■ 76 ■ さて完走した感想ですが(※注 まだ完走してません) Ⅲ




「まあ要するにウチのお父様なんですけどね」


 そう提案すると室内のだれもが平静ではいられなかったようで、プレシアは絶句するし男爵は指でしきりに膝を叩き始める。

 アイズはアイズで「悪い冗談だ」なんて呟いてるし、背後の気配はうん、呆れて物が言えないってところか。


 そりゃあそうだよ。証拠がないとはいえフェリトリー領からお父様が略取してた線が濃厚なのに、そのお父様からフェリトリー領再興のためのお金借りようってんだもん。

 何の冗談だふざけんな、って話になるよね。


「この際些末事を考えるのは止めて、どうやればフェリトリー領を栄えさせられるのか、それだけを注視しましょう。現状、男爵閣下にお金を貸してくれるのはアンティマスク家以外見当もつきません。閣下にはそれ以外の伝手がないからです。この前提が間違っていたら訂正をお願いします」


 男爵は庶子なので親族の伝手が使えない。元騎士団員だから友好関係も騎士爵に留まる。

 要するに男爵から人の輪は広がっていかないと言うことだ。


「ああ、確かに私には伝手がないし金が必要だが……借金が余計に増えるだけではないのか?」

「もしそうお父様が判断したらお父様は男爵閣下にお金を貸しませんよ」

「何故だ?」

「ああ見えてお父様、表だって恨みを買うような行為は基本的にしないんです。男爵閣下がお父様から金を借りるには双方に利益が出る必要があるんですよ」


 お父様なら絶対に光の当たる場所では法から外れた行いはしないと私は確信を持って断言できる。

 それにお父様は人が感情に従って愚かな行為に走ることが死ぬほど嫌いだ。


 金を貸して搾り取って恨みを買った場合、無敵の人が自暴自棄でやらかす可能性がある。

 その懸念がある限り、お父様はそんな危険なことは表立ってはやらないよ。あいつはそういう奴だ。


「逆に言えば、フェリトリー男爵が実現可能性が高く、失敗の公算が少ない財政再建計画を提示できればお父様が金を貸してくれる可能性は極めて高いです。それを無視すると私がお父様にネチネチネチネチ嫌がらせを始めますからね」


 お父様の最大の弱点は、とにかくお父様が感情を自分で処理できないクズ(お父様視点だよ)の相手をするのが嫌いだという一点に尽きる。

 そして残念なことに、お父様の娘はそんな感情に従って動く愚か者なのだ。

 そして微妙に憎らしいことにその愚か者の娘は、お父様お得意の合理的判断によって黙らせることができるのである。


「つまり私が極めて合理的な財政再建計画を手に、聖属性ポーションまでおまけにつけてお父様におねだりしたら、お父様は閣下にお金を貸さざるを得ないわけですね」


 ちなみにこの案件の何がたちが悪いって、全員にほとんど不利益がないのに何か面白くないということだ。

 男爵はお金を借りられるし、そのついでに私を知恵袋に仕える。

 私はプレシアの生活基盤が改善できて当初の目的は果たせるし、お父様は聖属性ポーションと利子を回収できる。


 誰も損しないはずなのだけれど、お父様を含めた誰もが何となく「ハメられた気がする」って感じるのが最大の難点だね。全部偶然のはずなのだけど。


「しかし、アンティマスク家の財政は安定していて民は富んでいるのだろう? グリシアス閣下が果たして聖属性ポーションに魅力を感じてくれるだろうか」


 男爵としてはそこが心配のようだが、私としては、


「問題ないと思います。不慮の病気や怪我はいつ起こるか分かりませんもの。転ばぬ先の杖はあって困ることはありませんから」


 問題ない、どころかまず大丈夫だと私は確信している。だってお父様はこの先戦争を起こすつもりなのだから。


 ひとたび戦争が勃発すれば命の危険は一気に増す。その時に聖属性ポーションが手元にあるかないかで安心感が大違いだ。

 戦時下ともなればポーションの価値が高まり価格も一気に跳ね上がるけど、一定数のポーションを納入する約束が取り付けてあるなら価格高騰がおきても何も問題は無い。


「アンティマスク家の御令嬢がそこまで言うならそうなのだろうな。了解した、アンティマスク伯から融資を受けよう」


 つまり、お父様からすればむしろ願ったり叶ったりの案件なのだ。無論、そんな態度はおくびにも見せないだろうけどね。


「はい、融資をどのように投資してフェリトリー領を栄えさせていくかはおいおい決めることですが、一つ男爵閣下にお願いしたいことがございます」

「アンティマスク伯爵令嬢が改まってということは、容易い話ではないということだな」


 そうだね。これを呑んで貰わないと、多分再建計画は最初から頓挫する。大事おおごとだよ。

 だから私も居住まいを正して正面から男爵の顔を見やる。


「この先如何なる再建を思い描くにせよ、人手が必要になります。ですが自由にできる人材が余っている領地など殆どありません。唯一の例外が」

「……獣人か」


 私がこの場にダートを連れてきた意味をそこで悟ったのだろう。男爵が苦々しげに呟いた。


「はい。難民である獣人以上の安価な労働力はございません。ですので男爵閣下には今ここで獣人の安全と生活を保障すると明言して頂きたいのです」

「それは獣人を住民として認めろ、ということなのか?」

「そこまでは申しません。そんなことをしてはワルトラントに侵攻の口実を与えてしまいます。ただ獣人が在るだけのことに拒絶感を示さないで欲しい、不要に獣人を虐げる領民を戒めて欲しい、という要望です」


 いやね、こういう閉鎖環境だと余所者に対する村八分ってのはごく当たり前に起こりうるからさ。

 前世の日本でもあったしね。医師不足だからって余所から医者を招いたくせに、その医者を徹底していびり倒すみたいな例が。ネット越しの情報だからどこまで事実かは分からないけど。


 でも小学校の教室でだって村八分は起こりうるんだ。閉じた環境でのヒエラルキーってのは人を自殺に追いやるだけの破壊力を備えている。それは疑いない話だ。

 そしてそれは、種族が異なればより顕著になる。だって肌の色が違うだけですら、人は他人を物以下に扱えるんだからね。


「アンティマスク伯爵令嬢は獣人に入れ込んでいらっしゃるのか? 我が娘の侍従に獣人を選んだのもそれが理由か?」

「入れ込んでいるわけではございませんわ。これはビジネスの話です。そしてビジネスとは互いが対等な立場で契約を交わす、これが大前提というだけですよ」


 平たく言ってしまえば、同じ結果には同じ報酬が支払われるべきで、それが地位や人種によって差が付けられていい物ではないって、まぁそれだけさ。

 無論、貴族全盛のこのアルヴィオス王国でそんなことは期待できないけどね。だからせめて、労働力として使われる獣人が謂れの無い理不尽な扱いを受けないように。まぁそれだけさ。


「アンティマスク伯爵令嬢に見放されて困るのは此方だ、それが必須とあらば受け入れよう――が、私としても怖い・・のだ。この恐怖は笑わずに理解して頂けるだろうか」

「ワルトラントと国境を共にしていて、しかしかの国を怖れない者など蛮勇を越えて愚鈍の極み。それは重々承知しております、男爵閣下」


 それは認めるよ。前にダートに語ったとおり、私たちが獣人の難民を虐げるのは彼らが純粋に「怖い」からだ。

 何せワルトラント獣王国は延々と内乱を続けているような国家なのに、一向に人口減からの滅亡を迎える気配がないのだ。アルヴィオスからすればゾンビアタックの又従兄弟ぐらいにしか見えないだろう。


「ですが閣下、財源が限られる以上、我々はどこかでリスクを負わねばなりません。金貨を余裕と言い換えるならば、我々にはまさしく余裕がないのです」


 そりゃ金がジャブジャブあれば獣人なんて使わなくてすむだろうよ。金ばらまけば優秀な人を集められるもん。

 でもフェリトリー領にはそれをやれる余裕はない。なら有り金で打てる手を打つしかない。


「このダートは王都の獣人たちの間で一定の信頼を得ています。その配下だけをこのフェリトリー領で使います。その責任はこのダートが、ひいては私が背負いましょう。無論、獣人に非がある揉め事に関しては、ですが」

「……ビジネスとして私にも領民が不当に獣人を害した際の責任を背負え、ということか」


 一度押し黙ったベティーズが考え込み、そして、


「仮に獣人が反旗を翻しこの田舎を制圧しても、得られる利益はたかが知れてるか。お約束しよう、アンティマスク伯爵令嬢。私が雇い入れた獣人をフェリトリー領民が不当に害した場合、領主としてこれを断罪すると」

「ありがとうございます、男爵閣下」


 ベティーズが同意してくれたので、ひとまずこれでフェリトリー領再興計画は始められそうだね。

 やれやれ、ここに来るまで長かったなぁ。これでようやくRTAの障害が排除できただけとか、泣きたくなってくるわ。


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