■ 78 ■ ここがタイムを縮める最重要ポイントです Ⅰ
さてそんなこんなでリオロンゴ河観光を終えて、再び帰ってきましたレリカリーはフェリトリー家
私たちの留守中にシーバーが平然と辣腕を振るった結果、
「虎子の間、まこと広うなり申した」
「あーアーチェ様のそれ聞くの半年ぶりですね。色々ありすぎてはるか昔のように思えてきます」
はい、リオロンゴから戻って来たら使用人と文官がいやぁ減った減った! 椅子の四半分以下まで減りましたよ!
「残る皆さんは改めてフェリトリー家へ忠誠を誓う、ということで宜しいかしら?」
『フェリトリー家へ忠誠を誓うとお約束致します』
一斉に残る文官五名がプレシアへと頭を下げる。
たった五人か、いや五人も残ったと喜ぶべきかねぇ。当然モローはいないよ。解雇されたらしいが詳しくは知らん。
「文官も増やさないととても手が回らないわね」
だってあれだぞ、行政官、徴税官、調停官、文部財務官、兵部財務官。ほらもうこれだけで五名終わっちゃう。
税を集める徴税官と民の争いを収め裁定を下す調停官はどちらも一人だととても手がまわらないし、予算を配布する財務は一つだと権限が強大になって絶対に腐るぞ。
最低限の仕事は回せるが、それは全てが上手く行った場合の話だ。
これから再興の為の現場職員も必要になるし、とてもじゃないが手が足りん。
「当面はベティーズ閣下が行政官と兵部財務官、シーバーが文部財務官と徴税官を兼任ですね。あと夏季休暇中はシアが行政官とルナさんが書記」
やはり最低でも領主直属の文官が十人は必要だ。領の各村に置いている代官がまともかもまだ分からないし、
「シア、貴方の昔の知人で読み書きができる人いない? 能力はとりあえず後回しでいいわ、信頼できる人。シンシアさんは抜きで」
「信頼、となるとアンナぐらいですね。でもアンナ書きはダメだと思いますけど」
「じゃあ今日から採用。夏休み中にアンナを文官に仕立て上げるわよ」
はい? とプレシアが埴輪みたいな顔になってしまっているが、私は何もおかしなことは言ってない。
「夏季休暇期間ならお姉様とアリーも文官に回せるもの。時間を無駄にしている暇はないわ」
「あ、やっぱりお姉様たちもこき使うつもりなんですね……じゃなくて! 私の縁故採用とかしていいんですか!?」
「いいに決まってるでしょ、貴方は領主の娘なんだし」
最大の問題はベティーズの縁故採用ができないことだ。あいつこのレリカリーに知人がいないからなぁ。それできれば早かったのになあ。
「いいことシア、貴方は可能な限りこのフェリトリー宅を味方で埋める必要があるの。貴方の味方をすれば出世できると思わせることは貴方の安全のために必要なことなのよ」
「で、でもそれって
「そうよ依怙贔屓の何が悪いの。派閥を作るってのはそういう事でしょ」
能力登用は聞こえはいいが、こういう殺人に対する敷居が低い社会では命取りだ。無能な味方が憎くなるのは外部との諍いがある環境の話であって、こういう田舎では能力より忠誠心の方が重要なのである。
なにせ優秀だけど忠誠心がないのがこれまでのシーバーだったと考えれば分かってもらえるだろう。裏切らず
そもそもこんな片田舎みたいな、誰が読み書きできるか分からないような環境で能力で雇用なんてしても意味がないのだ。能力差がほぼ誤差の範囲内だし。
まずは信用できることが何よりも重要なのよ。採用は知人からの紹介が基本。それはウチみたいな領地でも同じである。
「アンナを使い物にする。そうすれば出世欲のあるやつがアンナに群がってくるでしょう。それが使えるか使えないかはアンナに最初のふるい分けをさせればいい。窓口を用意して人を集めつつ、貴方に向かう嫉妬の矛先を分散させるのよ」
「あ、あくどい……」
うるせー、私がお前の安寧のために心を砕いてやってるのにその物言いは何だテメー舐めてんのか。
「いいから貴方はボクサン卿から騎士団員を一人借り受けてそれをお供にアンナを連行してきなさい、いいわね」
「やり口が完全にお貴族様だぁ」
たりめーだお前もとっくにお貴族様なんだよ、いい加減諦めろ。
一先ずプレシアを追い払って、
「お姉様暇ですか暇ですねはいありがとうございますではご同行願います」
「既に質問の体をなしてないわね……」
お姉様を客室から回収し、一度はジバンニを忍び込ませたフェリトリー家の資料室へ向かう。
「調停の記録は此方になります。記録に残っているもののみになりますが」
シーバーに蔵書の割り振りを教えてもらいながら、過去の調停記録を纏めて運び出す。
「お姉様の仕事です。過去の調停記録からこのフェリトリー領における調停マニュアルを作成してください。お姉様の責任において誰を使っても構いません。期限は一週間で」
ちなみに田舎領の場合、わりと調停はその場の空気とか互いの地位とかが優先されて、平等な調停が行われることは殆どない。
私たちで王国の規範に則った真っ当なルールを作ってもいいけど、先例をガン無視すると今度は住民が混乱してしまう。私たちの正しさをゴリ押しするのは、本来は正しいことなのに反発を招く。田舎特有のクソ空気は異世界でも同じってわけさ。
よってある程度過去の判断に従う必要があるけど……それを毎回毎回確かめるのは時間の無駄だからね。
まずはここをマニュアル化して仕事を簡素化する。
「一週間で……?」
お姉様が資料の山を前に青い顔になってしまってるけど、一週間もあれば余裕でしょ。
「いずれ国を率いるかもしれないお姉様が男爵領ぐらい一週間で掌握できなくてなんとします。人手はお姉様の裁量でいくらでも増やして構いませんので期日は守って下さいね」
よし、これで調停官に新人を割り振るのも容易になるだろう。
徴税官もマニュアル化したいけど、これはベティーズが新たな税率を定めるまでお預けだな。財務官はマニュアル化は難しいし、あ、そうだ。
「使用人も増やさないとだし、こっちの教育マニュアルも作らないとか。まあこれは私がアンナの教育中にやればいいか」
「アーチェ様はそれ片手間でやるんですね……」
あと領内の設備も見回りが必要よね。
粉挽き用の水車は何台ある? 燻製小屋は? 糸車と機織り機はどれぐらい普及している?
工具はどれだけある? 石切場は? 馬車の補修ができる木工屋は? 酒造りの匠は? 医者は? 全て確認が必要だ。
「ベティーズ男爵閣下にお目通り願います」
というわけでお姉様とアリーを客室に残し、ベティーズに面会して、
「領が保有する産業と技術の確認か」
「はい、フェリトリー領の収入を増やす為にも現状を正確に知っておかないと拙いかと」
「確かに。では私から代官に文を書こう」
領主から代官宛に各村々の産業状況を報告するように文を書いて、配達は騎士団員にしてもらうことになるね。人手足らないから。
「これの返事がどれぐらいの早さで戻ってくるかで代官の能力も測れるでしょう」
「うむ、真面目に仕事をしているなら指揮範囲の数字は把握しているはずだからな」
ここら辺は部隊運用とも似てる部分があるから男爵とツーカーできるのはありがたいね。
「果物から酒を作っているとボクサン卿から伺いましたから、多分果実には余裕があると思われます。あとトリュフですね。これらは王都でも売れるでしょう」
基本的に北国なアルヴィオス王国なので、北部ではほぼ果物の栽培は不可能となっている。
果物を育てて北の領地へ売りさばくのは、危険な南部国境沿いを任されている男爵家たちにとってもっとも手っ取り早い金蔓だ。
「トリュフというとキノコだろう? あんなものはどこの土地にでも生えているのではないかね」
なんと驚きの事実。
フェリトリー家ではわりと普通にトリュフが食われているそうです。閉鎖環境ってのは恐ろしいね。
「生えてません。特産物です。王都で売りましょう。販売数と販売先を絞れば希少価値が出て高値で売れます」
前世では珍味扱いだったし、それと同じものかは前世でトリュフなんぞ食ったことのない私には分からないけど、ここのは実際私が食べて美味しかったから多分いける。
ここはあれだ、戻ったらルイセントに接待で使ってもらおう。それなら上位貴族の食卓用で売り込むことができるはずだ。
問題は、
「道をなんとかしたいですね。今のままだと馬車が難儀するので」
来る途中、人力でぬかるみから押し出す必要があったからなあ。
鮮度の維持と今後の王都への食料供給を考えると、道をキチンと整備したい。
商人の馬車とかは限界まで荷物載せてるのが普通だから、下手な衝撃でも車軸が折れたりするんだよね。
それにいずれ魔族との戦争になった場合、北部が戦場となるからこの南部が食料供給の要になる。
道を整備して兵站の安定供給環境を確保しておかないと兵が飢え死にしてしまう。
「先ずは獣人を舗装路の作成に充てましょう。商売をする上で道の整備は欠かせません」
そもそもからしてお父様からお金を借りられたとて、新しく庶民から登用する文官使用人に金を渡しても喜ばれない。
然るに先ずは借りた金で食料を買い込んでこのフェリトリーに運び入れる必要がある。
馬車のレンタルにも金がかかるし、であれば輸送をスムーズにして馬車の破損を防止するほうが長期的には利益が出る。
最終的には行商が来るように、いえフェリトリーに商家を作って領の経済活動に組み込みたいね。
「とはいえ道程の半分は王家の直轄地だ、我々が勝手に手を出すわけにもいかんぞ」
そうだね、あと部分的に他の領地と重なる道もあるし、
「他領については冬の社交界で男爵閣下が交渉し許可を取るしかないですね」
王家の直轄地はこちらで費用を全額負担する、といえば王家は反対はしないはずだ。
過去に例があるし、他の領地に過去に認めてたならフェリトリー家にのみ否とは言うまいよ。
「道は進軍、侵攻の容易性にも繋がるからな。他の領主を説き伏せるのは少々厄介なのだ」
男爵がこの冬を思いやって溜息を吐く。
他の領地を抜ける部分は、まあ男爵にとっては丁度いい社交の練習になるだろう。上手くやって欲しいものだね。
「最悪の場合、背後にアンティマスク家がいることをそれとなくチラつかせればよいでしょう」
「……勝手にアンティマスク伯の権威を借りるのは拙いのではないかね?」
そりゃあ拙いよ、拙いに決まってる。それやったらお父様は怒るけど、
「違います。男爵の背後にいるのは私です。でも私もまたアンティマスクであることには変わりありません。そうでしょう?」
しばし考え込んだ男爵が私の語った意味に気がついて、呆然と頭を振った。
「まさに化かし合いだな。確かに嘘ではないが」
そう、お父様だ私だとか言わないでただアンティマスク家が背後にいると示せばいい。それをどう取るかは聞いた人次第だ。
奴らがお父様にチクっても何も問題はない。男爵の背後に私がいることをお父様は当然理解しているのだからね。それで怒るようなお父様なら、私がメイの雇用を守ったときに徹底的に処罰されていただろうさ。
男爵の部屋を辞して広間に戻ると、
「只今戻りましたアーチェ様」
アンナを連れたプレシアが戻ってきた所にバッタリと遭遇する。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます