■ 76 ■ さて完走した感想ですが(※注 まだ完走してません) Ⅱ
「では税収袋に空いていた穴も判明したことですし、フェリトリー家の今後について話し合っていきましょう」
さてそんなわけでフェリトリー家の財政健全化、いよいよここからが本番である。
フェリトリー家の談話室に集ったのはフェリトリーの家名を持つ二人とその侍従、そしてアンティマスクの姓を持つ二人とその侍従、そして今後のために必要という事で私が同席を依頼したダートである。
ぶっちゃけもう穴は見つかったんだしあとは男爵が頑張ればよくない? と私としては思うのだが、
「私は所詮一騎士に過ぎないゆえ、娘の為にも何卒アンティマスク伯爵令嬢にお力添え願いたい」
と男爵に強く求められての参席である。
一応一貴族家の内政ということもあり、フレインやお姉様、アリーたちは自ら参席を辞退している。
ここら辺は流石のフレインも空気を読むみたいだね。これまでアドバイザーしてたんだからそれを理由に同席を求めても良かったのにね。変なところで律儀なヤツだ。
お姉様はルイセントとせいぜいイチャついてのんびり乗馬デートでも楽しんで頂きたいところだよ。学園に戻ったらまた忙しい毎日だからね。
アリーが間近でイチャつきを延々と見せられるのは可哀想だけどスマン、耐えてくれ。お姉様がスレイを置いてきたのが悪いんだ、俺は悪くねぇ!
「さて、まずはこれまで横領を働いていた家臣の扱いからです。シーバーは今後フェリトリー男爵に忠誠を捧げるということで宜しいですね?」
「ああ、既に話はつけた。二度と裏切らないと契神のご加護での契約の上でだ。問題あるまい」
「了解です。ただ一応警告しておきますね。これ迄の話からしてシーバーは主たる貴族に忠実でしょうが、主の過ちまでは指摘せず唯々諾々と命令に従う可能性があります。それこそ虐殺ですらも。故に閣下はご自身の決断が正しいかを常に問う自戒が強く求められると思います」
「忠告痛みいる。心に留めておこう」
平たく言ってしまえばシーバーは主に対してはイエスマンなのだ。
思い通りに動く手先ではあるけどブレーキにはならないから、扱いには自戒が必須なタイプの部下だよ。
ま、男爵は若干知識不足ではあるけれど自己客観視と自律ができるタイプだから、そこまでは心配してないけど。
「シーバーの他にも横領の事実に気付いて手を染めていた部下はいるでしょう。まずはそれらの処理からです。シーバー、彼らの性根は入れ替えられそうですか?」
「難しいかと思われます。彼らは己の私腹を肥やすのが目的でしたので」
悩むまでもないシーバーの即答で、間引き前に付いてこようとしたモローの居丈高な顔が思い出される。
アレが基本だってなら確かに矯正の目はないかもしれんなぁ。
「彼らの処理はシーバーに任せるのが宜しいかと。これを機にフェリトリー宅から横領を行う文官を一掃するべきです。如何ですか、閣下」
「ああ、そのように取り計らえ」
「かしこまりました」
ここはシーバーに丸投げでいい。シーバーが許されたなら自分も、と心を入れ替えるもよし、入れ替えた振りならシーバーに処分(解雇とかだよ、処刑じゃないよ)させる。
掌クルーしたのに侍従として据え置かれ、さらには横領を取り締まりまでするシーバーには恨みが向くだろうけど、まあそれがシーバーに対する罰みたいなもんだね。うまくやれるかやれないかはシーバーの手腕次第だよ。
とりあえずこれで穴に対する処理は完了だ。
「続いては武官です。ボクサン卿以下、男爵閣下に忠義を尽くしている領属騎士団への報酬が滞っております。フェリトリー家の人材不足も顕著になりますし、いっそのこと彼らに知行を与えて領地を管理させては如何でしょうか」
これまでは税収を一括してちょろまかす為にフェリトリー家がフェリトリー領を一括管理して、騎士団への報酬は給与として支払っていた。だから土地の管理もフェリトリー家の仕事だった。
しかしこれからはそうはいかない。クライバーの夜襲で文官や使用人にも死者が出てるし、何より、
「シーバーが横領の根絶に務めるため、これからさらに文官が減るのは明らかです。となれば端々にまでは目が届かなくなり、今度は農民が脱税を始めます。それを防ぐ意味も兼ねて騎士を封じて管理させるのが宜しいかと」
知行所を与えれば、その土地の収穫は騎士のものになる。フェリトリー家の税収が減るわけだけど、給料の支払いもなくなるし、その土地を管理する人材育成は騎士の仕事になる。
文官を増やす手間を騎士に丸投げできるのだから、今のフェリトリー領には好都合だ。
「アーチェ様、それ騎士に仕事を押しつける、ってことですよね。それが報酬になるんですか?」
庶民出身のプレシアには分からないだろうけど、ここは男爵に少しばかり花をもたせようか。
説明は任せた、と男爵に視線を投げると、自分に解説役が飛んでくると思って無かったっぽい男爵が慌てて紅茶で舌を湿らせてから口を開く。
「土地なし騎士にとっては知行所を得る、というのは夢なんだよ。小さくても一国一城の主となれるのだからな。たとえそれが国とも言えぬ狭い土地、城とはお世辞にも呼べぬ小屋であろうと、土地を任されるというのは栄誉なのだ。喜びこそすれど、文句を言うものなどいないのだよ」
「と、いうことよシア。荒れ放題の土地ならともかく、このフェリトリー領は農地はまともだからね。騎士が不満を持つことはないわ」
「そういうもんなんですね、ふーん……」
とにかく楽したいプレシアには名誉、と言われても今一ピンとこないみたいね。まあそこは知識として知っておけばいいと思うよ。
「シア、貴方は魔獣の間引きと今回の防衛戦で奮戦した団員の成果を纏めておきなさい。然る後にボクサン卿と認識合わせの上で男爵閣下に提出。以後は閣下がご判断を。専門分野ですし私からの助言は不要でしょう」
「あー、騎士に与える土地の範囲については助言を頂けると有り難いのだが……」
ああ、男爵にはどの土地でどれぐらいの収穫が見込めるかの知識がなかったわな。
「アイズ、前の資料、この休暇中に完全版を作れる?」
「はい、可能です」
「では後で男爵閣下には現在の代官管理地毎の予想収穫高を記した資料をお渡しします。それを元に騎士に知行として与える土地を決めてください。あまり与えすぎるとフェリトリー家の収入が減りますのでそこはうまくさじ加減を工夫なさいますように。何なら様子見という名目で、今回知行を与えるのはボクサン卿一人でも良いかもしれません」
騎士団の不満はこれでいいだろう。今回ちゃんと働いていた人には褒美を与えるよ、と示すのは忠義に報いる形として当然のことだ。
とは言え今後フェリトリー領の土地が増えるわけでもない以上、最初にばらまくと後で与えられるものがなくなってしまう。
ここもバッファの話になるね。予想もしない事件が起きれば、予定にない手柄が生えてくる。そのときに与えられる報酬を残しておくことも大事なのだ。
「騎士団の定数が足りてないと伺ってますし、此度のクライバーの夜襲で犠牲も出ています。増員と新たな騎士の叙任も必要でしょうが、此方は男爵閣下の専門分野。私から申し上げられることは何もございません」
「うむ、騎士団に関してなら私一人でもなんとかなろう」
というか騎士団のことだけ考えていたいって顔だね。駄目だよベティーズ、お前さんがこのフェリトリーの領主なんだからさ。
「閣下、あまり領属騎士団の内情にまで細かく口を挟むとボクサン卿が己は信頼されていないのかと不満を覚えますよ。閣下は騎士ではなく領主なのです。お忘れなく」
「わ、分かっているつもりだ……くっ、理解できる範囲に言及できないのは寂しいものだな」
うっせー、未練タラタラでいねぇで騎士団についてはとっととボクサン卿に丸投げしろっての。そこお前が口挟む領分じゃねぇから。領主が騎士団に対してやることは、騎士団長が騎士団長に値する能力があるかを見定めることまでなんだっていい加減に分かれや。
「続いて民の問題ですね。税収を引き下げればある程度民の不満は解消します。しかしこれまで節約を続けてきたフェリトリー領はありとあらゆる社会基盤が弱りきっています。これを解消するには金が必要ですが、その金になるのが税収です。この二律背反を何とかする必要があります」
土地に還元されるべき金がこれまでお父様の懐に流れ込んでいたんだからね。このフェリトリー領の体力は今やガタガタだけど、働かないと金が入ってこない。まさに貧困のどん詰まりだ。
「まあ、そんなわけでお金は借りるしかないですね」
「借金か……借りるにしても返さねばならぬのだろう? 利息もつくし、このフェリトリー領がそれを返済できるとは思えぬ。そんなところには誰も金を貸してはくれまい」
まあそうだ、普通は金を借りるには返済能力が求められる。
フェリトリー領はなにもない田舎だからね。担保にできるものが何もない――訳ではない。
「そこはシアの聖属性を頼りにしましょう。いずれシアに毎月一定量のポーションを納入させる条件で融資を引き出します」
「成程……しかし実物もなしに金を貸してくれる貴族がいるだろうか? ましてや借金のかたにプレシアを取られては本末転倒だ。私自身、そういう魑魅魍魎と渡り合える自信がない」
前にプレシアに指摘した、融資と引き替えにプレシアを娶るとかだね。
確かにそういう手は一見して分かり辛い形で使われたりもするから、男爵としては聖属性を担保にはしたくないところだろう。
「そこを気にしなくていい貸し手に一人だけ心当たりがあります」
「……そんな都合の良い貴族などいるのか?」
一応いるのだ。既にプレシアが聖属性持ちだと知っていて、しかし婚姻、養子縁組などでプレシアを奪おうとまでは思ってない、財源のある領主が。
「まあ要するにウチのお父様なんですけどね」
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