配してもらう。
今のところアルヴィオス王国は平和で悪天候にも見舞われてないから小麦価格は安定だよ。ありがたいね。
お貴族様用の高い食材は不要。小麦や
「そんなわけで王都に戻ったらフェリトリー領九千人が一冬越せるだけの食糧買って送ってくれる? 一冬だけだから腹持ち優先で味は後回しでいいわ」
「あんた、徹底的に人をこき使うつもりね……」
恨めしげな顔を一つ残してモブBが空になった荷馬車及び自身が手配した国家騎士団員と共に王都へと帰っていく。
モブBに任せておけば万事つつがなくいくだろうよ。この安心感、本当にありがたいね。持つべきは心優しき優秀な同僚だよ。
しかしモブB、四日間の野宿でやってきてそのまま四日間野宿して帰るとかタフだなぁ。
「最終的には道に宿を確保したいですね。今はフェリトリー領へ来るのに野宿を強いられますから」
「宿場町を作れというのか? 流石にそんな余裕はないぞ」
ベティーズが呻くけど、まさか。金が無いのはベティーズ以上に私がよく分かってる。
「そんな立派なものは不要です。宿一つでいいんですよ。雨風が凌げて馬を留められる程度の建物一つあれば十分です」
屋根があって壁があるだけで人は安心できるものだからね。
宿の利点はどちらかというとそういう精神的安定に寄与する部分のほうが大だ。人の世界に戻ってきた、という安心感だね。
「しかし、野盗が出ないとも限らん。そんなところに住みたがる者などおらんぞ」
「では獣人を充てましょう。元より彼らを招き入れるには、獣人にここまで来てもらう必要がありますからね」
どちらかというと私としてはそっちの方が主目的だ。
フェリトリー領に獣人を呼び寄せる。そのために未成年集団でも安心して夜を越せる宿を作る。これにはダートも賛同するだろう。
宿にはダートの親衛隊を置けば野盗が出ても撃退できるからね。武力に関してはそれで解決できる。
「しかしそれは獣人の定住にならないかね?」
「定住と言えるほどの人数は置きません。宿の運営と自給自足ができるだけの人手、それに万が一の連絡員程度が居れば十分でしょう」
なにもない場所に小屋を立ててかつ生活を安定させるのはかなり困難を極めるが、ダートたちには目的意識がある。弱音を吐かずに真摯に取り組んでくれるはずだ。
「それでも不安なら持ち回り制にして随時人員を入れ替え、更にはレリカリーが安定してきたら全部人に変えてしまえば良いでしょう。獣人はあくまでフェリトリー領が軌道に乗るまでの繋ぎですからね」
獣人の役目はそこまでです、と伝えるとベティーズがわずかに鼻白んだ。
「……アンティマスク伯爵令嬢は獣人に優しいのか厳しいのかわからないな」
「獣人は所詮成人すればこの国を追い払われる存在ですからね。一時の安寧を用意してやるのが私にできる限界ですよ。だからそれだけをやります。それ以上は国策に抵触するのでやりません。それだけです」
第一陣の人員を呼び寄せる為に
彼らが到着し次第、フェリトリー領内の街道で具合が良さそうな場所に宿場の建設を始めて貰おう。
そこを足掛かりにまずはフェリトリー領道を舗装路へと変える工事の始まりだ。
道の作り方、家の作り方、新規開拓のやり方。それらを獣人が身につけるのは全て
「彼らは魔術抜きなら私たちよりも遥かに強靱です。獣人を使うのは最初の数年のみですが、だからとて決して貶めたり使い捨てて反感を持たれぬようにお願い致します。侮辱は一瞬、しかし屈辱は永劫ですよ」
「分かっている。何よりアンティマスク伯爵令嬢との約束を違えるつもりはこちらにはない」
見てろよ、このフェリトリー領を戦時下における食料庫へと変えてやるからな。
そうすりゃプレシアがいなくてもお父様への借金なんて余裕で返済できるようになるからね。
なお小麦が殆ど手元に残らない状態でどうやって食いつないでいたか、教育の合間にアンナに聞いたところ、
「クリ、クルミ、トチノミ、ドングリ、山芋、とにかく保存できて腹に溜まるものは何でもかき集めてたわ」
とのことでそっかー、ドングリや何よりトチノミのアク抜きってクッソ大変って聞いたことあるけど……生きるか死ぬかの瀬戸際でそんなことは言ってらんないわね。
畑で取れる穀物は手元にロクに残らないので、主食は堅果類からイモから山の幸だよりか。ここだけ生活が完全に縄文時代であるよ。
まあ人口がそこまで多くないからかろうじてそれで生き抜けたんだろうなぁ。
戦争始まると保存食が重要になってくるから、この食品加工技術は獣人にも引き継いでもらおう。
「それはそれとして食糧以外に何が足りなくて民は困ってたりする? アンナ」
「そうねぇ……食糧以外となると、あれだ。医者がいないのが困るわ」
私と話をしている時だけ勉強と礼儀作法の指導から解放されるとあって、アンナはこういう問答には積極的に付き合ってくれる。
というか何とかして会話を引き延ばそうとしている。プレシア同様無駄な努力をするものよのう。そんなに勉強が嫌か? 他に娯楽なんて無いのにさぁ。
しかしまあ、医者か。ちょっと意外だったわね――いや、違う、それが普通なんだ。
いろいろな物が足りないにしても、最初から持ってないものに対しては人は別段不満を覚えない。
プレシアという便利な治術師が失われたからこそ、医者がいないのを不便と感じるようになったのね。
実際、医者がいないというのもそれはそれで深刻だ。
当初フェリトリー領属騎士団が出撃を渋ったのもそこら辺に理由があるのかもしれない。
出撃すれば流石に無傷ではいられないだろうに、しかしその傷を癒やしてくれる医者がいないのであれば――出撃を渋るのも仕方ないだろう。
騎士が領を守るという建前を捨てるな、と言うのは簡単だが、騎士とてただの人だ。人であればまず我が身が可愛いものだからね。
「現在このレリカリーには医者はいないのですか?」
本日のアンナの教育を終え、夕食後に再びベティーズへ面会して尋ねてみると、
「今のレリカリーには医療で生計を立てている者はおらぬ筈だ。シーバー」
「は、前当主の時代にはいた時期もあったのですが『割に合わぬ』と領を去ってしまいました」
うーむ、確かにちゃんとした医療技術を持っているなら余所でも生きていけるもんね。
こんな片田舎に骨を埋めようとする医者なんているはずも無いよ。
「前当主は領に医者がいなくても気にしなかったのですか、シーバー?」
「半年は王都での生活になりますし、なんなら死なせたくない病人は馬車で運べば良いとお考えのようでした」
あー、貴族ならそうなるか。領民のことは全く考えてないのがアレだけど、確かに多少は不便でも堪えられる範囲か。
「ベティーズ閣下、最低でも一人は医者が必要です。これだとシアがいない間は騎士団もおちおち出撃すらできませんし」
「しかしこんな片田舎に医者など呼べぬぞ。こう言ってはなんだがここで働きたいという意欲が湧くまい」
うん、その通りすぎて反論する気にもならないや。
ひとまず医者を誘致するということだけ脳内に書き込んでおいて、駐在官からの回答待ちだ。
もしかしたらレリカリーにはいなくても領内のどこかにこっそりいるかもしれないからね。
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