■ 78 ■ ここがタイムを縮める最重要ポイントです Ⅲ






 翌日も引き続きアンナの指導をしている最中、


「アーチェ様、お客様がお見えです」


 そんな予定はないと首をひねりつつアンナに課題を積み上げて玄関へ向かうと、


「え、貴方まで来たの?」


 そこで待ち受けていたのは我が相棒であるモブBことシーラ・ミーニアル伯爵令嬢である。


「仕方ないでしょ。お姉様が三人だけでここに来るって書き置き見たから、食料とか食器とか着替の予備とか持ってきたの。それとも要らなかった?」


 どこか疲れた顔で腕を組むモブBであるが、まさか、要らないはずがあるまいよ。

 いや本当にこいつ頼りになる女だわ。まじでお姉様陣営はこいつで保っていると言っても過言ではないわよ。


「助かるわシーラ、ありがとう。切り詰めて何とか捻出してたからこれで一息つけるわ」


 すごいわ、気配りができて気がついてついでに頭もいいとか。こいつが男だったら是非とも婿に欲しいところだったわよ。


「それは何より。お姉様は?」

「奥で事務仕事してるわ。景気付けに顔見せてあげて頂戴」


 そう告げるとにわかにモブBがキリリと眉を釣り上げて私を睨んでくる。


「あのねアーチェ、お姉様は休暇でこちらにきたのよ。それを働かせたら意味ないでしょ!」

「え? ドクターストップはルイセントであってお姉様じゃないでしょ?」

「……そうだ、あんたそういう奴だったわね」


 諦めたようにかぶりを振ったモブBをお姉様の客間へ案内、ノックの後にある程度時間を置いてから入室すると、


「……お邪魔でしたか」


 明らかにさっきまで机を並べて二人で作業してただろう感のあるお姉様とルイセントの名残が手にとるように分かってしまってその、何だ。


「ひ、久しぶりねシーラ」


 その余所余所しさだけでこちとらお腹いっぱいである。口からアスパルテーム吐きそうだよ。


「お姉様がキチンと息抜きできているようで少し安心しました。机を並べて、の夢が叶ったようで私も嬉しく思います」


 モブBはこれを本心から言ってるの本当にすごいわ。私だとついからかいたくなっちゃうし。

 しかし私としては強制的にラブラブ天驚空間に飲み込まれるアリーと、あと影で張っているダートの部下のランガを思いやらざるを得ないわけでね。


「アリーはどう? 疲れたりしてない?」

「ええと……正直に言えばその、ちょっと疲れてます」


 だよねー。最近のお姉様とルイセントはまさに結界かってレベルで二人の世界を構築するし。

 そんなの間近で見せられてちゃ疎外感も強いだろうしねー。


「疲労の原因は分かってるの? 私の何とかできる範囲であれば手を打つけど」


 そう配慮を見せると、アリーが少しだけ言いづらそうに目を伏せた後、


「ええと、はい。私たちが一週間でこれまとめるのは難しいのでは、と……すみません、力不足で」


 ……そっちかい。

 お姉様のラブラブ光線なんぞ気にしてる余裕はありませんかそうですかごめんねー。

 でもこれちょっとした絡繰りがあってねー。それに気づけばそこまで大変な作業じゃないんだけど、と?


「お姉様、アーチェにどのような作業を割り振られたのですか?」

「過去の調停記録からフェリトリー領における調停マニュアルを作成しろって、一週間で」

「一週間……作成中の資料を見せてもらえますか?」

「勿論よ、シーラの意見を聞かせて欲しいわ」


 お姉様のまとめを一舐めし、傍らに積み重なっている資料を見やったしたモブBが私を一睨み。然る後にお姉様へと視線を戻して嘆息する。


「お姉様、アーチェの言う期限が一週間ってのは『一週間で完璧な物を仕上げろ』ではありません。『一週間でできる範囲の物を完成させろ』なんですよ」


 やはりモブBは気づいたわね。なんで気づけたのかがさっぱり分からないけど。

 私は前世の記憶があるからだけど、こいつは素で十三歳とは思えない才覚を持ってる。なんなのこのチート女。味方だからいいけどさ。


「新人用のマニュアルなのでしょう? 完璧な物を仕上げなくてよいのですよ。逆に完璧な物を仕上げてしまうと新入りが成長できません」

「ど、どういうこと?」


 私とモブBを左見右見するお姉様に、しかし私が黙している意味を悟ったらしいモブBが髪をかき上げてお姉様にまとめを返す。


「完璧なマニュアルを与えられた者はそれに沿って動くことしかできなくなりますから。自分で模索する余地を残さないと成長が見込めないですし」


 それなー。上司や資料が完璧すぎると、それに従うことに慣れすぎていざという時の応用力が磨かれないんだわ。

 部下を育てる、ってのも技術と配慮が必要な高等技術なのよ。甘やかせば鈍化するし、スパルタが過ぎれば処理限界を超えて病むし。

 そして前世では自分だけが仕事できれば管理職になれる奴がどれだけ多かったことか。管理職ってのはむしろ部下を育てる力が求められるってのにさ!


「そう言われると更にさじ加減が分からなくなってくるのだけど!?」

「よくある事例だけを纏めればいいんですよ。それ以外は資料を参照とか書いておけば」

「資料を参照?」


 お姉様にアリー、そして今は傍らに控えているルイセントが首を傾げる辺り、うーん。現場のさじ加減はモブBのほうが上か。

 早めにルイセントやアリーにもモブB張りの現場感覚を身につけてほしいものね。


「ここに在る資料を全て焼き捨てるわけではないのでしょう? なら何処何処に資料が在りますってだけ記載しておいて、あとは読者に調べさせればいいじゃないですか」

「あ!?」


 それね、そこにお姉様とアリー、もしくはルイセントが気がついてれば作業量は格段に減ったんだけどね。

 まだモブBの補佐無しにはそこまで辿り着けなかったか。


「事件の資料を同じ案件毎に分類して重ねて、数が多い物だけを抜粋して纏める。それ以外は資料室参照――ああ、全資料にナンバリングしておけば参照が容易になりますね。そうやって読者が自分で調べられる道筋だけ残しておけば、数少ない凡例は全て資料室参照でいいです。類似例の多い揉め事の調停のみ記すなら一週間で終わるでしょう」

「アハッ、流石はシーラね。完璧だわ、文句の付けようがないわよ!」


 パチパチパチと拍手をすると、アリー以外の全員が私に非難めいた視線を向けてくる。


「なら最初からそう言ってくれればいいじゃない! アーチェは鬼よ。私たちが苦しむ様を見て楽しんでるとか!」


 そうお姉様が詰ってくるけど馬耳東風である。


「仕方ないじゃないですかお姉様、実感しないと分からないこともあるんですから」


 まー、わざと苦しむようには仕向けましたからね。でも別に虐めてるわけじゃないんですよ。

 そもそも本気で嫌がらせするならルイセントもアリーも奪ってお姉様一人にやらせてるからね。


「でもこれでお姉様は二つのことを学べたでしょ? 一つには命じられた仕事を完璧こなすのは難しいということ。二つには命じれば部下が完璧な仕事をこなしてくれると期待するのは間違いだって事を」

「……うぅー、アーチェの意地悪ぅ……」


 お姉様はむくれるけど、これ支配者には必須の視点なんですからね。

 命じたのに達成できないのは無能、って決めつけとかやると一発で人心が離れていくし。

 あと世の中には期日というものがあって、これと完璧な成果の両立を求めると破綻するってのもこれでよく分かったでしょ?


「にしてもシーラはよくその視点を持ててるわね。どこで学んだのよ」

「嫌味? そんなのあんたが私とお姉様に課した夏季学習目録に決まってるじゃない」


 あー、最初に会ったときからずっと、春に互いの領地へ帰る際に毎年渡していたあれ?

 いやまあ確かにあれ、必要最低限のことだけを記していただけだったけど……


「あれからその視点に行きつけるのは凄まじい発想力よ。だって私そんな意図込めてないもん」

「どうだか、実際あんたは私より先にそういう視点を持ってたんでしょ。褒められた気がしないわ」


 いやあ、卑怯な前世記憶がある私と違ってあんた本当に秀才よ。私なんか比較にならないくらいに。


「お二人に追いつける気がしないです……同い年の筈なのに」

「奇遇ね、私もよアリー」


 アリーとお姉様が自信を喪失してしまうのは拙いので、


『こいつが異常なだけですよ』


 そうモブBを指差したら何故か私とモブBの行動とセリフまで被ってしまったのはまあ、コントということにしておこう。






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